第40話 魔族の子
朝、日の出前から、町の中心からは外れた小規模職人が住むエリアに人だかりができていた。
まあ、裕の借りている一軒家である。
「出て来い! ヨシノ!」
叫んでみても、裕はそこにはいない。こんなことになることを見越した『紅蓮』が、自分たちのホームの客間を貸し出しているのだ。
「何ですか? 朝っぱらから……」
日の出とともに騒がれたのでは、隣近所としては大迷惑だろう。
「ああ、済まない。ここの主はヨシノという子どもで間違いないか? こう、黒い髪をして人を食ったような態度の……、魔族の子どもだ。」
「魔族⁉」
強く言い切ったハンターに、皮革職人は驚きの声を上げる。そして、ハンター達のただならぬ雰囲気に、巻き込まれてはかなわぬと、そそくさと家の中に戻っていった。
「出てきませんね。居ないのでしょうか?」
「だれか商業組合へ行って、鍵を借りてきてくれ。」
言われて一人の男が商業組合へ向かうが、そんな何の役職も無い一介のハンターがゴネたくらいでマスターキーが貸し出されるはずもない。ここのハンター組合と商業組合は仲があまり良くないし、尚更である。
三級のハンターを中心にそんなことをしているのを余所に、裕は『紅蓮』のホームでのんびりと朝の支度を済ませている。
「さて、どうしたものかな。助けてもらって何だが、力を見せすぎなんだよ! 少しは控えろっての……」
「いや、本当に助かったよ。感謝してる。だけど、オマエは少しは自分のことを考えろ!」
「俺に魔族って疑われて、あんなに嫌な顔してたのに忘れたのかよ!」
『紅蓮』の説教、と言うより愚痴は止まらない。
「だ、だって、あんなにイッパイ魔物が出てきたら、他人の目を気にしてる余裕なんて無いですよ!」
裕も必死に言い訳をするが、過ぎたことを変えることはできない。そんなときに裕がすることは一つだ。
「それに! そんなことよりも、これからどうするかです!」
「突然開き直りやがった!」
アサトクナはツッコミを入れるも、すぐに真剣な表情を取り戻す。
「ここに居ることもすぐにバレるだろう。早めにこの町を離れた方が良い。」
「それで一体何が解決するのです? だいたい、私がいなくなってこの町は大丈夫なのですか?」
「魔物はハンターで何とかするさ。」
「いえ、違います。そっちは心配していません。」
優しく諭すように言うアサトクナだが、裕は当たり前のような顔で首を横に振る。
「私が言いたいのは塩の調達についてですよ。下手をしたら、この町は冬を越えられませんよ?」
「……何のことだ?」
裕はピニアラの町であったドドネル商会とのことを簡単に説明する。
裕の言い分は簡単だ。
王だか領主からの専売免許を騙っていたことがバレれば、処罰は免れない。彼らを捕らえ処罰するのは領主とその兵だ。そして領主の兵は、この領都アライにいる。そんなところに、わざわざ来たりしないだろう。
「それは商業組合に報告してあるのか?」
「その報告の前に西の森の魔物が大変だと連れて行かれたんですよ。」
「何でハンター組合にいるんだよ。」
「だって、エレアーネはハンターですからハンター組合に行きますよ? 何を話せばいいのか分からないと言うからついて行ってあげたのです。その後すぐに商業組合やお得意様を回る予定だったのですがタナササさんが……」
「俺が悪いのかよ!」
「私は事実を言っているだけです。とまあ、そんなわけで、まずキミサント商会に行きます。」
何がそんなわけなのかは分からないが、裕はとにかく話を進める。
キミサント商会に、塩の調達ルートが他にもあるならば裕が町を出て行っても問題はないが、もし、調達できないなら、彼らにも裕の味方になってもらうという作戦だ。
「ごめんくださーい。ヤマナムさんはいますか?」
キミサントの戸をくぐり、裕は中にいた若い店番の男に声を掛ける。『紅蓮』のホームからここまでは、屋根の上を伝ってきている。途中で裕の家を覗き、状況は確認済みだ。
「子どもがヤマナムさんに何の用だ?」
「好野が大事な話に来た、とお伝えください。」
「早くしてくれねえか? 急いでいるんだ。」
裕を見たことが無いのか、子どもだと軽んじようとする店番にアサトクナが急かす。胡乱げな目で見るも、仕方なしに店の奥へと行くと、ヤマナムは急いで出てきた。
「どうしました? 塩の調達に何か問題でも?」
「ええ、大問題が発生しています。」
不安そうな店主に裕は思い切り眉根に皺を寄せて答える。
「ちょっと、奥で良いですか?」
「そんなにマズイことなのですか?」
聞き返しながらも、ヤマナムは裕を奥へと案内する。
「そちらのハンターも?」
「一緒にいてくれると有り難いです。」
「分かりました。」
応接室に通されて裕はヤマナムの正面に座ると、アサトクナたち『紅蓮』の五人はその背後に並ぶ。完全に護衛をする際の立ち位置だ。
「さっそくですが、問題は二点あります。一つ目は私がハンターの皆さんに酷く嫌われていること、二つ目はドドネル商会はこの町には来ない可能性があることです。」
「何だと? ドドネル商会が来ない? 一体どういうことだ?」
裕の言葉が終わる暇も待たずに、ヤマナムは驚き声を荒らげる。裕がハンターに嫌われているのは今に始まったことじゃない。肉祭りのことも彼は知っている。
「ええと、じゃあ、ドドネル商会ですが、塩が彼らの専売事業だとご存知ですか?」
「は? 何だそれは?」
裕の言葉にヤマナムは片眉を跳ね上げる。が、すぐに真剣な表情を取り戻す。
「二、三年前までは、ドドネル商会だけじゃなく、他の商会も塩を売ってくれていたんだ。」
「今ではドドネル商会だけ、なのですか?」
「それと、ヨシノだけだな。」
「両方失ったら、この町はどうなります?」
「待て、悪い冗談は止せ。」
ヤマナムは青褪めた顔で裕の目をじっと見つめる。
「ドドネル商会ですが、ピニアラの町で私が塩を売っていたら、もの凄い勢いで塩は自分たちの専売だから勝手に売るな、とすごまれました。他の商会の方も、そうやって締め出されたのでは?」
「いや、子どもならともかく、この町に来るのはそれなりの規模の商会だぞ? ちょっと言われたくらいで引き下がるか?」
「もし、偽物の免状でも見せられていたのだったら?」
「いや、それは重罪だろう。」
「ですが、見せられた商人は、それを疑ってこの町にまで確認にきますかね?」
「……来ないな。」
ヤマナムは大きく嘆息する。裕の言いたいことは理解できたらしい。
「価格の吊り上げは始めていましたからね。ピニアラの町の人たちも嘆いていましたよ。」
裕の話が本当ならば、仮にこの町まで来ても、いつもの値段で仕入れることはできないだろう。他の商会を締め出してから、価格を吊り上げられたらたまったものではない。
「そして、私の方なのですが、魔族の子は処刑しろとか追い出せとか言う人がいましてね……」
「命を狙われる可能性もある。俺たちはヨシノは町を出た方が良いと思っている。」
「でも、死人が出ますよ?」
「オマエの所為じゃないだろう……」
アサトクナも苦虫を噛み潰したような顔をするしかない。上手く丸く収める作戦など思いつきもしないのだ。
「八方丸くおさまる方法は無いものですかねえ?」
「何でハンターってのはそう物騒なんだ? 魔族だろうが何だろうが、取引できるならすれば良いじゃあねえか。」
ヤマナムは「理解できん」と頭を振る。
「で、私としては、キミサント商会や商業組合には、私の擁護をしてもらいたいのですよ。」
「なるほど、分かった。で、商業組合にはこの話は?」
「これからです。塩の調達に問題がないなら、無理を言うつもりも無いんですよ。」
「そうか。気を遣わせたようだな。」
「これから気を遣ってくれるなら全然かまいませんよ。」
「しっかりしてるな。」
裕の笑顔に、ヤマナムは苦笑で答える。