43話 新たな気持ちで新たな旅路

厳しい冬を無事に越えると、裕は旅に出る。

と言っても、一人旅ではない。三商会合同の隊商に参加して、他の町、他の領を巡るのだ。

もちろん、裕は岩塩を商品として隊商に加わっている。なお、裕は個人のため商会の登録をしていない。裕の他に三つの商会が合同で旅をするというものだ。

この冬の間にエレアーネ用の背負い籠も作り、塩の一度での採掘・運搬量は倍増している。ちなみに裕の背負い籠も容積と強度の高いものを新しく作っている。

さらに馬車や船で運ぶ用の籠まで作成済みなのだ。

往路の馬車に積まれている商品は、革製品を大量に詰め込んでいる以外は、春先に採れる野草や花をいくつか積んでいるだけだ。裕の塩を積むスペースは十分にある。

今回の隊商は、基本的に仕入れがメインなのだ。さらに、他の領の商会に来てもらうための交渉という重要な役目もある。

塩の入手が裕の独占となっているのは危険すぎる。いくつかのルートを確保しておかなければ、また、いつ町が食料危機に陥るか分からない。

日の出の開門とともに町を出た二台の馬車は、一時間ほどで船着場に着く。馬車ごと船に乗ると、丸一日かけて目的地へと到着する予定だ。

もっとも、夜は船着場で明かす予定なのだが。暗闇の中を船で無理に進んでは、座礁する危険性が高い。

雪解け水を多分に含み、嵩を増した川は滔々と流れて船を運ぶ。下りは流れに任せるだけで船はどんどんと進んでいく。

船は結構大きく、幅は八メートルほど、長さは二十メートルを超える。馬車を乗せることを前提に作られており、中型の馬車なら、馬ごと四台は乗せることができる。尚、客席というものは無い。

「川には魔物は出ないのですか?」

「この川で出るのは水トカゲくらいだな。明日、大きい川と合流して以降は魔物も出る。」

「水トカゲくらいなら全然平気ですね。」

裕は楽観的だが、側で話を聞いていた商人たちは顔色を悪くする。

「水トカゲが平気なものか! あれが出たらどれだけの被害が生じると……」

「噂をすれば、あれ水トカゲじゃねえか?」

商人の言葉を遮って、アサトクナは水面を指す。その下には大きな影が揺らめいているのが見える。っていうか、水トカゲって爬虫類、変温動物じゃねえのか?

よくこんな冷水の中で泳いでいられるな……

「結構大きい奴ですね。浮いてきてくれれば助かるのですが。」

ふと思いついたように、裕はナイフを取り出すと、自分の手を傷付ける。指先から滴り落ちる血に反応して、水面下の影が動きだした。

「三、二、一、はいどーーん。」

水トカゲが水面から勢いよく頭を突き出した瞬間を狙って裕は重力遮断を発動させる。水飛沫ごと巨体が宙に舞い上がり、その喉元に裕の山刀が襲いかかる。

だが、効かない。山刀はあっさりと弾かれてしまった。暴れるワニの鱗を貫くのは簡単なことではない。

「こうするんだよ!」

アサトクナが剣を抜き放ち、一閃すると、水トカゲの首がパックリと裂けて血があふれ出る。ビクビクと痙攣する水トカゲの顎の下からさらに剣を突き入れて、頭まで貫いてしまえばもう狩は終わりだ。

裕が重力遮断を維持していれば、ゆっくりと水トカゲの胴を船の上まで引っ張り上げる作業は、エレアーネだけでもできる。

さすがに女の子一人だけに任せることはしないが、所詮、裕は六歳児だ。腕力や体力では、エレアーネより大きく劣っている。当然、大した戦力にはならない。

水トカゲの前足に紐を括りつけて、二人掛りでえっちらおっちら、のんびり作業をしていく。

「あれ、子どもだけにやらせておくのか?」

「面倒なら捨ててしまえば良いだけだ。好きにやらせとけば良いんじゃないか?」

アサトクナが人目を気にしない性質だからではない。あくまでも『紅蓮』は護衛として同行しているのであり、周囲の警戒を怠るわけにはいかないのだ。

冬の終わりの柔らかな日差しの中、えっさ、ほいさ、と掛け声を上げていた子どもたちも作業を終えると、何ごともなく船は進んでいく。

「って、ああああ!」

「どうした⁉」

「さっき、手を切ったの忘れてました……、道理でなんか痛いなと……」

「何でそういうのを忘れられるんだ……?」

左手を血まみれにしている裕に、アサトクナたちは度し難い莫迦を見るような目を向ける。

「エレアーネぇぇ、治してください……」

もはやエレアーネさえも苦笑いである。だが、それで本当に治癒魔法を開始したことに、商人たちは驚きを隠せない。

「そんなことで治癒魔法を……?」

子どもの切り傷なんて、普通は安い傷薬を塗って終わりだ。神殿の治療魔法を受けに行けば、最低でも銀貨一枚はかかる。魔法による治療は決して安くはないのだ。

実際問題、エレアーネでは、治癒魔法は連続で五、六回しか使えない。普通の感覚では、無駄にホイホイと使うものではない。

手の治療が終われば、今度こそ船は何ごともなく進んでいく。

幾つもの支流と合わさりながら、川はどんどんと大きくなっていく。

昼頃に船着き場に一度着くが、乗る者も下りる者もいないようなので、舫いをつなぐこともなく、すぐに出発する。

尚、船は減速する際は魔法を使う。

水属性魔法、ではない。なんと、風属性の方だ。帆を上げて向かい風をブッ放すという手法が当たり前のように取られている。

川を遡るときは、それを連続してやっていくのだそうだ。

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