62話 かつてある胸騒ぎ

「つまり、俺たちの仕事は南の山中遺跡までの護衛、それと荷物の積み込み、ということで良いんだな?」

「うむ。経路から考えて、賊に遭遇することは考えていない。だが、魔物は出てくる想定だ。」

「なるほど、それでその値段ってわけか。それで、共闘する奴ってのは誰だ?」

「一人はエレアーネという第二級の治癒を使える魔導士。もう一人は、魔導士としか言えぬ。」

ミドナリフフの説明に『春茨』の六人は戸惑いを隠せない。

「治癒術師ってのはありがたいが、もう一人ってのは何だ? 名前も言えない奴と一緒にやれって言われても困るぜ?」

オレオクジオの言い分は当然のことだ。命をかけるかも知れないのに、そんな怪しげな人物紹介で信用なんかできるはずがない。

「君たちも知っている人物だ。一緒に戦ったこともあると聞いている。思い当たる者の名は言わないでくれ。」

「俺たちが知っていて、名前を言えない……?」

オレオクジオは首を傾げる。即座に裕を思いつきはしないようだ。

「彼がいることは、依頼を請けるにせよ、辞退するにせよ、口外しないと誓ってくれ。」

「そこまで……?」

オレオクジオは分からない様子だが、弓士カーズトキが突如「ああああ!」と叫び声をあげる。

「くどいようだが、決して口外せぬようにしてくれ。」

「あ、ああ。彼は元気だったのか。なるほど、彼か。」

言葉を濁しながら、カーズトキは納得する。

その後、コソコソと話をして「あー、あの!」などとひとしきり騒いでから、再び仕事の話に戻る。

「それで、魔物の強さはどれ程なんだ?」

「先日行ったときは彼らの敵ではなかったよ。」

ミドナリフフの言葉に一同は安心したような表情を浮かべる。

「ですが、全てを見たわけではありません。まだ、何か出てくるか分からないので、護衛が欲しいのです。」

ミキナリーノは目前での戦闘を見ていて何も感じていないわけではない。裕が一匹ずつしか相手をしていなかったことくらいは理解している。

複数の敵が出てきたら、倒せてはしても自分たちが無事でいられるかは分からない。エレアーネが護衛を拒否したときにその可能性を言われたことを忘れてなどいなかった。

「分かった。一緒に行くのはミドナリフフさんとその二人だけか?」

「私のところからは御者と、このミキナリーノ、そして息子のカトナリエスが行く予定だ。」

「お子さんもですか?」

「馬車からは出さんし、二人とも魔法は使える。」

そう言われても、危険が伴う場所に子どもを連れて行くことには渋面を作る。

「危険だと感じたら途中で引き返します。それでも報酬の減額はしません。お願いできますか?」

ミキナリーノにそう言われて『春茨』は顔を見合わせる。

「分かった。道中の指示には従ってもらう。特に……」

オレオクジオは言葉を切ってミキナリーノに視線を向ける。

「分かっています。子どもの勝手な判断は足を引っ張ると言いたいのですね? 先日もひどく叱られました。」

「息子さんとやらにも、しっかり言っておいてくれ。町中と森の中は違うんだ。一々反抗されたんじゃ護衛なんてやってられない。」

念を押すオレオクジオにミキナリーノとミドナリフフは頷く。

護衛依頼の話がまとまりはしても、当日中に出発とはならない。ハンターたちだって、いつでも中期護衛に出れるよう、年がら年中準備万端整えているわけではない。いきなり今日明日と言われても『春茨』にも無理だろう。

武器防具のメンテナンスをして、携帯食を買い込み、旅支度を整えるのに数日はかかるものだ。

そもそも、ミドナリフフの方もすぐに馬車を出せる準備はできていない。馬車を動かすとなれば、相応の準備が必要なのだ。

そして、その間に裕は木工屋に荷車を発注している。今回の件では、金貨の一枚や二枚は使っても構わないという勢いだ。発注した手押し車は、最大幅が八十センチほどと、かなり細い。これは、例の不死魔導士の研究所への洞穴を通れるようにと言うサイズだ。

暇を持て余したエレアーネは、普通に下級ハンターとして周辺の森で採集活動をしている。

ヨンセル近辺の植生はアライ周辺とは若干違うようで、エレアーネの知らぬ植物もある。ハンター組合で、適当な下級ハンターに混ぜてもらっての活動だ。

そんなこんなをしながら、四日後。

全ての準備が整い、ミドナリフフたちはセルコミアを出発した。とはいっても、いきなり遺跡に向かうわけではない。

ヨンセルの町に滞在している裕と合流してから、南へと向かう。

遺跡までの道程は馬車で三日かかる。重力遮断走行では一日で着くのだが、馬車での移動というのも大変なものである。

「ここを登って行くのかよ。」

川と街道を進んできた馬車も、最後は街道から外れて、草が生え放題の川辺を登っていく。それでも問題なく進んでいけるのは裕の重力遮断あってのことだ。少々の凸凹など、何の問題もなく越えていく。

今回は馬車の重力遮断率を九十八パーセントまで上げている。つまり、五百キロが十キロ程度になっている。街道を行くより多少はスピードは落ちるが、空の木箱と裕の手押し車を積んだ馬車は、道無き道を進んでいく。

「前から思っていたが、無茶苦茶だなヨシノゥユーの魔法は……」

半ば浮いて進む馬車を見てオレオクジオは呆れたように呟く。

「油断はしないでくださいね。いつ魔物が出てきてもおかしくありません。」

「分かってるよ。」

そんなことを言っている間にも、馬車の上からエレアーネが「止まって!」と声を上げる。

「どこだ?」

「右の上の方。」

見上げてみると、木々の向こうに大きなものが見え隠れしている。

「エレアーネ、水を撃ってみてください。」

それで逃げていくならそれで良し。飛び出してくるなら仕留めるまでだ。

全員が身構え、エレアーネは馬車の上に立って魔法を放つ。

藪を突き抜けて撃ち込まれた水の玉に驚き、獣は背を向けて逃げていった。

「ただのクマみたいですね。行きましょうか。」

一行は再び、曲がりくねる川の縁を進んでいく。その後、特に遭遇するものは……、あった。

「これ、処分するの忘れてましたね……。やはり焼いといた方が良いでしょうか?」

そう、先日倒した魔物の腐乱死体が転がっていた。体長四メートルはありそうな、一瞬にして焼かれた魔物だ。焼け焦げ、腐り落ち、魚みたいな顔つきの巨大牛は見るも無残な姿になり果てている。

「森の獣も食わねえのか? これ。」

「少々齧られた痕はあるようですが……。量が多すぎるのでは?」

体重が二、三トンはありそうな魔物なのだ。そう簡単に食いつくすことは難しいだろう。二十頭くらいのオオカミの群でも、一日に二百キロほどあれば足りる。二トンの肉を食い尽そうとすると、十日ほどはかかる計算だ。

「焼いてしまいますね。危ないですよ、離れてください。」

オレオクジオたちが腐乱死体から離れると、その体表の一部から爆発的に煙が上がる。

ギガレーザー。

裕は、またワケの分からない名前を付けだした。全然レーザーじゃないし、出力もせいぜい数十メガワット程度だ。ただ、その威力は凄まじい。

陽光召喚の放射電磁波を全て赤外線やマイクロウェーブにして、一方向に向けて射出するのだ。そしてそれを複数同時に一点に向けるのだから、その熱量は相当なものになる。

水分は爆発的に気化し、皮や肉は炭化し発火する。

ただし、この魔法は焼却専用だ。動いている敵には当たらない。誤射や自爆の危険性もある。

エレアーネとミキナリーノ、そしてカトナリエスも炎熱魔法を放ち、魔物の焼却は速やかに行われる。

「この先にもいくつか転がってるんですよね……」

裕は嫌そうに言うが、結論から言うとそれらは全て白骨化していた。体長一メートルくらいならば、数日もあれば食い尽されるということか。

そして、もうすぐで遺跡に着く、というところで、裕がストップをかけた。

「何か聞こえませんでしたか?」

前方を注意深く睨みながら訊いてみるが、誰も何も聞いていないと言う。

「ちょっと、上から見てみますか。念のため、すぐに引き返せるよう馬車は反転しておいてください。」

「神経質すぎないか?」

「かつてない、いや、この胸騒ぎは一度だけ経験があります。逃げましょう。」

そう言っている間にも馬車は向きを変えつつある。裕はエレアーネと跳び上がって周囲の確認を、するまでも無く敵を視認した。

「大至急撤退! 復活してやがる!」

「な、何だ? 何がいるんだ?」

「骸骨の化物です。こちらに向かっています。急いで!」

裕が珍しく慌てている。

理由は二つ。

谷川では、重力遮断をかけてもすぐ横の崖を蹴って地上に戻ってくることができる。巨大骸骨の化物は、足を伸ばせば届いてしまうサイズなのだ。

そして、裕の重力遮断では突進は止められない。つまり、守ること考えると、馬車は逃がさなければならない。

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