第60話 みーつけたッッ!
怪しげな穴に入っていくと、そのすぐ先に扉があった。
「当たりっぽいですね。」
裕は気楽に言うが、明かりを放って扉の周囲をくまなく調べる。
さらにミキナリーノの光の盾で周囲を覆った上で扉を開けた。怖ろしい念の入れようだが、特に何ごともなく扉は開いた。鍵も掛かっていなかったらしい。
なんとも不用心なことである。
扉の先は階段が下方向に伸びていた。右に大きく曲がりながら下りていくその途中に横道や部屋は見つからない。
このようなところでの典型的なパターンは、途中の隠し扉が正解ルートで、その先の階段には罠しかないというものだ。
裕は当然のようにそれを警戒し、山刀で岩壁を叩きながら進んでいく。エレアーネと二人でガンガンガンガンと叩きながら進んでいくと、当たり前だが非常にうるさい。
ミドナリフフは「本当に意味があるのか?」と顔を顰めるが、二人はそんなことは一切気にせずに叩きながら一歩一歩階段を下りていく。
だが、程なくして、エレアーネの叩く音が突如変わった。
「何かありますねえ。」
「何だろう?」
「罠じゃないよね?」
エレアーネは興味津々に音の違う岩を叩くが、ミキナリーノは緊張した面持ちで後ずさる。
「罠っぽくはありませんね。ここから開けるのでしょうか?」
裕が不自然な岩の突起を掴むと、そこから青い線が上下に走る。
「おおぅっ⁉」
裕は警戒し、後ずさるが何も起こらない。いや、青い光がスッと消えていく。
「エレアーネ、ミキナリーノとミドナリフフさんと、ちょっと上の方で待っててください。念のためです。」
「分かった。」
「え? ヨシノゥユーはどうするの?」
不安そうな目を向けるミキナリーノに、裕はやれやれと肩を竦める。
「私の指示に一々疑問を差し挟まないでください。言ったでしょう? ここは既にあなたたちの価値観が及ぶ場所ではありません。」
「……わかった。」
ミキナリーノは不承不承、と言った感じだがそれでも裕の指示に従う。そこで食って掛かるほど莫迦じゃない。
「ここは狭すぎる。みんなで固まってたら逃げられない。ミキナリーノはこっち。そこにいたらヨシノが逃げられない。」
エレアーネが立ち位置を調整し、三人が階段に一列に並んで様子を見守るなか、裕は岩の突起に再び手を伸ばす。
先ほどと同じように青い線が上下に伸びていき、二度、直角に折れて長方形に岩壁を囲む。
ガゴン、と重い音がして、岩壁が奥へと吸い込まれるように動いていく。そして、三メートルほどのその穴の左右には一つずつ扉がある。
「奥に二つ扉があるんですが、どちらが罠だと思います?」
「そんなの分かんないよ!」
あくまでも軽いノリの裕に、エレアーネのツッコミが岩穴にこだまする。
「では左からいってみます。念のため、水魔法の準備をしておいてください。」
そして、カウントダウンと共に裕は左の扉を開け放つ。そこを覗きこみはせず、即座に横穴の入口まで戻る。
ワンテンポ遅れて、扉の奥から黒い獣が飛び出してきた。
ネコ科のようなしなやかな躰、輝く五つの目、そして、巨大な牙と角。何と言う名なのかは分からぬが、魔獣だ。
裕は目くらましの光を投げつけると同時にダッシュで階段を駆け上がる。地下に棲む魔獣は最初から盲目である可能性も考慮し、熱量を持つ光だ。
裕に一瞬遅れて階段に飛び出してきた魔獣に、エレアーネの水魔法が殺到する。第一級の水魔法には大した攻撃力などない。平原でやっても嫌がらせの足止めにしかならないその魔法は、この場では違った効果を発揮する。
魔獣は大量の水に足を取られて、そのまま階段を押し流されていった。エレアーネは、階段の下に重要なものがあったら、などと躊躇などしない。
裕が水魔法と指定したのだから、全力で水魔法を撃つのみだ。
ギャウギャウと悲鳴を上げて流されていった魔獣が、一際大きな叫びを上げて、それを最後に静まり返る。
「どうしたんだろう?」
「また来るかな?」
「足音は無いですねえ。」
裕たちは顔を見合わせるが、そんなことをしても状況は分からない。
「ミキナリーノ、ちょっと水を流してやってもらえます?」
ミキナリーノは咄嗟の反応ではエレアーネに及ばない。時間的余裕がある状態でエレアーネの魔力を消費するのは良くないと、追い打ちはミキナリーノに任せることにした。
ドドドドと水が音を立てて流れて行くが、魔獣の反応は全く無い。
「罠にでもかかったんですかね? 音からすると、この先に落とし穴があるようですが。」
裕は水が流れる音が途中で途切れていることを敏感に聞き取っている。これ以上は必要ないと判断し、横穴の扉を覗く。その先は細長く続いており、酷い腐臭が漂ってくる。
先に進むのはマズイと判断して扉を閉じると、右側の扉をノックしてみる。
何度か叩いてみるが、何の反応も無い。
「開けてみます。」
先程と同じように、十分に警戒態勢を取りながら扉を開けるも、何も起きなかった。地下らしくカビ臭い匂いは漂ってくるが、左側のような強烈な臭いはない。空気は淀んではいるが、一息吸っただけで絶命するような危険な感じはしない。
「カナリアが欲しいですね……」
裕がぽつりと言うが、そんなものはいない。枯れ枝の先に火を点けて、その様子を見ながら進んではいるが、それでは検出不可能なガスもある。
硫化水素だと可燃性も臭いもあるので分かりやすいが、一酸化炭素だと無臭の上に炎に影響を及ぼさない。あまりに濃度が高ければ影響するのだろうが、見て分わからない程度の濃度でも人体に甚大な影響を及ぼすのが一酸化炭素だ。しかも、自覚した時点で手遅れというオマケ付きだ。
だが、その場にとどまっていても仕方が無い。扉の奥の通路に明かりの魔法を放り投げて、踏み入れていく。
埃が積もっている廊下にはいくつかの扉が並んでいる。裕たちは手前から順番に部屋の中を確認していく。
「何も無いね。」
最初の部屋の壁には棚があるが、そこには干からびた果物がいくつか転がっているだけだ。
「これは食糧庫じゃないのか?」
棚の形状や、残されている物からミドナリフフが推測を口にする。カビに塗れた物体を枯れ枝の先で突き回してみても役に立ちそうなものには見えない。四人は次の部屋へと向かう。
そこにはソファとテーブル、そしてベッドが置いてあった。
「はい、次。」
居室兼寝室は無視して裕は次の扉を開ける。ここからが彼らのお目当てのものがあった。
やたらと大きな机に向かう飾り気のない椅子。立ち並ぶ棚には書物がぎっしり詰まっている。
「図書室⁉ これは凄いですね!」
「なんと。これ程の蔵書は初めて見たぞ。」
「これ、全部本なの?」
目を見開き、驚きの声を上げる三人。エレアーネにはそれがどれ程のものなのか分かっていない。
裕は棚の本を一冊取り出して、内容を確認してみる。
「内容はよく分からないですが、魔法道具の作り方に関してでしょうかね。」
「え? どんな?」
「難しすぎてよくわかりません。今これを読んでも仕方ありません。どんな本があるかの確認の方が先です。目録は作りたいですね。」
「いや、その前に奥の部屋の確認をしたい。ここよりも重要なものがあるかも知れないからな。」
興奮さめやらぬ様子で一番奥の部屋へと向かってみると、そこは実験室か工房のようだった。
二十畳ほどの広さの部屋の四方の壁には棚が据え付けられ、そこに並ぶのは魔石類に謎の器具、そして何が入っているのか謎の壺。部屋の中央のに並ぶ四つの台には複雑に刻まれた魔法陣がある。
「何、これ……?」
直径三十センチはありそうな巨大な魔石を前に、ミキナリーノは言葉も無い。
「この辺の壺は薬草に鉱物ですね。そちらの道具は何をするものだか分かりますか?」
「さっぱり分からぬ。何らかの魔法道具なのではないかと思うが……」
彼らには見たことがないものばかりで、何がどれだけの価値があるのかも分からない。
分かるのは、魔石だけでも金貨数百枚になりそうだということだけだ。
「金貨数百枚⁉」
あまりの金額に、エレアーネは素っ頓狂な声を上げるが、ミキナリーノも裕もそんなの当たり前だと言わんばかりだ。
「それで、これをどうします?」
裕の質問に、ミドナリフフとミキナリーノの表情が固まった。