49話 道の途中、ゴールは……

死体の処分を済ませると、両隊商ともにすぐに出発した。

根性入れて十台の馬車全てに重力遮断をかけると、裕は荷台で毛布に包まり、すやすやと寝息をたてる。間を置かず、エレアーネもそれに倣って横になる。

二人とも魔力の使い過ぎなのだ。

裕は賊との戦闘でアホみたいに魔法を連発しまくるし、エレアーネも戦いの後に治癒魔法を五連発して、かなり消耗が激しいようだ。

休めるときに休んでおくのは、旅をする上での鉄則だ。無駄に意地を張って肝心なところで役に立たない状態になったのでは、頑張る意味など全く無い。

薄曇りの空の下、馬車はゆらゆらと揺られながら進んでいく。だが、その揺れの調子に反して、進むスピードは速い。といっても、そんなバカみたいに飛ばすわけではない。せいぜいが通常は時速五キロのところを六キロで進む程度だ。

魔法が切れる前に空き地を見つけて昼休憩に入る。

馬車馬は、休みもなく延々と何時間でも馬車を曳ける、というわけではない。二時間に一度程度は、水を飲んだり草を食んだりという小休憩を挟んでやる必要がある。

「ヨシノゥユー、やっぱりウチに来ないか?」

眠そうに目をこすりながら馬車から降りてきた裕に、ミドナリフフは開口一番に勧誘の言葉をかける。

「何を言ってるんですか。あの町に私が戻ったら、大問題になるじゃないですか……」

「いや、そこはなんとか上手く誤魔化してだな。」

「ダメですよ。いくらなんでもリスクが高すぎます。まあ、私の魔法が便利なのは分かりますけど。」

トラブルが大好きな裕だが、自ら積極的に面倒ごとを起こす気は無いようだ。

「ならば、せめてあの魔法を教えてくれんか? 幾ら欲しい? 私は魔法はからっきしだが、ミキナリーノは才能がある。水魔法だって使えるようになったんだ。あの子ならきっと使えるようになるだろう。」

ミドナリフフは娘自慢をしたいのか魔法を教えてほしいのか良く分からない話になってくる。

「残念ですが、それはできません。というか、教えられるなら、ミキナリーノにはとっくの昔に教えていますよ。今の私には魔法の使い方を上手く伝えることができないのです。」

哀しげな表情を作り、裕は首を横に振る。

「ただ、もしかしたら私が教え方を思いつくよりも、ミキナリーノが自分で開発する方が早いかもしれません。」

「ええ⁉ 私、見たこともない魔法を使えるようになんて無理だよ。」

「見せてほしいならお見せしますよ。」

そう言ってミキナリーノを浮かせてみせるが、裕の魔法は人の目には過程が全く見えない。突如結果だけが現れるものは、ミキナリーノにもエレアーネにも真似などしようがないだろう。

「まあ、これで使えるようになるなら、とっくにエレアーネが使えるようになっているはずなんですけどね。」

裕は思い出したように言うが、今更だ。

「何とか、良い方法は無いものなのか?」

ミドナリフフはまだ未練がましく言う。だが、こればかりは誰にも解決策など出せはしないだろう。

「私自身、魔法のことをよく分かっていないのです。魔法陣や詠唱を使った魔法とどう違うのかとか、色々知識があれば説明のしようもあるでしょうが……」

難しい顔をして考え込む裕に、ミキナリーノが「あれ?」と首を傾げる。

「そういえばヨシノは魔法陣って使えるの?」

「一つも知りません。」

何故か胸を張り、大威張りで裕は答える。

「お父様、ヨシノゥユーに水魔法を教えて良い?」

「別に構わないが、教えられるのか?」

「できるよ!」

自信満々に言うと、ミキナリーノは魔法陣の書き方と、詠唱について裕に説明していく。

と、その横で聞いていたエレアーネがいきなり魔法を成功させた。

「え……? なんでこれだけでできるの?」

「ああ、エレアーネは治癒魔法が使えるからな。水魔法なら問題なく使えるだろう。むしろ、使えない方がおかしい。」

驚愕に目を見開くミキナリーノに、近くで様子を見ていたハラバラスが説明してくれる。

「そういうものなのですか?」

「そりゃそうだろう。水魔法の適性があるというのは、治癒魔法を使えるようになる絶対条件だ。だいたい、普通は、水魔法から練習するんだぞ。治癒魔法しか知らない奴なんて聞いたことねえよ。」

「じゃあ、私にも治癒魔法を使えるようになれるのかしら?」

「済まんがそれは分からない。水の適性は条件の一つに過ぎないからな。」

ハラバラスが言うのは、王都にある魔術師協会に行けば、適性の有無は調べることができるらしい。他にも、初歩的な魔法ならそんなに大金を払わなくても教えてもらえたりするのだという。

「お父様、私、魔術師協会に行ってみたいです!」

「ああ、用事が済んだら行ってみようか。」

ミキナリーノは目を輝かせて父親におねだりをする。この父親も、娘にはものすごい甘いようで、ほいほいと聞き入れる。

「初歩的な魔法って、洗濯の魔法みたいなのですか?」

「あれは確かに初歩的だと思うが、他で聞いたことないぞ。」

「ちょっと待ってくれ。洗濯魔法を知っているのか?」

裕とハラバラスの会話にミドナリフフが割り込んでくる。

彼曰く、洗濯魔法はミドナリフフの妻の母、つまりミキナリーノの祖母が開発したもので、世間には発表していないものらしい。今更金を寄越せとなどとは言わないが、秘伝ということで口外禁止ということにしたいのだと言う。

ミキナリーノも裕も、町の人たちは普通にみんな使っているものだと思い込んでいたため、全く秘匿しようともせずに教えてしまっていたのだが、実はそうではないらしい。

ミドナリフフとしても、まさか娘たちが神殿で世話になるとは考えたこともないということで、ミキナリーノにも特に秘密にするように言ったことはないのだそうだ。

生活する中では当たり前のように使うが、日常生活の中で他人に披露する機会はないため、わざわざ口外禁止としておく必要もない。

秘密だと分かっている方が言いたくなる、という心理もある。家で当たり前に使っている魔法が「自分の家だけ」となれば自慢したくなるものだ。

「なるほど。事情はわかりました。そもそも他人の前でおおっぴらに使う魔法でもないですからね。これ以上広めないようお約束いたします。」

「こっそり使う分には問題ないんだろう? 心配しなくても、他人にホイホイと魔法を教えるようなことはしない。」

裕もハラバラスも、ミドナリフフの申し出を快諾する。彼らには、本家本元の意向を無視して広めるつもりなど最初から無い。

隊商は何度か休憩を取りながら、王都へと馬車を進めていく。

「なあ、浮く魔法は本当に詠唱も何も無いのか?」

これが最後の休憩だろうというところで、ハラバラスはどうにも解せぬという顔つきで裕に詰め寄る。

「重力遮断、ですかねえ。」

「ジューリョクシャダンって何だよ。何言ってるんだか、サッパリ意味が分かんねえよ。」

そりゃそうだ。日本語が通じないのだから分かるはずがない。「レビテーション」と言い直したってそれは同じだ。

「そもそもとして、基本的に私の魔法に詠唱なんて無いですよ?」

「いつも何やら言っているじゃねえか。イフリートだのなんだの良く分かんねえけど。」

「あれは気分です。気合いを入れるという以上の意味はありません。」

裕はキッパリと断言した。

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