2.突然の吹雪
「あ…またこの夢か」
窓から入る木漏れ日の明るさに目覚め、あの時の事をまた思い出す。
何回目だろうか。この十年の間、数えきれないほど見てきた五歳の冬の頃の事。
私の中で、あの人がとても印象に残っているからだろう。まるで雪の妖精のような、不思議で神秘的な男性。偶々出会った少女を、不思議と毎日あそこで会いに来てくれた、私にとって兄のような存在。
何度も夢に出てきているからか、懐かしいとは感じない。こんなに大人に近づいた今でもまた逢えるだろうと信じている。
ゆっくりと上半身を起こし、スマホの電源をつける。
午前八時二十一分と表記された画面を見て、ベッドから起き上がる。
するとピコンと音が鳴り、画面にメールの通知が届いた。パスワードを解いてメールを確認する。
【冴耶って今日の雪祭り行く?】
美遥と書かれたいつものユーザーから、今日近くの公園で開催される雪祭りについてだった。
私は片手で画面をタップして文字打つ。
【うん。十年ぶりに雪積もってるもんね。】
あの人と出会ってからは、雪がまともに積もらなかった。温暖化が問題なのかあの日が偶々だったのか。この十年間は少し寂しい冬が訪れていた。
そして、少しでもあの人に逢えるようにと思って行くつもりだ。
打った文字を送ると、すぐに返事が返ってくる。
【私途中で樹くんと合流するんだけど、それまで結構時間あるから一緒に行かない?】
【おっけー。じゃあ私が美遥の家行くね。】
可愛らしい兎とグッチョブと丸い文字が書かれたスタンプが送られてくる。
樹くんは一年前から美遥の彼氏になった同級生の男子。とてもハキハキしていて、アニメの主人公的存在。そんな樹くんでも美遥の前では緊張するらしく、少し可愛らしい要素もあるけど、私は興味はない。
リビングに向かう前に、着替えを済まして顔を洗う。どうやらお湯ではなかったようで、予想外に冷たい水が顔にかかって思わず声を出してしまう。
「冷たっ」
今が夏だったら気持ち良くていいんだろうけど。感情もない水に少し苛立ちながら、タオルで顔を拭いてリビングに向う。親はまだ寝ているため、リビングは薄暗く静かになっている。そして驚くほど寒い。
腕をさすりながら、昨日買ったパンを探す。そして夕食に残ったスープを温めてパンと一緒に食べる。
食べ終わって皿を洗い、コートを着て支度をする。
充電が満たしているスマホと、ある程度のお金が入った財布と、寒すぎて凍え死なないように懐炉をバックに入れる。
それと、あの日貰った指輪を左手薬指に通す。あの人が私に付けてくれた通りにいつも付ける。お守りとして、また逢えると希望の印として。
五歳だった私は、只々貰ったことが嬉しくてつい燥いでこけてしまって。あの人に抱き上げられたっけ。
自然と零れてしまう笑みに恥ずかしく思いながら、マフラーを巻いて玄関のドアを開く。
「いってきまぁす」
夜遅くまで働いて疲れている両親を出来るだけ起こさないように小さな声で言う。そして外に出て鍵を閉める。
ブワッと来る風に震え、急ぎ足で美遥の家へ向かった。
一夜で雪の街になった此処を懐かしく感じる。真っ白な道は歩くと深い足跡が付き、ザクザクと音が鳴る。あの時と違って空は曇っているけれど、雪の感覚は同じようだ。
「あ、冴耶! 早く行こ行こ! 」
無理矢理腕を引っ張られ、沢山の屋台を周る。屋台と言えばの食べ物や射的などは勿論、プチパンケーキや昔はあった雛釣りなんかもやっている。
その中でも、私が驚いたのは氷花という美しく咲き誇る花が入った球状の氷が売っていた事だ。初めて見た売り物に、ふと足を止めると美遥は「これ買う?」と押し付けられる。
見つめていると、いつの間にか私は氷花に目を奪われていた。
結局買うことになり、並んだ氷花を選ぶ。サッカーボールのように大きい物から爪程の大きさの物まである。
すると、氷花の店主はこう告げる。
「小さい物程長持ちするよ」
怪しげな格好をした物騒なおじさんの事なんて、本当なのか疑ってしまう。
けれど大きい物だと持ち帰りが大変だろうから、私は桃色の花が入ったビー玉サイズの氷花を選んだ。
「お客さん、良い目をしているね。それはペンタスの花だよ。花言葉で願いが叶うってんだ。元は温かい場所で咲かせる花だが、その季節から瞬時に氷に入れて、特別な方法で保管していたから美しいままで保って居られる。それと、ビー玉サイズの奴は一番長持ちするようにしてある。」
するようにしてある、という言葉に違和感を感じたけれど、取り合えずお金を払った。結構値段して驚いた。
ペンタスの氷花を受け取り、「まいどー」という声を無視して、美遥と屋台周りを再開した。
「じゃあね、冴耶。今日はありがとうね! 」
「うん。樹くん美遥にちゃんとアピールするんだよー」
「わ、分かってるって! 」
樹くんと合流し、美遥と別れる。樹くんは予想通りに恥ずかしがっている。美遥は楽しそうにしていて、二人は段々と手を繋いでいく。幸せそうなカップルでなにより。
屋台を周っている間、あの人らしき人を序に探していたものの見つからなかった。
なんだか疲れた気がして、屋台から少し離れたあの時の場所に向かう。
賑わった音が小さくなり、私は息を吐いて地面に座る。いつもは硬い石だけど、今日は雪がソファー代わりになっていて柔らかい。
雪で小さな球を二つ作り、石と枝で顔を作る。そして作った小さな雪だるまを私の隣に置く。
灰色の空を見つめ、あの人の事を考えた。
しつこいけれど、どうしても、逢いたい。年の離れたあの人はもう立派な大人になっているだろうけれど、一瞬でもいいから逢って、ありがとうって、伝えたい。
ボーっと時間が流れていくのを感じる。
もう帰ろうかなと立ち上がろうとすると、急な暴風が襲い掛かった。
「何これっいきなり暴風⁈ 」
そして暴風は吹雪に変わり、視界を真っ白に覆う。服や髪が揺れ、視界が見えないこの状況はとても怖い。
そう言えば、あの日の翌日もこんな吹雪あったような…
ふと思い出した時、視界はパッと元に戻った。一安心して溜息を吐くと、ある変化に気づいた。
さっきまでの賑わった音がしない。木がさっきより大きくなっている。それと、隣に置いていた雪だるまがない。
怪しく思い、立ち上がると屋台の姿が無くなっていた。走って屋台の方に行くも、全く違う場所のように変わっている。
まさかだとは思うけれど、此処は別の場所じゃない…よね。
段々焦っていく私を落ち着かせようと誰かを探しても、誰もいない。次第に涙が零れ、雪の上に倒れた。