52話 魔族の魔法

「なるほど。私は魔法というものを根本的なところから勘違いしていたようです。」

魔導士たちの説明を聞いて、裕は満足そうに口の端を吊り上げる。

「何か分かったの? ヨシノゥユーはどんな魔法を使えるようになったの?」

休憩したミキナリーノが興味津々といった様子で聞いてくる。彼女も午後になってから、魔法を習いにやってきていたのだ。

ミキナリーノの適性は火と光。驚くべきことに、水の適性は無いらしい。

そもそも、ミキナリーノは商人であり、魔法の習得は別に戦闘能力を高めたいからではない。隊商で旅をするのに覚えておいた方が便利なのが、水と風属性の魔法であるというただそれだけのことだ。

「そうですね、後でお教えしますよ。その辺りもあわせてミドナリフフさんとお話をしたいのですが、夕食のときにでもお伺いしてよろしいでしょうか?」

「お父様と? 今日はもう用事を済ませてしまいましたし、大丈夫だと思うけど……」

まあ、ミキナリーノには裕に父親との会食を許可する権利はない。今のところ聞いている予定では、夕食時の来客はないということを伝えるだけだ。

「では、また後ほど。光の盾はぜひ頑張って覚えてください。私は話を聞いただけですが、かなり便利に使えそうですよ。」

「うん、頑張るよ。」

裕とエレアーネは魔術師協会を出ると、雨の中を宿へと帰る。

傘なんてものは持っていない二人は、宿に着いたころにはずぶ濡れだ。部屋に戻ると、暖炉に火を放ち、濡れた服を脱いで乾かす。替えの服なんて持っていない二人は、服が濡れたらそうするしかない。

夕食時には裕は乾いた服を着るとミキナリーノたちが泊まっている宿へと向かう。今回はエレアーネは留守番で、紅蓮たちと一緒に食事だ。

「突然押しかけて申し訳ありません。」

裕が頭を下げるも、ミドナリフフは「そんなことで頭を下げずとも良い」と鷹揚に片手を振り席を勧める。そもそも個室でもない食堂だ。一緒に食事をする者が増えるなど、大した問題でもあるまい。

「それで、何の用だ?」

「はい、二つございまして。まず、私が倒した不死魔導士についてです。あれがどこから来たのか、判明しているのでしょうか?」

裕がテーブルに着くと、早速話を始める。注文を取りに来た給仕に飲み物と食事を頼み、本題に入っていく。

「で、不死魔導士だったか? どこから来た、か。倒した後、復活するような様子はない、とは聞いているが、それ以外の情報は無いな。」

「でも、お父様。他の町でも、不死魔導士に襲われたという話は全然ありませんでしたよね?」

「そうだな、知られていない、というのは情報の一つだろう。」

「なるほど。とすると、あの魔導士は元々あの辺りに住んでいたのでしょうかね。あるいは人知れず流れ着いてきて、あの辺りで力をつけ始めたのか……」

裕は難しい顔をして考え込む。他の可能性は無いのか、それぞれの確度はどれほどなのか。

「それを知ってどうするのだ?」

「いえ、私の魔法適性が邪属性らしく、あれと同じらしいのです。」

裕はあっけらかんと言うが、ミドナリフフの表情は険しくなる。

「魔術師協会には邪属性の資料はほとんどないらしいのですが、あの不死魔導士ならば、資料やらなにやら随分と溜めこんでいるのではないでしょうか。」

「ヨシノゥユーは不死魔導士にでもなるつもりか?」

「なりませんよ。骸骨兵に畑でも耕させたら楽ちんかなと思っただけです。それに……」

裕は周囲を見回し、声を小さくする。

「もし、魔法道具とか残っていれば、随分なお金になるかも知れませんよ。」

「魔法道具? そんなに値の張るものは……」

「魔法道具を作るための道具は、金貨数百枚にもなると聞きます。」

裕の言葉にミドナリフフとミキナリーノは顔を見合わせる。

「私、欲しいですわ。それ。」

「ちょ、ちょっと待ってください、ミキナリーノ。横取りはいけませんよ。」

「だって、ヨシノゥユーは余所者だわ。」

真顔でミキナリーノは酷いことを言う。

「ヨシノゥユーは言葉も分からないくらいだったんだから、セルコミアでずっと暮らしていたわけじゃないんでしょう? それに、今はこの国で商人登録をしているのだから、そんな高価な物を税も払わずに持ち出していったら問題になりますわ。」

「ぬぐうう。」

ミキナリーノの正論に、裕はぐうの音しか出ない。

「取り分をどうするかについては、見つかってから考えるとしてですね。」

あるかどうかも分からないもので言い争っていても仕方が無い、と裕は話を進める。

「不死魔導士の研究所が見つかれば、私たちにとって有益なものが出てくる可能性は高いと思うのです。そして逆もまたあり得る話で、古くなった施設から毒が漏れ出る可能性とか考えると、探索は必要かと思います。」

「なるほど。魔法の研究とはどういうことをするものなのか知らぬが、主のいなくなった建物は傷むのも早い。中にどんな危険なものがあるやも分からぬというのは、確かに好ましい状態ではないな。」

不死魔導士の研究所を探索することが無意味・無価値なことではないと理解すると、ミドナリフフの態度も変わる。

「どの程度のコストをかけることができるかは検討の必要がある。ヨシノゥユーが手伝ってくれると言うならば有り難い話だ。だが、ミキナリーノの言う通り、資産の持ち出しは控えてほしい。発見だけならばともかく、資産を持ち出したとなれば、誰がというのが問題になる。そうなるとヨシノゥユーが来たことを誤魔化せなくなってしまう。」

裕はあくまでも追放された身だ。のこのこと戻っていったことがバレれば、今度こそ処刑ということになりかねない。

「分かりました。私は本や書類をその場で読めれば良いです。」

盗賊の真似事をすればやはりお尋ね者になってしまう。結局、裕はミキナリーノの言い分を承服するしかなかった。

「で、もう一つなのですが、ミキナリーノに魔族の魔法を教えようかと思っているのですが、よろしいでしょうか?」

「魔族の魔法?」

「ええ、魔術師協会でお話を聞いて、魔法の使い方が根本的に間違っていたことが分かったのです。」

裕が魔術師協会で聞いた話を簡単にまとめると、魔術は魔力をにして現象を引き起こすのに対し、魔法とは魔力をにして現象を引き起こすのだ。

「魔法を使った時に放った魔力は再利用できます。」

「再利用?」

「ええ、同じ魔法を使う場合、再度魔力を放つ必要が無かったのです。」

裕はそう言って小さな明かりを作ると、それを横にずらっと並べる。そして、それを端から消していく。

「明かりをいっぱい並べてもあまり嬉しくないよ?」

「何を言っているんですか。火を並べられるなら、色々便利じゃないですか。」

「火なんて私使えないよ?」

「いや、使えるでしょう?」

どうにも認識が合っていないようだ。裕は「おかしいな」と首を捻る。

「この光の魔法は使えますよね?」

「ええ、以前に教えてもらった明かりの魔法だよね?」

裕が指先に明かりを灯すと、ミキナリーノも同じようにする。

「これ、明かりの魔法ですが、火の魔法も全く同じですよ。ミキナリーノはこれを明るくすることができるでしょう? だったら、熱くすることもできるはずです。」

「熱く……?」

言われてミキナリーノは光を出してあれやこれやとやって、「熱ッ!」と指を引っ込める。

「もっと早く教えてくれても良かったのに……」

ミキナリーノは頬を膨らませるが、「それくらい、自分で工夫して見つけだしてほしかった」と言われたら返す言葉も無い。

そもそも、火の魔法は攻撃にも使うことができるのだから、そうそうポンポンと無差別に教えるわけにいかない。

「それに、魔法陣を使った魔法でも、魔力の再利用はできますよ。少なくとも、エレアーネに教えたらできましたから。」

裕の言葉に、ミキナリーノだけではなくミドナリフフも顔色が変わる。

「それって、一回分の魔力で水の玉の魔法を何回も使えるってこと?」

「はい、そうです。新たに魔力を放出するのではなく、その場に残っている魔力を使うよう練習すればできるようになります。明かりの魔法の方がやりやすいですから、まずそれで練習すると良いでしょう。」

早速ミキナリーノは練習を始めようとするが、ミドナリフフが苦笑しながら「後にしなさい」と嗜める。

「そうですよ、食事が来たようです。冷めないうちに食べましょう。」

給仕が食事を乗せたワゴンを押してやってきた。

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