第59話 不可思議な遺跡
山の麓に着く頃には、日は沈みかけていた。あたりは薄暗く、山は暗く聳える。
「夜営場所を探すにも、これじゃあ全然見えないぞ……」
目を細めてミドナリフフが困ったように言うが、裕は全然そんな様子は見えない。
「ミキナリーノ、明かりをお願いして良いですか?」
裕は上を指差して言う裕の意図を察し、ミキナリーノは簡単な詠唱をする。
「天高くあり、大地を照らす太陽よ、光をここに!」
裕とは詠唱が異なるが、やってるのは同じ、太陽光を以って周囲を照らすということだ。
ミキナリーノの魔法で、裕たちの周辺には昼の明るさが戻る。夜営場所を探すには何の問題もない。
問題なのは、娘が非常識な魔法を使えるようになってしまっていることで頭を抱えるミドナリフフだけだ。
程なくして沢を見つけて、その上の岩場を野宿の場所に決める。
夕食は先ほど狩ったイノシシの肉だ。適当なサイズに切って、火で炙り塩を振ったものに齧り付く。
「ハンターはいつもこのような食事をしているのか?」
「どうなんでしょうね?」
「肉よりも木の実とかの方が多いよ。冬だと葉っぱでも何でも食べる。」
このメンバー唯一のハンターであるエレアーネはそれっぽく言うが、後段は浮浪児だけだと思う。
「まあ、上手いこと獲物を見つけられるわけじゃないでしょうね。地面を歩いていれば、逃げられますし。」
裕の場合、上方から獲物に気付かれずに発見し接近できる上に、離れた場所からの魔法攻撃ができるという圧倒的な優位性があるため、普通のイノシシやシカなどは何の問題もなく狩れるが、普通はそうはいかないのだ。
肉をたらふく食べた後は、毛布に包まってひとかたまりになって寝るだけだ。
尚、食事をした場所と寝る場所は数十メートルほど離れている。もちろん、残っているイノシシ肉も寝場所には持ち込まない。離れた木の枝に吊るしておくのは基本中の基本だ。
翌朝、空が白んできた頃に裕たちは目を覚ます。
初夏とはいえ、日の出前は冷え込むものだ。毛布に包まってはいても、テントも無しに野ざらしで寝ていれば体は冷える。
裕が荷物から出した鍋に魔法で水を注ぎ、さらに魔法で沸かす。裕とエレアーネはなんでも魔法頼りだ。薪を集めたり水を汲みに行ったりなどしない。
「すぐそこに沢があるだろう……」
魔力を温存しようともしない二人に呆れたようにミドナリフフが言うが、裕もエレアーネも「面倒だもん」と気にもしない。
木のカップにお茶を淹れ、一服して体が温まってから肉を取りに行く。
木に吊り下げた肉は無事なようだ。まあ、地上五メートルに吊ってあれば、木登りができない肉食獣には手が届かないだろうが。
湯に切り落として入れ、さらにエレアーネが採ってきた葉っぱと一緒に煮てスープを作る。
「これは美味しいんですか?」
「いつも食べてるスープに入ってるやつだよ? ハンター組合に持って行っても安いけど、いっぱい採れるし自分でも食べれるし、よく採ってたよ。」
通常、町の屋台のスープ屋は刻んだものが入れられているが、丸ごと入っているだけで同じものらしい。ハンターらしい豪快な調理だと言われたらそんな気がしなくもない。
「本当に大丈夫なのか?」
ミドナリフフは不安そうに口を付けるが、食べてみると知った味だったようで、安心してもぐもぐと食べていく。
「私もどの木の葉が食べれるとかは全然知らないですからねえ。エレアーネがいて助かりますよ。朝から肉だけというのも何か嫌じゃないですか?」
「うむ。」
「私はお腹いっぱい食べられれば何でも良い!」
ミドナリフフもミキナリーノはもちろん、裕も本当に死ぬほど飢えたことはない。物心つく前から飢えに苦しんできたエレアーネとは食に対する感覚が違うのは仕方があるまい。
塩とハーブで味を調えただけのイノシシ汁を平らげると、山沿いに南東へと向かって行く。
「普通は何日か掛かるものだが、この速さなら二、三時間もあれば着くのではないかな。」
あとどれくらいあるのかと距離感を確認すると、ミドナリフフは何か嫌そうに答える。元々の彼の考えだと、まず馬で東に向かい、川を船を使って南下。支流と合流したところで支流側を遡っていくつもりだったらしい。
まさか森を突っ切って一気に山まで南下するとは思っていなかったということだ。
そして、ミドナリフフの言っていたように二時間ほどで比較的大きめの川に出た。そこから方向転換して上流方面、西へと向かっていく。
「止まってください。その向こうに何かいます。」
「魔物か?」
「大きいね。」
「ええ、影が丸見えですよ。あれで隠れているつもりなんでしょうか。」
裕たちは渓谷の川沿いを走っている。当然、川は曲がりくねっているのだが、その岩陰に隠れて何かが潜んでいるのだ。
「ファイヤー!」
裕はかなり気が短い。
脅して逃げるならばそれでよし、向かってくるなら倒す。さっさとして欲しいとばかりに火球に見せかけた光を前方に投げつける。
それ驚いたのか、隠れていた魔物が姿を現す。
体長四メートルはありそうな体躯が一瞬にして炎に包まれたあああああ!
はえええよ! 魔物の姿とか説明してる間もない。
出てきた瞬間を狙って、エレアーネの炎の連射が魔物を焼く。一級の魔法だが何十発、何百発と叩き込まれては堪らない。
魔物は悲鳴を上げて転げまわり、宙に浮かび上がる。
ああもう、これ、いつものパターンだ。
「エレアーネ、あれ、風で上に飛ばせますか?」
「やってみる。」
エレアーネとミキナリーノが同時に風を放つと、魔物の巨体はぐんぐんと上昇していく。もう終わりだ。あとは、あれが落ちてくるのを待つだけだ。一分もかかるまい。
「ふん、他愛も無い。」
五十秒ほどして地面に激突し、ピクリともしない魔物に向かって裕は勝ち誇る。
「そういえば聞いたことがあるぞ。骸骨の雨が降ったという話を。あれは本当だったのか。」
謎の解説をするミドナリフフ。裕はそんなことは無視してさっさと進んでいく。
その後、何度か魔物に遭遇するも、特に問題なく撃退して進み、古代遺跡と言われている場所へとたどり着いた。
「何ですか、これは。」
遺跡の全体を見渡そうと、高い木の上に登って裕は強い語調で言う。
「何って、遺跡なんじゃないのか? 私は古代の文化は全然分からぬが……」
眼下に広がる遺跡は、そうとう長い年月が経ったのだろう、建物は崩れてほとんど原型を留めていない。だが、それは上から見ると町であったことは見て取れる。
「何故、こんなところに、これだけがあるのでしょう。これはどう見ても、町の一部分ですよ。他はどこに行ってしまったのです?」
裕が訝しがるのも無理はない。山の中腹に、切り取ったように町の残骸があるのだ。
だが、今、歴史談議をしていても仕方が無い。
不死魔導士の研究所を探すのがここへ来た目的なのだ。
端から探していると、あっさりと見つかった。
巨大な骸骨の化物が守っているのだ。不死魔導士が何故これを置いていったのか謎である。
複数の魔物の死骸を組み合わせて作ったのだろう、何本も足を持つ体高五メートルくらいの化物は、やはり何もできずに上空に飛んで行った。
火が通じないとか、矢が通じないとか、意外とパワーがあるとか、毒の爪を持つとか、一切お構いなしだ。
念のためとミキナリーノの光の盾を張り巡らせておいて、裕の重力遮断で浮かせてしまえば、あとは風魔法で上に吹き飛ばすだけだ。
上空二百メートルの高さから落ちてきた骸骨は砕けるのみ。それですべてが終わる。
化物の背後の山の斜面にはぽっかりと穴が開いていた。おそらくそれが不死魔導士の隠れ家なのだろう。