44話 面倒だから魔族と名乗ってみよう!

目指す目的地は、ウジニヒ領の領都、ウジニヒだ。

侯爵の治めるこの町は、アライよりもはるかに規模が大きく、人口は二万ほどもある。辺境の地であるボッシュハ領はどうしても発展しづらいのだ。

地理的にはアライより北西に約百キロ程度に位置し、さらに北東に行けば王都だ。ただし、ここまで来た川は大きく西に曲がっていくため、王都に行くには陸路を行くか、一度さらに下って、合流した本流の方を遡っていく必要がある。

冬も終わりを告げ、急速に活気付いてきているウジニヒの町に裕たちの隊商が着いたのは昼下がりの頃だった。

東の街門をくぐり、中へ入ってすぐ南側の広場に馬車を停める。隊商の馬車が進めるのはここまでで、町のど真ん中の広場まで入っていくことはできないのだ。

「まず商業組合に行きますよ。ドバシカ、留守を頼みます。」

隊商のリーダーのリエステルは馬車を下りるなり、荷物をそのままに町の中央へと向かって歩き出す。事務手続きをせずに商売を勝手に始めることは許されないのだ。

「俺たちはハンター組合に顔を出してくるが良いか?」

警吏もいない田舎の村ならともかく、領都内での警備は必要がないことになっている。貴族ならばともかく、街中で警護をつけるなど平民の田舎商人のすることじゃあない。

何の異論もなく、というか商会主たちは面倒そうに「構わんよ」と手を振る。

狩をしないならば、ハンターには別に何の手続きも必要ないが、組合に顔を出して何か情報が無いかを確認するのは大事なことだ。

魔物や賊の情報は、ハンター組合と商業組合とで若干異なる。街道や川沿いで発見された魔物の情報は商業組合でも共有されるが、森の中の魔物や獣の動きについてはハンター組合で話を聞いた方が早い。

「水トカゲはどうします?」

「先に手続きが必要だし、済まんが売却は後でで良いか? 大物は納入先が組合とは違うかもしれんし確認してくる。」

「分かりました。」

ハンター組合は町の南側にあるらしく、ハンターたちと商人たちは別行動どなる。

裕たち商人チームは古めかしい建物が建ち並ぶ曲がりくねった道を西へと進んでいく。二キロもいかないうちに、周囲は小さな店がずらりと並ぶ商店街の様相となり、その途中で交差する大きめの道を北に入ったところに商業組合がある。

「ヨシノはここでの登記からだ。」

「アライとは別に必要なのですか?」

「納税先が違うからな。この町で商売しての売り上げに掛かる税金はここの領主様が納付先だ。だからそれ用に登録が必要なんだ。アライでの登録はボッシュハの領主様への納税申告のためなんだ。」

意外と細かい管理がされているようだ。どっかのファンタジーみたいに、一度登録すれば国外でも通用するなんてことはない。

そりゃあそうだ。情報通信も貧弱な社会では、そんな国際組織なんて維持できるはずがない。

「すみません、商人登録したいのですが。」

「誰がだい?」

「私です。」

「子どもはお断りだよ。」

どこに行ってもこのやり取りは発生するようだ。裕の年齢は、どう見ても六歳、下手したら五歳だ。通常、見習いで登録するのは七歳になってからなので、「一、二年後に来てね」と言われてしまう。

「ボッシュハ領では登録してあるんですけど……」

組合員証を提示しても、窓口の男は困ったように眉を寄せる。

「一応、登録できるのは七歳から、となっているんですよ。」

「こう見えても私は三十六歳です。魔族ですから、子どもとは言っても五、六の子どもと一緒にしないでください。」

裕の説明を聞いて驚愕に目を見開いているのは窓口の担当者ではない。後ろで見ていた三人の商会主たちだった。

「な、なんだってーーーーー⁉」

三人揃って盛大に叫び、むしろ担当者はそれに驚く。

「魔族ってお伽話に出てくる空想上の存在ですよね……?」

だが、裕はアライの町ではハンターたちに魔族であると言われているのは間違いない事実だ。実際に魔族であるかは別問題だが。

その旨の説明に、担当者はあんぐりと口を開けっぱなしにする。

「なんでも良いから、早く登録してくださいよ。売り物だって持って来ているのに……」

「売り物? ほおう、君は何を取り扱っているんだ?」

「塩です。そのうち、他にも色々増やしたいのですが。」

難しい顔をしながらも、話を聞く気にはなったようで、気乗りはしないようであるが手続きを進めていく。

「ここではこの組合員証だけで問題ありませんが、他の町では都度組合に許可証を得てください。他の領でも同じでしょうが、税は町ごとに納める必要があります。」

そう説明し、担当者は新たにウジニヒ領の紋が刻まれた組合員証を裕に渡す。

「これ、他の領でも登録していったら、刻む場所がなくなりませんか?」

「その場合は二枚目が発行される。私は三枚あるぞ。」

他愛ない質問に答えるのは同行している商会主の一人、ダイジヒノだ。彼が革製品取り扱いのコモワト商会の現当主だ。

その彼らの手続きは簡単だ。組合員証を提示して登記と突き合わせたら、税率を確認するだけだ。税率は裕とは違う。個人事業主と法人で扱いが違うのと同じだと思えば良いのだろうか。

事務的な手続きを終えたら、商会を巡ってアポを取っていく。この町ではというよりも、隊商で出かけて直接小売は基本的にはしないらしい。

売れる数が読めないし、売れるまでに時間も掛かる。時間がかかれば滞在費用も嵩むのだ。

少々安めでも、地元の商会に買い取ってもらった方が早いという判断だ。

客を呼び込んですぐに売れるのは、裕の塩だけだろう。

今回は別の理由もある。

秋に裕たちが狩ってきた巨大イノシシの皮は全て加工されて外套や鞄になっているわけではない。むしろ、そんな加工をした方が価値が落ちかねない。鞄を作るなんて、普通のサイズの獣の皮で十分なのだから。

一枚でまるでカーペットのようなサイズの毛皮は、一般市民が買うものではない。

そう簡単に目にするものではない珍しいものだし、より金持ちの多い町で売った方が高値がつくという予想だ。その買い手を探しているのだ。

裕が彼らについて行くのにも理由がある。裕にも、塩をいきなり小売販売するつもりは無い。単純に露天商を出せる場所が馬車から遠いのだ。そして、この町の商会にコネクションを持っておきたいというのが大義名分・建前だ。

「あの、こちらで塩を扱っていると聞いたのですが。」

「はい、いくつか種類がございますよ。」

他の商会のアポついでに塩屋を聞いて、ヨネジア商会へとやってきた裕だが、店員は普通に客として接してくる。

「買いにきたわけではなくて、売りにきたのですが。」

裕が組合員証を見せると、店員は奥へと入っていく。

待つこと一分程で目付きの鋭い若い男が出てきた。

「塩を売りに来たというのはお前さんか? 現物はあるか?」

「今はお持ちしていません。馬車に積んであるのですが、お持ちした方が良かったでしょうか?」

「売り物になるんだろうな? 量はどれほどある?」

「量は百九十六ダレカほど。品質についてはボッシュハ領では特に苦情は言われていないですが、なにぶん田舎者ですので、こちらの方々に合うかは分かりかねます。」

少し考え込んだあと、ヨネジア商会から一人、ノデラオという男が確認に行くことになった。品質などに問題が無ければその場で買い取るということで、荷車を引いて隊商用のスペースへと向かう。

「これです。」

塩が詰め込まれた竹籠を馬車から下ろすと、その重量で竹籠はミシミシと軋む。

「こんな物に入れているのか……。よくここまで壊れなかったな。」

どう見ても、強度が足りていないそれを見て、ノデラオは驚きとも呆れともつかない声を漏らす。まあ、今にも壊れてしまいそうだ。誰だって「おいおい、大丈夫かコレ」と思うだろう。

蓋代わりにかぶせてある麻布をとると、薄桃色の塩の結晶がこれでもかと詰め込まれている。

「ふむ、見た目は塩だな。」

「塩ですよ! 嘘を吐いてどうするんですか!」

ひどい疑われように裕は頬を膨らませる。ノデラオはそんなのは無視して、岩塩を手に取り、叩いてみたり、太陽に透かせてみたりと検分していく。

「少し削っていいか?」

「少しなら構いませんよ。」

了承を得てからナイフを取り出して、岩塩を削り、小さなマスへと入れていく。それを秤にかけて重さを確認して、指先に一つまみ取って舐めてみる。

「確かに塩だな。」

「だから塩だと言ってるじゃないですか!」

なかなか失礼な男だ。もしかしてワザとにやっているのだろうか。

「一ダレカで銅貨百四十枚。」

「ありがとうございます。量はどれくらいにしますか?」

窺うような目で見るノデラオに、裕は満面の笑顔で返した。

感想・コメント

    感想・コメント投稿