第57話 それは想定外です
「ヨシノゥユーがヨンセルに来ている?」
簡単に説明を受けて、ミドナリフフは逡巡する。だが、そう長くはない。
「よし、いくぞ。馬で急げば夜までには着くだろう。」
「私も行く!」
やたらと意気込むミドナリフフに、ミキナリーノも同調する。エレアーネの方は今日でも明日でも、どちらでも構わないといった様子だが。
サヤモリータが反対することもなかったので、速やかに出立する運びとなった。
移動手段は馬だ。エレアーネは乗馬などしたことがないので、ミキナリーノの後ろに二人乗りで行くことになる。
「私も行きたいです。」
「お前にはまだ無理だ。自分一人だけで馬にも乗れないのでは連れていくことはできない。」
カトナリエスは父に必死に頼み込むが、ミドナリフフは首を横に振る。かなり飛ばして行くことになる予定だということに加え、護衛がないことが大きな理由だ。
魔物や賊に遭遇した場合は逃げの一択となるが、休憩中に襲われた場合、自分一人で馬に乗れなかったら見捨てていくことになる。
エレアーネは良いのか、という疑問があるだろうが、それは問題ないというのが彼らの認識だ。
ただし、エレアーネが余所者だから、とかいう話ではない。
そもそもとして、商人であるミドナリフフにもカトナリエスにも戦闘力も経験もない。ミキナリーノはいくつかの魔法が使えるものの、やはり実戦経験はない。
それに対して、エレアーネはハンターであり、戦闘経験もある。
だが、エレアーネは護衛ができないのだ。近接戦闘が苦手とか一人で二人を守るのは厳しいとか色々あるのだが、一番厄介な問題は、エレアーネは火力だけが上がりすぎていることだ。
「私一人だけなら、オークやオーガの群れでも勝てる。だけど、他の人を守るのは無理だよ。ミキナリーノたちもまとめて全部殺しちゃう。」
護衛をと頼んでみたら、そんなこと言われてしまうのだ。ミドナリフフも何かあったら即座に離脱することしか考えないだろう。エレアーネの攻撃に巻き込まれてはたまったものではない。
馬に跨り、街門を出ると一路東へと向かう。急ぐ、とは言うが、走らせはしない。長時間持続できる程度の早歩きだ。それでも人の徒歩よりははるかに速く、時速十キロ少々だ。ちなみに、裕の走る速さとほぼ同じである。
二頭の馬は連なって街道をどんどんと歩いていく。畑を抜けて森の中の道を進み、出発から小一時間ほど経ったころ、小川のほとりで一旦休憩を取る。
「お尻が、お尻が痛いよぅ……」
初めての乗馬で、ぶっ続けの速歩は無謀である。エレアーネのお尻や内腿は大変なことになっている。だが、エレアーネはそんな時は迷わず治癒魔法を使う。ついでにミキナリーノとミドナリフフも一緒に治癒しておく。
「ええ? そんなことに治癒魔法使っちゃうの?」
「だって、痛いんだもん。ミキナリーノは平気なの?」
「少しは痛かったけど、魔法で治すほどじゃないよ。」
エレアーネよりも優れたところがある、とミキナリーノは少々自慢げである。ミキナリーノは幼い頃から乗馬の練習はしているし、時折、遠乗りをしたりもする。速歩でとはいえ一時間程度鞍に跨ったくらいでは音をあげることはない。
「しかし、こんなことにも治癒魔法は効くものなんだな。馬にもかけておいた方が良かったのかな?」
「どうなんだろう?」
物は試しにと、並んで川の水を飲んでいる馬にも治癒魔法を使ってみる。だが、何の反応も無かった。
「馬には効かぬのか?」
「怪我を治す魔法だよ? 痛いところもなかったら、何も起きないと思う。」
エレアーネは変わらない様子の馬には特に興味も示さず、森の方を気にする。
「どうしたの?」
「なんかいる。」
エレアーネの言葉にミドナリフフは緊張した面持ちで森に視線を向ける。だが彼には何も見えないようだ。
「どこだ?」
「あの藪の向こう側。こっちには来ないみたいだけど……」
エレアーネの指す方向を見ると、確かに藪がわずかに揺れている。だが、その姿は藪と木立に隠れて全く見えず、何かがいるということしか分からない。
「危険な獣か?」
「分からない。あまり大きくはなさそうだし、もしかしたらウサギとかかもしれないけど、魔獣かもしれない。」
分からないから、警戒する。これは裕が口を酸っぱくしていることだ。
「早めに出た方が良さそうだな。」
ミドナリフフの言葉にエレアーネも頷く。緊張しっぱなしでは休憩にもならない。水を飲み終えた馬もそわそわと落ち着きなく、早々に休憩を切り上げることにした。
その後は、特に何の問題もなく進んでいく。
夕方、森を抜けると鮮やかな黄色が目に入ってきた。道の両側に広がる畑には、一面に黄色い花を付けた背の高い草が植えられている。
「綺麗ね。」
「だが、この花が咲くと、夜はすぐにやってくる。」
沈みゆく夕日を背に、夕焼けと混じりあう花畑の中を急いでく。
ミドナリフフたちがヨンセルの宿に着くころには、頭上に星が輝き始めていた。厩へと馬を預け、宿へ入り、部屋をとる。
エレアーネは食堂で裕の姿を探す。見つからなければ自分の部屋を取らねばならないためだ。
だが、見回してみても、黒髪の子どもはいなかった。このあたりの人間の髪の色は人種的にブラウンが多く、裕の東洋人的な黒髪はとても目立つ。食堂で探すのは一瞬で終わる。
仕方なしに受付へと向かったところで、階段から声が掛けられた。
「エレアーネ、こんなところで何をしているのですか!」
裕も、ミドナリフフがその日のうちに馬で向かってくるというのは想定外だったのか、非難めいた声を上げる。
「ヨシノゥユー!」
「おお、いたか。心配したぞ!」
「うおお? ミキナリーノにミドナリフフさん、何故ここに?」
エレアーネが言い返すよりも先にミキナリーノとミドナリフフが裕に駆け寄る。
「何故って、ヨシノゥユーは町には入れないのだろう? ならば我々が出向くしかないだろう。」
「馬で行くって、急いできたんだよ。」
ここぞとばかりに、文句を言われたエレアーネは、ぷう、と膨れる。
「それで、状況はどうなっていますか?」
場所を移して、食堂で話を始める。内容は特に秘密にするほどでもないので、周りの耳は気にしない方向だ。
「ハンターたちも何度か探しに行っているようだが、まだ見つかったという話は聞いていない。地理的には町の北側からアレが来たというのは考えづらい。一番確度が高いのが南方ということで、主にそちらを探しているようだ。」
「西は、大河がそう遠くないんでしたっけ。」
「そうだな、徒歩だと一日ではつかないが二日あれば十分足りる。」
「あの河は船ないと渡れないよ? 化物なんでしょう? 船に乗せてもらえるとは思えないんだよね。」
単に大河と呼ばれているメズノ河は、幅が三キロほどもある。しかも、水中には魔物も棲んでいるため、泳いで渡るのも至難の業だ。
不死魔導士とはいっても、無敵ではない。わざわざそんな面倒で危険なことをするとも思えないと言うのがミキナリーノたちの意見だった。
さらに、ミドナリフフは簡単な地図を出して、不死魔導士の研究所捜索の済んだ範囲を示していく。
「じゃあ、この辺が一番怪しいんじゃないですか?」
未調査だというエリアの一角を指して裕は調査の第一候補として挙げたのは、魔物が蔓延っているという噂の古代遺跡のあるあたりだった。