69話 初の単独勝利

木々の向こう側から飛来する火球を見つけ、エレアーネは光の盾を展開する。

衝撃音とともに炎が飛び散るが、エレアーネは火傷一つ負いはしない。難なく魔物の先制攻撃を防ぐと、第一級の水魔法を立て続けに放ち、火を消すとともに魔物を牽制する。

だが、魔物はその程度は怯むことはなく、突進攻撃を仕掛けてきた。木々の陰から飛び出してきた魔物は、巨大な角と鱗を持つ、野牛の獣だった。

魔法は防がれても、数百キロはある巨体の突進は防げないと踏んだのだろう。

実際、光の盾を数十枚叩き割るほどの威力だ。エレアーネが魔力の再利用による連続魔法行使をできなかったら、これで勝負はついていただろう。

エレアーネは光の盾を何重にも展開して受け止める。何枚砕かれようが、それ以上の速さで光の盾を出し続け、ついには魔物の体を包むように抑え込んでしまう。

「な、なんだそりゃああ!」

ハラバラスは驚きに目を見張る。光の盾は敵を拘束するための魔法とは認識されていない。そんな使い方をする発想など、彼には無かった。

魔物はなんとか逃れようともがくが、固定された状態から盾を砕くほどの力はないようだ。パニックに陥った魔物にできることといえば、激しく吼えることだけだった。

そこにエレアーネの水魔法が炸裂する。

口と鼻先を狙って、とにかく執拗に魔法で攻撃し続けるのだ。強制的に大量の水をのまされ、魔物はやがてぐったりとする。

そこでエレアーネは、はじめて腰の杖を抜いて構える。

とどめに使うのは第四級魔法、水の槍だ。数十秒の詠唱により生まれた魔法の槍は、魔物の脳天から喉元までを貫く。

断末魔を上げることもなく、魔物の全身から力が失われた。

「ちょっとまて。」

光の盾を解除して魔物に近づこうとするエレアーネにハラバラスが待ったをかける。

「トドメが足りないですか? 頭を潰すだけでは不十分なのでしょうか?」

裕は魔物の確実な仕留め方を知らない。油断なく魔物を睨みながらベテランハンターにアドバイスを請う。

「いや、そうじゃねえ。きちんと確認することが大事なんだ。死んだふりをする魔物は多いからな。」

アサトクナは槍で魔物の鼻先や目を突き、反応が無いことを入念に確認する。

「こいつはどこを持って帰れば良いんでしょう?」

「頭か前足だな。何を狩ってきたのか分かりやすい頭の方が説明は楽だな。」

言われてエレアーネは小剣を魔物の首に突き立て、切り落とそうと頑張る。少々時間はかかるが、やってできないことはない。

「こいつの肉って食べれるんですか?」

「毒はないが不味い。売れんぞ。」

一般的に、陸棲の鱗持ちは臭みが酷いらしい。水トカゲのように水棲のものは比較的美味しいと言う話なのだが、一体どこでそんな差がつくのか謎である。

「じゃあ、鱗と皮だけ頂いていきますか。」

裕は頭部を失った魔物の腹を山刀で一気に掻っ捌くと、そこから皮を剥がしにかかる。

その間にエレアーネは切り落とした首を水魔法で洗い、紐で縛ると背中に背負う。

裕たちも作業はそれほどかからない。肉を取るわけではないので、乱雑に切り離していくので問題ない。

肉と骨、内臓はその場に棄てて帰路につく。

「こんなの売れるのか?」

「私が欲しいのは鱗と角なんですよ。皮は、荷物を入れる袋か何かにはなるんじゃないですか?」

「鱗? こんなのどうするんだ?」

「魔石にします。」

「魔石だと?」

「しまったあああ! 今のは無しです! 忘れてください!」

裕は思いきり口を滑らせたようだ。だがハラバラスの追及は止まらない。

「お前、何隠してやがる? エレアーネの魔法と言い、いきなり不自然すぎるんだよ。どこで何を手に入れた?」

「ダメです! 秘密です! 家の秘伝なんです! いえ、魔族の秘術なんです!」

ワケの分からないことを言って、裕は何とか誤魔化そうとする。

「嘘をつけ! 魔石も知らんかった奴が作り方なんて知ってるわけないだろう!」

「上手くいったら作り方を教えますから! どこで知ったかは絶対に秘密です!」

裕は何があっても断固秘密で押し通すつもりのようだ。

最終的にハラバラスが折れて「隠すならちゃんと隠し通せ」とブツブツ文句を言いながら歩いていく。

帰りは村はほとんど素通りだ。近くにいた村民にデカブツの魔物を倒したとだけ告げて、さっさとピニアラの町へと向かう。

ピニアラの宿に一泊すると、帰りは裕だけ町に残って塩を売り、エレアーネたちはさっさと出発する。今回はあくまでもエレアーネが自分のことは自分でやらなければならない。

裕が一人で重力遮断を使って走っていくのは問題ないが、エレアーネは自分の足で歩いていくのだ。

裕がエレアーネたちに追いついてきたのは、ドセイの町を目の前にした畑の道だった。

「ヨシノか。塩は売れたのか?」

「ええ、飛ぶように売れていきます。私しか塩商人がいませんからね。」

商売も順調、道のりも順調に、その翌日はアライへと帰ってきた。

「ピニアラの方の魔物、オーガじゃなかったですよ?」

「魔牛か! こいつはオーガよりヤバいだろう。」

エレアーネが持ち込んで来た魔物の頭を見て、獣引き取り担当のヒゲオヤジは目を見開く。

「これを嬢ちゃんが狩ったのか? こいつは魔法を使うだろう?」

「うん、びっくりした。でも、戦い方を教えてもらったから大丈夫!」

エレアーネは胸を張って答える。自己肯定感ゼロだった浮浪児が変わったものである。

「それで、幾らになるんですか?」

横から裕が口を出す。裕の目的は魔物の角だ。

「そうだな、銀貨七十枚ってところかな。」

「それは随分と安くないですか?」

「そうか? オーガが五十六枚なんだから、こんなものだろう?」

「じゃあ、その角はいくらで売っていただけるんです?」

「角? こいつなら、銀貨七枚か?」

拍子抜けである。

裕は角一本で金貨一枚くらいにはなると思っていたのだ。

さっさと清算を済ませ、魔牛の角を受け取って裕はニマニマと変な笑みを浮かべながら家へと帰る。

エレアーネは二階の受付に行って他の魔物の情報確認だ。

「あの、魔物の情報とか入ってますか?」

「エレアーネか。ピニアラのオーガは終わったのかい?」

「オーガじゃなかったけど終わったよ。今、魔牛の頭を引き渡してきたところ。」

「魔牛だって⁉ よく倒せたな。ああ、紅蓮も一緒に行ったんだっけか?」

「一緒に行ったけど、やったのは私一人だよ? それで、他の魔物は?」

「今のところは無い。ゴブリンは他のチームが向かっているから大丈夫だ。」

結局、それ以上の収穫もなく、エレアーネは家へと帰る。

当初は遠慮がちにお邪魔していたエレアーネだったが、最近はもう、裕の家を自分が帰る家と認識している。

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