46話 目指す先は王都!

売るものを売った裕には、やる事が無くなる。

自分の馬車を持っているわけでもないので、仕入れに精を出すわけにもいかない。本来の持ち主の仕入れ荷が優先されるのは当たり前のことで、それがどれくらいの量になるのかの見込みも無しに、「これくらい積めるだろう」と考えるのは危険だ。

エレアーネと並んで馬車の荷台に腰かけて、商談の進め方や話の仕方を見ている。

裕はどこでも通用する知識は優れている面があるが、この地域独特の文化や言葉遣いなんてものはまるで分っていない。

大人としての上品な挨拶の仕方、会話の仕方、交渉のセオリーなどは見て覚えていくしかない。エレアーネも、裕からはそういったことが学ぶことができないので、覚えようと必死である。

裕が子ども扱いされるのは、見た目だけではなく、そういった部分が全くできていないということもある。裕の挨拶や所作は、どうしても『子ども』なのだ。

戦闘能力だけで対等に扱ってくれている『紅蓮』の方が珍しい部類だ。

色々な商会が馬車広場を訪れる。

今、ここに馬車を停めているのは裕たちのボッシュハ領からの一行だけではない。

はるか東から馬車八台で来ている隊商も、昨日からそこに滞在している。

もちろん、そちら側に用があってくる商人たちも多く、物のついでに、裕たちの方へと顔を出していく。

商人としては、何かいい話でもないかと顔を出すのは当たり前のことだろう。そこにちょっと一分ほどかけるのは『無駄な時間』ではない。

もしかしたら有益な話が転がっているかも知れないのだ。お互いに取扱商品を確認し、ダイジヒノは商材に応じて商品を買い取ったり、物によっては、ボッシュハ領へと売りに来ないかと勧誘をかける。

たとえば、繊維・織物系だと冬の間に紡いだり機織りをしたりと春先には商品が多くあるが、油の類はこの季節が一番商品流通量が少なくなっている。

化学繊維こそ無いものの、麻や綿など様々な植物製や動物性の糸や布地をコモワト商会が仕入れ、フィズビス商会はハーブを中心に仕入れていく。メッシーロ商会では石彫品や陶器の仕入れをメインにしている。

これらは、元々はドドネル商会や他のボッシュハを訪れる商会が取り扱っていたものだが、来なくなってしまったら自分たちで仕入れに動き回らねばならない。

翌日も翌々日も朝から晩まで商談を繰り返し、ウジニヒの町を発ったのは到着から四日目の朝だ。

「もう疲れました。おうちに帰りたいです。

「何言ってるんだヨシノ。王都まで行くぞ。」

裕はもう、弱気モードだ。慣れない馬車泊に、疲れが取れないようだ。

馬車の番は『紅蓮』に任せて宿に泊まっても構わないのだが、なんとなく気まずいような気がして、裕も馬車に寝泊りしているのだ。

他の商会主たちは、普通に宿に泊まっているのだが。

エレアーネはそれについて何も文句は言わない。

というか、高い宿に連れていかれる方が気後れしてしまうようで、慣れた環境に近い馬車泊に、むしろ少々安心しているくらいだ。

「何かあったら起こすから、寝てても良いぞ。」

ホリタカサに言われ、裕は荷物の隙間で毛布に包まる。三十パーセントほどで重力遮断をかけてある馬車は、ゆらゆらと眠りを誘う揺れとともに進んでいく。

程なくして裕が眠りに落ちても、魔法の効果は持続したままだ。

重力遮断魔法が切れたら、自動的にガタガタと激しい揺れで起こされることになる。

「どれくらい寝てました?」

「二時間くらいだな。」

「結構持ったんですね。」

荷台から顔を出して欠伸混じりに現状の確認をすると、再び重力遮断をかけ直す。

重力遮断魔法などなくても馬車は進むのだが、かけておいた方が進みは早くなるし、揺れによる商品の痛みも低減できる。

屋根の上に登って、他の馬車にも魔法をかけ直すと、裕は馬車を下りて歩きだす。いや、裕だと小走りになる速さだ。大人がスタスタと歩く速さでは、さすがに六歳児の足では遅すぎる。

「おいおい、無理するなよ。」

「すこし、運動はした方が良いんですよ。」

「いや、そうじゃない。危いから端っこ走ってろ。」

道の真ん中を走っていると、躓いたり転んだりしたら後ろの馬車に轢かれてしまう。馬に蹴られるだけでも、大怪我をしかねない。

素直に頷いて道端をちょこちょこと走っていく。

だが、軽快に走っていたのは最初の一分ほどだけだった。

「どひー、どひー。きっつぅ、マジきっつぅううぅう。」

裕は完全に息が上がり、重力遮断して荷台によじ登っていく。

「オマエ、体力無さ過ぎじゃねえか?」

「重力遮断せずに走るのがこれ程ツライとは……」

重力遮断に慣れ過ぎである。

最初にこの魔法を覚えたときに危惧した通りのことになっている。

便利過ぎる魔法に頼り過ぎて、楽をすることに慣れ過ぎると、人としてダメになってしまう。

裕はもはや魔法依存症だ。既に、戻れないところにまで来てしまっているのかもしれない。

そんなことをしながらも、三台の馬車は順調に進んでいく。野盗や魔物も出ることはなく、平和な旅路である。

「この辺りには魔物はいないのですか?」

「領都のハンターたちのナワバリだからな。報告があったらすぐに退治に来るだろうさ。何かあるとしたら昼以降だな。」

道中の魔物の出没情報は事前に仕入れている。『紅蓮』は、それを怠るほど無能ではない。

街道を北に進んでいくと、昼前に大きな川へと行き当たり一行はそこで一旦休憩を取る。

「結構ペースが早いな。馬は大丈夫か?」

本来は昼頃に着く予定だったらしい。一時間ほども早く着いたようで、ペースの上げすぎで馬がダウンしてしまうことを心配する。

「大丈夫じゃないですか? いつもよりも楽なはずですよ。」

道はずっと平坦なわけではない。上り坂も下り坂もある。慣性は消せないものの、魔法で重量が三分の二ほどになっていれば随分と負担は減るはずだ。

少々早めではあるが昼食を済ませて、川沿いに北東方向に小一時間ほど行けば船着場に到着する。そこから船で川を渡るのだが、馬車は一台ずつしか船に乗せることができない。

「馬だけ船で運べば良いんじゃないですか? 馬車本体は押せば向こうまで届くでしょう。」

裕の無茶苦茶な提案に、一同呆れ顔をするが、物は試しにと一台飛ばしてみると、案外上手くいく。

大きい川と言っても、川幅は三十メートルほど、着地ポイントは見えているし、そこに向かって馬車を押し出すのもそれほど難しくはない。

結局、馬だけは船で運んで無事に全員川を渡ると、そこからはずっと陸路が続く。

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