第41話 商業組合とハンター組合
裕たちが商業組合に着いたとき、そこではハンターと職員が揉めていた。
「何をしてるんだ?」
カウンター職員に食って掛かっているハンターの肩を後ろからつかみ、アサトクナは振り向いた男を睨み付ける。
「こ、コイツら、魔族を匿ってるんだ! アサトクナ、あんたからも言ってやってくれ!」
「ほう、魔族とはそれは大変ですねえ。それであなたは一体どうしたいのです?」
裕は火に油を注ぎに行くタイプだ。だが、残念ながら今回は燃え上がらなかった。
「で、出たぁぁぁぁああ!」
ハンターはまるで幽霊でも見たかのように、真っ青な顔をして慌てて逃げ出していってしまった。
「一体なんなんです? あれは。」
「それはこっちの台詞だよ! ヨシノさん、一体今度は何をしたんだ! 問題ばかり起こさないでくれ!」
「失礼な。私は何もして……、なくはないですが、お天道様に顔向けできないようなことは断じてしていません!」
商組職員の苦情に裕は一瞬口ごもるが、胸を張って言い切った。それに対して、紅蓮もツッコミの入れようが無い。
「簡単に説明するとだ、ええと、まず、西の森での魔物騒ぎは知っているか?」
裕の頭を「落ち着け」とポンポン叩きながら、アサトクナが説明を始める。
「最近、なにか凶暴な魔物が出てきているとは聞いています。」
「それがどんどん増えてきてるってことで、昨日の朝からハンター総出で魔物狩をしたんだが……、なんちゅうか、俺たちの手に負えないくらいの状況で、ヨシノの手を借りることになった。」
「それで私が見境なく魔法を使って、なんとか魔物は全部退治したんですが、そうしたら、今度は私を指して魔族だのなんだの、失礼にも程があるんじゃないですか? 第一、あれは森の外に私がいる前提で誘き出してますよね?」
バツが悪そうに言うアサトクナに替わり、裕が説明……、じゃなくて文句を言う。そこに関しては裕は不満しかない。
「済まん。」
「面目ねえ。」
返す言葉も無い、とばかりに紅蓮も頭を下げる。このやり取りは商業組合でやる意味があるのだ。そもそも不手際はハンターの側にあって、商人である裕の側には無い。そこはハッキリさせとかねばならないことだ。
「と言うことが、報告の一つ目です。」
「ちょっと待て。まだ何かあるのか?」
「塩の入荷についてです。」
疲れた顔で溜息を吐く職員に、キミサント商会のヤマナムが切り出す。
「塩に何か問題があるのか? それとヨシノと何の関係が?」
もう止めてくれと言わんばかりの職員にヤマナムはかいつまんでドドネル商会について説明する。
「ということで、本当にドドネル商会が専売事業の認定を受けているのか確認したい。」
「そんなもの、あるわけないだろ。」
ヤマナムの問い合わせに、職員は吐き捨てるように答える。
「万が一、本当にそんな認定があるんだったら困るんだ。念のためだ、確認してくれないか。」
そう言われて、渋々奥に向かって行くが、その後ろ姿が「面倒臭い!」と叫んでいるかのようである。
数分後、他の職員たちと「国王陛下認定の専売に、いくつかの希少な金属があるだけだな。塩の専売はとっくの昔に無くなっている。領主様認定の専売は無し。他の領では知らんが、このボッシュハ領には無い。」
「となるとドドネル商会は……」
「もし本当にそんなデタラメを言っているなら、領主様に報告する必要がある。」
そう言うと、表情を険しくして職員たちは一様に頷く。
「問題は、塩の調達をどうするかだ……」
「他の商会でも塩の扱いはあるだろう?」
奥にいた職員には、先ほどの会話はまだ伝わっておらず、事の深刻さが分かっていないようだ。
「いいや、無い。今、頼りにできるのはこのヨシノだけだ。」
「でも、魔族の私はハンターの人たちに殺されてしまうかもしれません。そうなると、この町、いえ、この領では冬を越せなくなってしまうかもしれませんねえ。」
何の危機感も無い涼しい顔で、裕は恐ろしいことをさらっという。
「場所を秘密にしたいのは分かるのだが、もしも万が一、ヨシノさんに何かあった時のために教えてもらうことは、あくまで念のためで、横取りするつもりは毛頭なく……」
何度もしつこく、なんかあった時のため、念のためと繰り返し、言い辛そうに岩塩の採掘場所を聞くが、裕にはそれを秘密にする理由が無い。
「教えても、私でなければ採りに行けませんよ。この前の巨大イノシシを狩ったところ、あの崖で採れるんですよ。」
「なるほど。無理だ。」
裕の説明に『紅蓮』は五人そろって断言した。
塩の入荷は、町にとって死活問題になる。保存食を作れなかったら、冬を越せない。
先走ったハンターが蛮行に及ぶ前に手を打たねばと、裕たちの一行に数名の商組職員も加わってハンター組合へと乗り込む。
ただし、商業組合からは職員が一人、裕の家の前を見に行っている。ハンターたちが目に余る行動をとっていれば、警吏に通報しなければならない。
実際に行ってみると、叫んでいるだけではなく、武器を抜き、振り回してみせるなどしていたため、通報確定となったのだが。
道行く途中でその報告を受け、さすがに紅蓮も頭を抱えている。
それはともあれ、ハンター組合の扉を勢いよく開けると、裕が高らかに叫ぶ。
「責任者、出てきなさい!」
突然叫ばれても、職員には何のことやらわからない。困惑しているところに裕は言葉を続ける。
「人を勝手に魔族呼ばわりするだけではなく、家の前で罵り、武器まで振り回して暴れるとはなにごとですか! しかも! 六級や七級の子どもならいざ知らず、三級ハンターが率先しているとはどういうことですか! ハンターというのが犯罪者の集まりだと言うなら、今すぐ私が潰してあげます!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。何だそれは? 一体何の話だ?」
いきなりブチ切れている裕に、職員たちは狼狽えるしかない。彼らは昨日、裕に一瞬で無力化されたばかりだ。その裕が物凄い剣幕で怒っているのだから怖くないはずもないだろう。
「昨日の魔物退治、このヨシノも参加していたのだが、まあ、端的に言えば、ヨシノを作戦の中心に置いたことを腹に据えかねている連中が結構いるみたいでな。」
「ハンターでもない子どもに助けられたのが余程気に入らなかったのでしょうか?」
アサトクナの説明に、裕は横から口をはさむ。もう、『可能性がある』という程度の話じゃなくなってきている。家の前の路上で武器を振り回しているのは、危害を加える意思があると判断するに足りることだろう。
裕がふざけるなと声を荒らげるのも仕方があるまい。
「ま、街中で暴れていると言うのは警吏の方に……」
「そっちにはもう行っている。だが良いのか? この町の主力ハンターが犯罪者になっちまって。」
「わ、我々にどうしろと……」
奥歯を噛みしめながら、なんとか声を出す。彼らとしても自分たちの知らないところで騒ぎを起こされているのだ。「俺に言うな!」と叫び出さないだけマシなのだろう。
「少なくとも、いますぐあのバカ騒ぎを解散させてくださいよ。そして、私が魔族だの言いふらすのも止めるように、と。」
「今や、我々商業組合や商人だけではなく、この町全体にとってもヨシノは重要な存在なのです。今、彼に危害を加えたら、あなた達の命は無いと思われた方が良い。」
裕の要求に、商組は思い切り後押しをする。釘を刺すとか念を押すとかそんなレベルじゃない。
「そ、そんな脅しを! そんなことをすればそちらが警吏に」
「警吏も領主も無いですよ。食べ物が無くなるのですから。」
言い返してきたハン組職員の言葉を遮り、商組職員が声を大にする。
「不測の事態により、冬を乗り越えられるかの危機的状況なのです。来年は何とか塩の購入ルートを確保するにしても、今年は今からでは間に合わない。彼の力が不可欠だ。」
商組職員にそう言い切られると、ハン組としては言い返す言葉が無い。
呆然としているところに、勢いよくドアが開けられた。
入ってきた人物は、アサトクナの顔を見て驚きに目を見開き、そして声を荒らげる。
「紅蓮! こんな所にいたのか。あの魔族を一体どこに隠した!」