第45話 商談しよう、そうしよう!
岩塩の詰まった二つの籠を荷車で運び、ヨネジア商会で計量してみたところ、百八十三ダレカということで、銅貨にして二五六二〇枚となった。
十四進数は本当に分かりづらいが、金貨一枚に銀貨三十二枚そして銅貨百四十枚である。
そこから税を支払っても金貨一枚が残るのだから、裕としては十分な利益である。
「ところで、一つお聞きしたいのですが、ドドネル商会というのはご存知ですか?」
「ドドネル商会? ああ、あの最近塩の値段を吊り上げてきたところか? あそこからはもう買わん。」
不愉快そうに言い、店主はジロリと裕を睨む。
「で、お前さんはそのドドネル商会とどんな関係が?」
「ただの商売敵ですよ。」
裕は肩を竦めて「ちょっと評判を聞いてみたかっただけだ」と適当に言葉を濁しておく。もう来ないから困っている、なんて余計なことを言えば足元を見られかねない。
意味も無く弱みを見せるほど、裕は営業に無頓着ではない。
軽く雑談をして、裕は店を後にする。
裕が馬車に戻ると、革製品の商会が荷車を引いてやって来ていた。裕は空の籠を馬車に積み込み、荷台に腰かけて商人たちのやり取りを横目で眺める。
鞄や小物類は珍しくも何ともないが、やはり目を引くのは巨大な毛皮だ。やはり、三メートル×五メートルなんてサイズは滅多に市場に出回るものではないらしく、値段をつけかねているようだ。
「ところで、さっきから気になっているのですが……」
商会主が指差すのは馬車の横に転がる水トカゲである。
「ああ、そちらは護衛のハンターが戻るのを待っていただけますか。今はハンター組合の方に顔を出しに行っていますので。水トカゲはここへの道中、彼らが狩ったものなんですよ。」
厳密にはアサトクナは止めを刺しただけで、『紅蓮』が狩ったとは言い難いのだが、面倒なので対外的な説明はそういうことにしてある。
大部分は裕がやったのだが、それを馬鹿正直に説明するのは時間の無駄というものだ。裕と『紅蓮』の間で話が付いているのだから、他の商人たちがゴチャゴチャと面倒なことをほじくり返すことはしない。
「それで、こちらの毛皮にはいくら出せますか?」
ダイジヒノは巨大イノシシの毛皮の値段に話を戻す。
「今回は見送ってよろしいでしょうか……」
「他で売れてしまうかもしれませんよ?」
ダイジヒノの言葉に、革商会店主は眉間の皺を一層深くする。
「また、採れるということはありますかね?」
「それは私に聞かれても分かりかねますな。ヨシノ!」
呼ばれて裕は馬車から下りて商談の席へとやってくる。
「あの巨大イノシシはまた狩れるか?」
「あんなもの、当分は狩に行く予定はありませんよ。今年中とか、来年にはとか、その程度でもお約束はできません。危険すぎるんですよ。狩るのも、運ぶのも。それと獣の種類を選ぶこともできません。次はシカになるかもしれないし、オオカミかもしれません。」
裕の説明に、革商会店主は顎に手を当てて考え込む。唸りながら上を向いたり下を向いたりしながらひとしきり悩み、最終的に頭を下げた。
「やはり、今回は見送らせてくれ。だが、もし、もしも次があったら見せてほしい。」
無念そうに繰り返されても、ダイジヒノには何も約束などできない。裕の方を見やるも、裕も首を横に振るだけだ。
「あれの狩は命を落としかねませんから、少々のお金のためだけでは割に合わないんです。紅蓮の方たちも引き受けてくれませんよ。」
「俺たちがどうしたって?」
ちょうど帰ってきたようで、アサトクナが横手から声を掛けてくる。
「この方が水トカゲが欲しいそうです。」
「ハンター組合ではウェルゾ商会に納入してくれって言われたんだが。」
「あ、私、ウェルゾ商会のミャンテスと申します。」
お互い組合員証を出して挨拶を済ませると、水トカゲの売却金額の話に入る。
そのあたりの話はアサトクナら『紅蓮』に任せっぱなしで、相場をよく知らない裕とエレアーネは黙って聞いているだけだ。
交渉の結果、水トカゲは金貨三枚という値段になり、ミャンテスは小物類と合わせて購入する。もっとも、水トカゲに関してはハンター組合経由での支払いになるのだが。
「その荷車に乗らないですよね? どこに運べばいいですか?」
ウェルゾ商会の荷車の耐荷重はそれほど高いようには見えない。血が抜けても二百キロはある大型クロコダイルを乗せたら潰れてしまいそうだ。
裕は当たり前のように水トカゲを浮かせると、エレアーネと一緒に押していく。
「店の方に頼めるか。」
ミャンテスが引く荷車について水トカゲを押して通りを進んでいく。水トカゲは人目も気にせず裕の肩の高さまで浮かせて、左前足を裕が、右前足をエレアーネが押している。
商店街を避けて裏道を歩いていくと、程なく一人のゴロツキが一行の前に立ちふさがった。
が、いきなり荷車の目の前に飛び出すのは自殺行為だ。車体重量に荷物の重量が加わって三十キロ近くもある荷車はすぐには止められない。荷車のハンドルがゴロツキの腹にめり込む。
「伏せて!」
さらに、後ろで裕が押していた水トカゲの重量は荷車の比ではない。止められるはずもなく前に飛んで行き、うめき声を上げるゴロツキの顔面に命中する。
スピードが遅いとは言え、ヘビー級の一撃を食らっては堪らない。ゴロツキは後ろ向きに転倒し、その上に水トカゲが圧し掛かる。
そのまま水トカゲが飛んで行ってしまっては大変だ。ゴロツキはともかく、通りすがりの人が壁との間に挟まれたりしたら命に関わりかねない。
止め方は単純、重力遮断率を落として地面に下ろすだけだ。その際に尻尾がゴロツキの顔面を巻き込んでしまうが、裕はそれは見なかったことにした。
「何ですか? こいつは。」
「ただのチンピラですね。最近、偶に出るんですよ。」
伸びて動かなくなったゴロツキを蹴飛ばしてどかせると、裕たちは再び歩きだした。