66話 帰ってきたぞ!

遺跡は風化が激しく、目で見るだけでは元の文明の程度を読み取ることはできない。

ただし、それは地上に露出している部分の話だ。

地下に埋もれている部分の方が保存度が良い……、ことが期待される。埋もれているので見えないが。

「これ以上見ても得られる情報は無さそうですね。森の様子でも見ていきましょうか。」

裕は遺跡から森へと視線を移して遺跡の辺縁部を歩いていく。オオカミを追い払って以降、獣も魔物も出てこない。肉食獣の密度がそんなに高いはずもないのだ。ゲームのように、ちょっと歩くだけで魔物に遭遇することはない。

だからといって、ナメて油断しまくるほど裕はアホではない。遺跡の周辺を一通り見て回って、研究所へと戻る。

もちろん、手ぶらではない。森へ行ったのだったら、果物や食べられる物の採集は忘れない。

「どうだった?」

「オオカミがいたくらいですね。こちらは?」

「骸骨兵をいくつか見つけた。あいつら何処から湧いて出てくるんだ?」

「遺跡の中にも、隠れるところはありますからね。あまり油断してられません。」

周辺の森だけではなく、遺跡にも化物が潜んでいるようで、護衛を連れてきて正解だったということだろう。

オレオクジオがあごで指す方を見れば、骸骨の残骸が転がっている。粉々に砕かれているのは、復活してこないようにと念を入れておいたのだろう。

研究所の奥では箱詰め作業が一段落していた。魔石のあった棚はすっかり空っぽになっている。ミドナリフフ親子は、中身の詰まった木箱に蓋をして部屋の隅に積み上げる。それらを運び出すのは明日の朝だ。

それに負けじと裕も図書室の本を木箱に詰めていく。こちらは蔵書量が多すぎて、一度で全て運ぶ出すのは不可能だ。そもそも、本だけを積んでも馬車一台に収まらなさそうだ。

これだけの本を集めるのに、いったいどれほどの時間と金を書けたのだろう。

本の種類は多岐に渡っている。

薬草や毒草について、その効果や植生、栽培方法などの解説をしている本や、魔獣の分類に関しての本などもある。これら、動植物の本だけで三十冊ほどもある。

古代からの伝承を纏めたものもあれば、歴史書と思しきものもある。

裕は一冊一冊軽く数ページをめくって、持っていくものをどんどんと選別していく。

目当ての本は、魔法に関してのものだ。

魔法陣そのものの研究や、様々な魔法を紹介している本は片っ端から木箱に入れていく。

さらに、錬金術や呪術に関しての研究書も多く、これらも木箱行きだ。

自らの不死化や、骸骨兵など不死の化物を創りだす方法は、恐らく不死魔導士本人が書いたのだろう、紙束が残っていた。

「こんなもの要らないです。」

裕は不死化には全く興味を示さなかった。ゴーレム的なものに関してはそれはそれで書物があるのだ。不気味な化物を作る必要はないという判断だ。

裕の運び出す本は、木箱四つだ。そこにエレアーネ用の植物書が三冊入る。

一通りの作業を終えて馬車に戻ると、あたりは既に暗くなっていた。

「おう、終わったか?」

「ええ、とりあえずは。箱四つじゃ足りないですよ……」

声をかけてきたカーズトキに裕は欠伸をしながら答える。ミキナリーノとカトナリエスは既に馬車の中で眠りに就いている。

ミドナリフフは御者と一緒に馬のブラッシング中だ。

護衛を務める『春茨』も、見張りを二人残して毛布にくるまっている。休めるときに休んでおくのは護衛の基本だ。全員で疲労をため込んで、肝心なときに役に立たないことになるようでは護衛失格だ。

裕とエレアーネも荷物から毛布を取り出して洞穴の中で横になる。やはり風の当たらないところで寝たいようだ。

翌朝、木箱を馬車に積み込むと、早々に出発する。いや、その前に裕が一人で巨大骸骨の化物が復活していないかを確認しに行く。もちろん、馬車は逃げる準備を整えてある。

「大丈夫です!」

裕の報告を待って、ミドナリフフは手綱を握る。遺跡からの帰りも数日かける予定だ。遺跡を抜けて、馬車は谷川のほとりを軽快に進んでいく。

「このまま何事もなければ良いがな。」

「やめてください。そういうことを言うと、問題が発生するのです!」

オレオクジオの何気ない言葉に、裕は激しく抗議する。世の中にはフラグというものがあり、立ててしまう、大変なことになるのだ。

戦いに赴く前に「帰ったら……」と言えば命を落とすし、敵の息の根を止めぬうちに勝ち誇れば逆転負けを喫する。

そんな話が一体どれだけの数あるだろう。

しかし、そんな裕の心配も杞憂に終わり、最寄りの町へと無事に到着した。

その町で一泊し、翌日は船で川を遡る。

ミキナリーノとエレアーネが張り切りすぎて、風魔法で帆を吹き飛ばしそうになったこと以外は何も問題はない。

結局、セルコミアに着くまで、魔物にも賊にも遭遇することはなかった。

「それでは、私たちはエウノ王国に一旦帰ります。本業を疎かにすると怒られてしまいますので。」

「ヨシノゥユーの本業って何なんだ?」

「向こうでは塩を売っているのですよ。アライの町では私しか塩商人がいないので、戻らないと結構大変なことになってしまうのです。」

他の領の商人にも来てくれるようお願いしてはいるが、本当に来るかは分からないし、持ってくる量も分からない。

ミドナリフフたちに暫しの別れを告げ、裕とエレアーネは帰路につく。

「ミキナリーノと離れるのは寂しいですか?」

名残惜しそうにしているエレアーネに声をかける。年齢も近く、なんだか妙に互いにライバル視している雰囲気もあるが、何だかんだで二人は結構仲が良いのだ。

「でも、帰らなきゃ。子どもたちを放っておけないよ。」

エレアーネの当面の目標は、アライの町の浮浪児たちの地位向上だ。子どもだけでも生活していけるようにと、時間のあるときは色々と面倒を見ている。

「そうですか。じゃあ、さっさと帰りますよ。私もこの本を読みたいですからね!」

裕は荷車の重力遮断を百パーセントにまで上げて、どんどん加速していく。

荷車を引いて森の上を走るには、かなり手前から飛びあがらなければならない。

荷物と合わせると、荷車の重量は百キロを軽く超えているのだ。重力遮断があっても、木の上に引っ張り上げようとすればかなり面倒だ。

二人で担ぐようにして荷車を持ち、森の上を駆け抜けていく。こういう時は車輪が邪魔になるが、取り外しが可能な構造なはずもなく、我慢して運ぶしかない。

傾いてきた西日を背に森を抜けると、夕焼けに染まる畑の向こうに町が見えてくる。

荷車を担いで畑の畦道を疾走する二人は、頭がイカレているようにしか見えない。荷車ってものは、ふつう、地面に置いて押すとか引くとかするものだ。頭の上に担いで走るとか、ありえない。

重力遮断していればその方が運びやすいとか分かるのだが、その見た目にインパクトがありすぎる。

だが、さすがに裕も町に入る前に荷車は地面に下ろした。

夕暮れの街を急ぎ、馬車用の車庫に「金は払うんだから良いだろう!」と強引に押し込んで、宿に泊まる。

そんなことを繰り返して、アライの町に帰ってきたのは、セルコミアを出発して五日後のことだった。さすがに大荷物では出せるスピードにも限度があるし、野宿を避ければ時間も余計にかかる。

裕が最初に東へと向かった時の倍ほどの時間をかけての到着だ。

「ただいま戻りましたよー!」

荷物を家に入れると、すぐに裕は商業組合へと向かった。エレアーネはハンター組合だ。

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