第50話 カビ臭いベリリア
王都ベリリア。
人口は約十万。千五百年の歴史を持ち、カビ臭い雰囲気を持つ王国の首都だ。
カビ臭い言うな?
いや、周辺部は比較的新しいものの、それでも築百年や二百年とかの建物とかザラにあって、中心部はさらに古く、築一千年を超える建物も珍しくはない。
カビ臭くもなろうと言うものだ。
石造建築が主体というかほぼ全て石造で、大型の建物が所狭しと建ち並んでいる。石造建築なのは他の町も一緒だが、この町の建物はやたらと背が高いのが特徴だ。
建築技術が素晴らしいのはいいのだが、一体どこからこんなに石を運んできたのかと呆れてしまう。
そんな町の外周部に、交易で訪れた隊商が集まる場所がある。
その一帯には駐車場、厩を完備した宿がいくつもあり、裕たちもその一つに入る。ミキナリーノたちとは一旦お別れだ。
とは言っても、馬車を停めて宿にチェックインしたら、やることは同じだ。
つまり、商業組合に行って、然るべき手続きを取る。日没まではまだ時間があるし、無許可での営業が固く禁じられているのだから、そうなるのは必然だろう。
「登録お願いします。」
「ベリリアでの新規登録でございますね。所属はボッシュハのアライ。間違いございませんね?」
裕が窓口で組合員証を提示すると、あっさりと受け付けてくれた。いつもなら「子どもはダメだ!」と断られるのだが、王都では年齢は特に気にされないようだ。
「主な取り扱い商品は何でしょうか?」
「今のところは塩を扱っています。」
「塩だけですか? 他の物を取り扱う目処は立っていますか?」
王都の商業組合は事務手続がやたらと細かい。あれやこれやと確認をしてから組合員証に王都の紋章が刻まれる。
「ふう、やっと終わりましたか。」
「まあ、最初は長いんだ。」
受け取った組合員証を首に掛けながら、裕は待ち合い用のスペースへと向かう。入れ替わりにダイジヒノたちが窓口に向かう。
その横では、ミキナリーノが長々とやっている。これは別にミキナリーノの段取りや説明能力の問題ではない。
単に所属する国が違うのが問題なのだ。ササブレン王国の民であるミキナリーノたちは、ここ、エウノ王国からしてみると異国民であり、手続きはどうしても面倒になるのだ。
待っていても終わりそうにないので、軽く声を掛けて裕たちは宿へと戻っていく。
翌日からは、商会主たちはそれぞれに、得意先、あるいはそこまでではなくとも付き合いのある商会へ挨拶と営業に向かう。
裕はメッシーロ商会のポトイメンについて、金属や石彫品などを扱う商会を巡る。
いちいち「お孫さんかね?」と聞かれるのが面倒なくらいで、話は比較的スムーズに進んでいく。
ボッシュハ領で現在不足している物や今後需要が高まる物、周辺の量での物品の流通状況など、諸々の情報交換をしていく。
そんな中で、裕は一つの商品を興味深そうに眺める。
赤や青、色とりどりの石だ。色とりどりと言っても、まだら模様とか、ストライプ模様のという意味ではない。一つひとつの石は、ほぼ単色だ。直径一センチから二センチ程度の、明るい色をした小石が不思議な輝きを放っているのだ。
石そのものが光っているわけではないし、宝石のように光を反射しているのでもない。石の周囲が光を放っているのだ。
チェレンコフ放射とも違う、キラキラと煌めく何かが石の周囲を飛び交っているように見える。
「どうした? 何か気になることでもあるか?」
「いえ、見たことの無いものがあったもので。これは一体何ですか?」
「魔石を知らないのか? ここにあるのは一個銀貨数枚程度の石だし、高級品ってわけでもないぞ?」
そんなことを言われても、これまでの裕の生活圏内に魔石などというものはない。
「大概の魔法道具にはくっついているものですが、見たことないですか?」
「船にも風魔法用の魔石があっただろう。それに、ランプくらい持ってないのか?」
なんと、全く見向きもしていなかっただけで、裕が魔石を目にする機会は幾度となくあったらしい。そして、裕はランプなど持っていない。明かりが欲しければ魔法を使えば良いだけなのだから。
「魔法道具ってどうやって作るんですか?」
「それは魔術師協会で聞いてくれ。ここで売っているのは交換用だ。」
「色が違うのは何が違うんですか?」
「属性が違う。この緑色のが火で、青いのが風だ。」
色々と説明を聞いた後、裕は銀貨二十八枚を出して、少し大きめの青色と橙色の魔石を一つ買うことにした。なお、橙色は水属性らしい。
「そんなのを買ってどうするんだ?」
「魔法は知らないことが多いですからね。色々試してみたいのです。」
なんだかんだとこの世界に馴染みつつある裕だが、それでもやはり元々は日本の理系男子。魔法の実験なんてものには興味があるのだろう。
「……となると、紙が欲しいな。って、ミキナリーノがいるじゃないか!」
突然、往来で大声をあげて注目を浴びる裕。夕暮れにそろそろ戻っているだろうと宿に赴いてみると、ミキナリーノたちは夕食をと食堂にやってきた。
「ミキナリーノ、紙を! 紙を売ってください。」
「紙? 一枚で銀貨一枚だよ。」
「高ァァァ!」
別にミキナリーノはボッタクリ金額を吹っかけているわけではない。そもそも紙の相場がそのくらいなのだ。
裕だって、自分が売っていた値段を考えれば、この値段は十分予想がつくはずなのだ。それでも日本人の感覚からすると驚くほどの高級品ではあるから仕方ないのだろうか。
ミキナリーノの提示した金額に裕は頭を抱えるのだった。