第48話 賊を討て!
「話はそこまでだ。全員馬車に入れ!」」
突然、周囲を警戒していたアサトクナが声を上げる。
「ミキナリーノはお父様と馬車へ! アサトクナさん、敵の方向と数は?」
「正面右寄り、恐らく賊だ。最低で十はいるな。」
言われた方向を睨むも、裕には敵影は発見できない。
「本当に賊なのか?」
「念のためです、一旦馬車へ。」
動きながらも商人たちは不安そうに聞く。
警戒するだけしておいて、ただの鹿の親子でした、なんてのは問題にもなりはしない。小動物だろうと高をくくって賊や魔物に襲撃されれば、大損害を受けるだろう。
ミキナリーノもカトナリエスと一緒に自分の馬車へと戻り、外には武器を構えた護衛たちだけが残る。ただし、裕は例外だ。魔物や獣の類ならば、裕の魔法は強力な戦力になる。「自分は商人だから」と馬車の中に引っ込むようなことはしない。
「エレアーネは右手の森を、私は後方の警戒をしておきます。」
ハンターたちは前方を厚めにするも、賊の場合、陽動の可能性もある。全方位を警戒しておくのは鉄則だ。
緊張感漂うなか、武器を持った柄の悪い数人の男が茂みを掻き分けて姿を現す。
「分かってると思うが、命が惜しかったら」
「死ね。」
裕は相手の口上など待ちはしない。問答無用で燃えるように赤く輝く光を投げつけた。
通りすがりのハンターなどではなく、敵だと分かった瞬間に容赦のない先制攻撃を叩き込む。
「て、テメエ! 死にてえか!」
突然の魔法攻撃を受けて逆上した賊は、叫んで駆けだしてくる。そこに向けて裕は炎熱魔法を放つ。全周に気を配りながらポンポンと魔法を使うとは、裕はなかなか器用な真似をする。
「クソッ! 魔導士か! どいつだ!」
「ここですよ!」
馬車の上に飛び乗った裕は、胸を張って叫ぶ。そして、頭上に発生させた赤光を敵のど真ん中へと叩きつける。
「弓だ! 狙え!」
「遅い、遅い、遅いですよ! はーははははは!」
矢を番えようとしている賊に向かって、次々と光球を投げつけながら、裕は高笑いを上げる。
「ガキが調子に乗りやがって! 全員出ろ! 奴らをブチ殺せ!」
裕に機先を完全に制されて賊が怒りの表情で叫ぶと、前方の木陰から藪から仲間とおぼしきヒャッハーな奴らがワラワラと出てくる。
その数、二十以上だ。
隊商の護衛は、裕たちは『紅蓮』にエレアーネの六人だけ。裕を入れても七人。ミキナリーノたちの方は九人、合わせても十五人。そのうち二人は子どもだ。
どう見ても、数の利は賊の方にある。
しかも、二つの隊商の護衛は初見であり、連携などできようはずもない。
そして、賊は近接戦闘へと持ち込もうと一気に距離を詰めてくる。裕がアホみたいに目立ちながら魔法を連射しているのだから当然の選択だ。
普通は魔法や弓矢など遠距離攻撃は、味方への誤射を恐れるため、近接戦闘でもみ合っているところに撃ったりはしない。効果範囲内でも味方には影響しない、なんてゲームのような都合の良い魔法などないのだから。
つまり、混戦になれば、当面の間は魔法攻撃は気にしなくてよくなるはずなのだ。
「くたばりなさい!」
だが裕は慌てもせずに、紅蓮に向かっている集団の先頭四人に重力遮断を放つ。突如の落下感に慌てる四人は無視して、『紅蓮』の五人は奥から来る賊たちを一人ずつ確実に潰していく。
浮いている四人は、馬車の陰からエレアーネが炎熱魔法で焼いていく。無重力の檻に囚われた四人は、逃げることもできずに顔面を焼かれて、ただ悲鳴を上げるだけだ。
『紅蓮』に向かった賊は全部で十人。倍の人数がいれば余裕だと思ったのだろうが、一瞬で四人が戦力外となったうえ、全員が揃うまでの僅かな間に、さらに二人が斬り伏せられ、あっと言う間に四対五と不利な状況に追い込まれている。
ミキナリーノたちの護衛に向かって行ったのは十七人。倍まではいかないものの、数の差というのは中々厄介なものだ。ハンターたちは苦戦を強いられている。
だが、苦戦というのは「戦いになっている」ということでもある。
賊たちも一筋縄ではいかない。馬を狙うなど、ハンターたちの隙を作り出そうと必死だ。
そして、そのうちの一人が人質でも取ろうと思ったのだろう。馬車の扉に手をかけ、勢いよく開け放つ。
その直後、馬車内から凄まじい白光が閃き、賊はその圧で馬車の入口から転げ落ちる。日中の外でも何があったかと振り向くほどの光は、裕の陽光召喚に匹敵する光量だ。
「私だってこれくらいはできるのよ。」
莫迦げた魔法を放った張本人は、可愛らしい笑みを浮かべて馬車の扉を閉める。娘のお転婆ぶりに、父親は呆れた顔をして頭を振るしかない。
「これでお終いです!」
裕は護衛と賊がもみ合っているところに、赤光を立て続けに放り投げていく。
敵も味方も無く、デタラメに降り注ぐ光に、両陣営とも一度引き、その瞬間、賊はまとめて宙に浮かんだ。
「さて、言い残すことはありますか? 無いですね。じゃあ、さようなら。」
裕は一方的に言うと、宙に浮いた賊を下から槍で押し上げる。
賊は次々と斜め上に飛んで行くと、その後はいつも通りだ。高度二百メートルから地面に叩きつけられるのみである。一度食らったら逃れる術はなく、死の瞬間まで恐怖を味わい続けると言うオマケ付きだ。
「助けてくれ!」
「済まなかった! 許してくれ!」
なんて叫んでも後の祭りだ。裕がそんな下らない命乞いを聞き入れるはずもない。
「さて、まだ生きている奴らはいますか?」
「こっちの四人は生きてるよ!」
裕の問い掛けにエレアーネが答え、裕たちはそちらへと向かう。
最初に重力遮断を食らった四人は、宙に浮いたままエレアーネに槍で突き回されていた。この「回す」は比喩的な表現じゃない。エレアーネは面白がってグルグルグルグルと賊を回転させているのだ。もちろん、とっくに四人とも失神している。
「何やってんですか。」
その光景を見た裕と紅蓮は思わず吹きだしてしまう。バンザイ状態の男が四人、猛烈な勢いで回転しているのだ。そのシュールさは尋常じゃない。
裕が指を鳴らして重力遮断を解除すると、回転の勢いそのままに地面に激突して、一度盛大に跳ね上がってから地に崩れる。
「これ、生きてるんでしょうか?」
「今ので死んだんじゃないか……?」
死んでいなくても、目が焼かれている上に、手や足が変な方向にひん曲がっているし、目を覚ましてもすぐに害を為すことはできないだろう。
賊の死体は一か所にまとめて燃やしてしまう。死体を放置しておけば肉食獣を招いたり、腐乱してしまえば疫病を招きかねない。人間でも魔物でも、街道に死体を放置するものではない。
裕とエレアーネの炎熱召喚に、ハラバラスの火魔法を加えての高温焼却で一気に灰にしていく。ミキナリーノは火の魔法は使えないということで、黙って見ているしかない。
「なんだ。私にできないこと、いろいろできるんじゃない。」
賊の死体が燃え尽きるまでの間、負傷したハンターたちに治癒魔法を施しているエレアーネを見て、ミキナリーノはぽつりと呟く。
「私としては、エレアーネは十分優秀だと思うんですけどね。どうにも孤児上がりというのが枷になっているようで……」
裕のエレアーネに対する評価は結構高いのだが、本人にはあまり伝わっていない。長年にわたって植えつけられた劣等感はそう簡単に消せるものではないのだ。