76話 不安な不穏

「お、王都が見えてきたぞ。」

予定通りに隊商に出た裕たちは、春よりも東に大回りしてから王都へ向かった。

参加している商会は変わらないが、馬車の数は一台増えて、全部で三台だ。

裕も大量の塩と、そして香辛料を積んでいる。香辛料の方は出発の四日前に見つけたばかりなので量が少ないが、それでも両手で抱えるサイズの壺いっぱいに十キロほどを採っていた。

途中、いくつかの町をまわって半分ほどを売っているが、香辛料の最大の売り先は王都だ。人口が圧倒的に多い王都では食料の消費量は違うし、何より、王都には貴族を含めて金持ちが多い。

街門の検問を抜けて、王都ベリリアに入ると、宿に馬車を停めて商業組合へと向かう。二度目ともなれば、裕も慣れたものだ。馬車に車輪止めをつけて商会の従業員たちに留守を任せて商会主たちと連れ立って歩いて行く。

そして、その間に、ハンターたちもぞろぞろとハンター組合へと足を運ぶ。護衛の途中に狩りをすることはないので一々登録はしないが、情報の交換は大切だ。

「町の様子が変ですね。何かあったんでしょうか?」

「そうなんですか? 私には賑わっているようにしか見えませんが。」

往来を眺めて訝しがるポトイメンはメッシーロ商会の当主だ。

「妙にハンターや兵が多い。」

そう言って目線で示す先には兵の一団がぞろぞろと歩いている。町の見回りという様子ではない。見回りならば、三十人以上も固まって歩きはしないだろう。

「凶暴な魔物か賊でも出たんでしょうか?」

「だろうな。面倒なことだ。」

「ハンター組合には何らかの情報が入っているだろう。後で紅蓮に確認しないとな。」

商会主たちは緊張の面持ちで頷きあう。どこにどんな危険があるのかによっては、今後の予定を変更しなければならないだろう。

ともあれ、今は商業組合に行って、この町での商売の許可を得るのが先だ。

裕も二度目となれば、手続きはすぐに終わる。ポトイメンたちと一緒に組合員証を提示して、名前と主な商品を告げれば良い。

事務手続きを終えて商業組合を出ると、いくつかの商会をまわってアポを取り、宿へと戻る。ハンター側の情報も気になるところだ。状況次第では、隊商のコースを変更することになる。ともすれば、持ってきた商品は王都で全て売り尽くすことも考えなければならない。

そして、結果は最悪だった。

「北の方に相当ヤバい魔物が出たらしい。王都にいるハンターにも徴集命令が下っている。俺たちも行かなきゃならない。」

アサトクナは険しい表情でハンター組合で仕入れた情報について説明する。

情報によると、北の領で暴れているのは竜の類らしい。いくつかの町が壊滅し、少しずつ南へと下ってきているということで、騎士団や宮廷魔導士隊だけではなく、ハンターも含めて可能な限りの最大戦力で叩き潰す作戦らしい。

「竜っていうと、この前の亀のような奴なんでしょうかね?」

「見た目については分からん。ただ、巨大で、強力な魔法を使うらしい。」

「いますぐ逃げましょう。」

「ダメだ。」

義理も何も無い者は見捨ててしまえと言う裕だが、アサトクナは苦々し気に首を横に振る。

「言っただろう。徴集命令が出ている。今逃げたら確実にバレて、縛り首だ。」

「心配するな。エレアーネはまだ六級だ。行く必要はない。そっちのガキどももな。」

今回の隊商には、以前の幼いハンターたち『春風』も護衛としてついてきている。もっとも、彼らは隊商全体としてではなくて、裕個人の護衛として雇われているのだが。

六級や七級では、連れて行っても足手まといにしかならないだろうということで、魔物退治への参加は任意ということになっている。

「何とかして回避する方法はないのですか?」

「お前なあ……」

呆れ顔でアサトクナはガックリと頭を垂れる。

「たとえば、代わりに私が行く、とか。」

「ッ! お前な!」

刺すような視線で裕を睨みつける。

「お前が行こうが何しようが、俺たちが免除になることはない。」

「ありますよ。大勢で行く意味がないと分かれば、ハンターの参加自体が免除されるんじゃないですか? ぶっちゃけ、倒す方法が分かってないから大人数が必要なのでしょう?」

本当に四級のハンターが戦力として役に立つなら、現地のハンターたちが食い止めているはずだ。町をいくつも潰滅させるような敵を相手に、三級や四級のハンターに何ができるというのか。

敵にぶつけて、戦力分析をして戦術を組み立てるための捨て駒だろう。

裕のその考えは『紅蓮』も商人たちも否定できない。

「町を潰す、というだけならば、やろうと思えば私にだってできます。」

「でかい声でそういうことを言うな!」

平然ととんでもないことを言い放つ裕の口を、アサトクナは慌てて塞いで黙らせる。

「大口を叩くような策でもあるのか?」

「無いから、まず一人で見に行きます。倒せるようなら、それで倒してきますよ。」

「見込みは?」

「分わからないです。以前、魔法が全く効かない相手に出くわしたことがあるんですが、そういう奴なら逃げ帰ってくるしかないですね。」

裕が無双できる敵は限定的だ。

魔法が効くこと。遠距離攻撃手段を持っていないこと。そして、空を飛べないこと。

その三つが揃っていてこそ重力遮断は効果を発揮する。

魔法を使うということなので、遠距離攻撃手段を持っている可能性が高いが、防御魔法や近距離専用の魔法である可能性もある。それは実際行って確かめてくるしかない。

「まあ、取り敢えず行ってきますよ。今回はエレアーネはお留守番でお願いします。」

「え? なんで?」

エレアーネは裕について行く気まんまんだったようだ。留守番を言い渡されて泣きそうな顔をする。

「その子たちの面倒を見ておいてくださいよ。エレアーネが一緒だと色々と心強いんですけどね。こんなことなら連れてくるんじゃなかったよ……」

「俺たちは足手まといかよ!」

「はい、そうです。」

春風のリーダーマナイヒロは息を巻くが、裕は相手にもしない。最初から足手まといなのは分かり切って連れてきているのだ。

「ということで、早速行きたいのですが、場所とか方角とか詳しいことはわかりますか?」

「たしか、現在はゲフェリ領という話だったが。」

「それ、どこですか?」

裕は地理についてはまったく詳しくない。知っているのはせいぜいアライのあるボッシュハ領から王都までのエウノ王国の南側の一部だけだ。

ポトイメンが地図を出してくるものの、かなり大雑把で方角がイマイチ良く分からない。

普通は街道や川沿いに行くから、その要所さえ記されていればいいのだが、裕は道など関係なく山野を一直線に突き進んでいく。そのため、方角が大事なのだ。

「でもゲフェリ領って、この山の向こうなんでしょう? 山の上から見れば分かるんじゃないの?」

エレアーネは山頂からの景色がお気に入りだ。だが、裕は難色を示す。理由はただ一つだ。

「この時期、高い山の上は結構寒いんですよ……」

だが、他に選択肢もなく、裕は古着屋で暖かいマントを購入する。「また出費が」と嘆くが、だったら行かなければいいのだ。

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