68話 魔物狩りへ行こう

「あの、魔物の情報とか入ってますか?」

「魔物? 珍しいな、薬草専門家が。」

職員の間では、エレアーネはソロで活動している薬草専門のハンターとして知られているようだ。

「第四級の魔法も使えるようになったし、魔物狩もした方が良いと言われて……」

「第四級⁉ ちょっとまて、お前さん、六級ハンターだよな。いつまで一人でやってるつもりだ?」

ハンター組合職員としては、異質なスタイルを貫くエレアーネはかなり頭の痛い問題らしい。

まず、ソロで活動するハンターは他にはいない。

特定のチームに属さず、その都度組む相手を変えるフリー派はいるのだが、本当に一人だけで森に出かけて行くハンターは、エレアーネだけだ。

裕自身に戦闘力があるとはいえ、一人だけで護衛をするのもエレアーネだけだ。裕は毎回律儀に護衛の依頼をハンター組合経由で出しているのだ。

そして、ハンターのランクに比べて、使う魔法の威力や魔力量が高すぎる。

一級や二級の魔法でもやたらと高い火力を持っているのに加え、通りすがりで負傷したハンターに治癒魔法を施していく稀有な存在としても知られている。

それに加えて第四級を覚えたことで、ハンターのランクに比べて魔法の等級が明らかに過剰になったのだ。

「この町では仲間は集めない方が良いって言われてるけど?」

エレアーネに主体性が無いというわけではない。知識も経験も足りなさ過ぎて、自分では正しい判断できないと自覚しているのだ。

「一人で魔物狩りに行くつもりか? 四級の魔法を使えるからとあまり調子に乗りすぎるとロクなことにならんぞ。」

「大丈夫だよ。最初は紅蓮も一緒に来てくれるって言うし。」

そもそも『紅蓮』がついていく目的は違うのだが。彼らはエレアーネが負ける心配などしていない。今後、共同作戦があったときのために戦い方を見ておきたいというのが本音だ。

だが、そんなことをハン組職員に馬鹿正直に言う必要はない。「随分と気にいられているんだな」と言う職員に笑顔で返しておく。

「今、報告が入っている情報は二つ。」

職員は魔物の目撃情報について説明をはじめる。

アライから北東に約二日。ドゥロニアの手前の川沿いの街道でゴブリンの痕跡が発見されたらしい。足跡やフンなどから、少なくとも七を超える数の群であることが予想されるとのことだ。

「もう一つある。こっちはオーガじゃないかと言われている。」

ピニアラの北西、アライからだと徒歩で三日ほどの領の境界付近で、大きめの魔物が暴れた痕跡が見つかっているそうだ。

「どちらを先にしたらいいですか?」

「それはそちらの好きにしてください。」

「じゃあ、オーガの方に行ってみるね。」

「オーガの場合は手首を忘れずに持って帰ってきてください。オークでも同様です。」

倒したという証拠は必要だ。オーガやオークの手首など何の役にも立たないが、だからこそ市場にも出回らない。適当に安く入手して実績を誤魔化すことができないように考えられている。

「どうですか? いい情報はありましたか?」

「ピニアラの北西でオーガだって。」

「オーガですか……」

裕は残念そうに頭を垂れる。もっと大物を倒したいのだ。エレアーネは紅蓮にも行先を伝えに行き、早速旅支度を整える。

今回はエレアーネの実力を見るということなので、裕や紅蓮は一緒に行くができるだけ手を出さないことになっている、

ということで、塩を乗せた荷車は、裕が一人で引いていくことになる。いつもと違って、のんびりと地べたを歩いていくと、一番近いドセイの町まで行くのに一日かかる。

ピニアラの町はそこからさらに一日、夕暮れに町に到着して早朝に出発する裕に、塩を売る暇は無かった。

「なんてこと! これは想定外です! これでは骨折り損ではありませんか!」

「帰りに売ってけ。」

空に向かって吼える裕に、アサトクナは冷たく言い放つ。ハンターとしては、情報のあがっている魔物退治の方が優先なのだ。

出発してから三日目、裕たちは問題のオーガらしき痕跡の近くの村に来ていた。

「魔物の痕跡はどこだ? 案内できる奴はいるか?」

干物づくりの作業をしている村民に声を掛けたのはアサトクナだ。

エレアーネが声を掛けると「子どもには無理だ」とか一々無意味なやりとりが発生するのが面倒なだけだ。

その点、アサトクナは見るからにゴツく、ベテランハンターの風格が漂うおっさんだ。不審な目も不安な目も向けられることもない。

「北の山に出る魔物ならネペリアムだな。この先の水車小屋の辺りに作業場があるで、行ってみてくれ。」

「ところで、お塩は要りませんか?」

「は? 塩? なんだ、あんたが売ってるのか?」

「ええ、塩を売ってます。」

裕は荷車の木箱から岩塩の欠片を一つ取り出して見せる。

「ちょっとこっちきてくれ!」

干物づくりをしていた男は燻製小屋と思しき、煙を上げている建物の方に走っていく。

エレアーネと紅蓮は、裕とは一旦別れて水車小屋とやらに向かう。基本的に裕の方が移動速度が速いのだから、小さな村の中ならすぐに追いついてくるだろうとということだ。

「ネペリアムってのはいるか? 魔物について聞きたいんだが。」

水車小屋の横手では数人の村民が脱穀作業をしていた。山積みに運ばれてきた麦を一心不乱に処理している。

「魔物か、済まんが今それどころじゃねえんだ。」

農村の人々にとって、麦の収穫作業はとても大事だ。雨に濡れた麦はダメになってしまう。晴れているうちに全て刈り取り、脱穀し、倉にしまい込まなければならない。

「どの辺か教えてくれないか? 案内は要らねえ。」

「そこのすぐ北の山だよ。東からぐるっと回って向こう側に行く途中で見つけたんだ。木が何本かボロボロになっててな、ありゃあ、ゴブリンとかクマじゃねえ。もっとデカイやつに違いねえ。」

顔を上げて山の方を指してネペリアムが説明する。だが、説明の内容はどうにもオーガっぽくはない。

だが、情報が正しく伝わらず、途中で省略されたり付け足されたりとすることはよくあることだ。

アサトクナたちは礼を言うと、言われた方に歩いて行く。彼らは、エレアーネさえ、裕のことは全く気にしていない。どうせ一時間ほどもしないうちに、裕が後ろから追いついてくるのだ。

山道を歩いて行くエレアーネは、裕ほどではないが気が狂った速さで進んでいく。

数メートル程度の崖ならば光の盾を並べて階段を作って上り下りしていくし、少々の谷なら盾を並べて橋を掛けてしまう。

十キロ程度の距離を三時間足らずで移動してしまった。

「これがそうなのかな?」

エレアーネが見上げる木には、地上二メートルくらいの位置に大きな傷が付けられている。

「何だこれは?」

「ナワバリの主張じゃねえのか?」

「オーガってそんなことするんですか?」

「いや、オークやオーガがそんなことをするなんて聞いたことねえな。」

「じゃあ、違う獣なんですね! 私、とても楽しみになってきました!」

裕はピクニックにでも来たかのようにはしゃぐ。

「で、こいつは今どこにいるんだ?」

「エレアーネ、呼んでみてください。」

「呼んだら出てくるのかよ⁉ そんなんで魔物を狩れるなら苦労しねえよ!」

裕の無茶苦茶な指示に、タナササが激しくツッコミを入れる。だが、エレアーネは取り敢えず言われたとおりに「オーガ―! 出てきなさーい!」と叫んでみる。

そして、数十秒ほどで、裕は何かがやってくる音を聞きつけた。

「左手、山頂方向からですね。」

「本当に来たのかよ?」

「ゴブリンならあれで来ますよ?」

「マジかよ……」

裕のあまりの非常識っぷりに『紅蓮』は五人そろって呆れかえるしかない。

「エレアーネ、来るのを待っている間に、念のため、光の盾を出しておいてください。いきなり突進攻撃とかされたら対処が面倒です。」

非常識なことを言ったかと思ったら、突如真っ当な指示も出す。

裕のペースについていけず、紅蓮は調子を崩すが、エレアーネは気にもせずに光の盾を並べる。

そして、そこに魔物の放った火球が襲い掛かってきた。

感想・コメント

    感想・コメント投稿