39話 魔導士無双

「もう、すぐそこまで来ているんでしょうかね? 一人で戻るのは危険ではありませんか?」

伝令役に、ベースの護衛役と合流していたほうが良いのではないかと提案する。

「私にできることは、基本的に敵を動けなくすることだけです。ですが、準備時間があれば、こんな攻撃方法も使えるのです。」

裕は止めを刺したオオカミは上空へ蹴り上げると、限界距離付近、八十メートル弱程度で滞空させる。

そこから体重百キロ近くある狼を落下させれば、それなりの攻撃力になるだろう。

場所とタイミングがあえば、の話だが。

最前線チームはもう森のすぐ浅いところにまで来ている。木々の陰でハンター達が動き回っているのが裕からも見えるほどだ。

エレアーネは怪我人の治療を続けている。連続して治癒魔法を使うとすぐに力尽きてしまうので、二、三人に魔法をかけたら暫く休むという繰り返しだ。歩ける程度にまで回復した怪我人はすぐに町へと向かってもらう。最悪の事態に備えて、神殿で高位治療魔法を受けておくべきだというのは彼らにだって分かっている。

「私の準備は整っています! こちらに追い出してください!」

「簡単に言うんじゃねえ!」

大声で叫ぶ裕に、アサトクナの怒声が返ってくる。だが、それから十数秒もしないうちに何匹もの魔物が森から飛び出してくる。

落下狼牙ウォルフスフォール!」

また裕はワケの分からない必殺技名を叫ぶ。と同時に、上空に待機させてあった狼の死体の魔法を解除する。

突如落下してきた狼の直撃を受けて、鱗猩々熊ゴリラだベアが体勢を崩す。

そしてそちらに一瞬気を取られた他の魔物は次々と宙に浮いていく。遮断率を変えたりしなければ、二十匹くらい浮かせるのは大した問題ではない。

無重力の檻に捉われて混乱に陥る魔物たちだが、振り回す爪や尻尾の攻撃は鋭く、近づいて止めを刺すことは容易そうではない。

「一匹ずつ焼き殺します! 魔導士全員、火炎魔法の用意を!」

裕は指示を出すと同時に炎熱魔法を鱗猩々熊ゴリラだベアの眼前に放つ。

そして、悲鳴と黒煙を上げる魔物に、魔導士たちも次々と火炎魔法を放っていく。

逃げることができない状態で集中砲火を浴びれば、頑強な魔物でも相当な痛手を被る。鱗猩々熊ゴリラだベアのウロコはあちこち焼け焦げ、口から泡を吹きながら悲鳴を上げる。

「次ッ!」

黒こげの魔物に止めを刺すのは後回しにして、元気に暴れている巨大なザリガニに向かって炎熱魔法を放つ。こちらは高熱に耐性が無いようで、すぐにぐったりと動かなくなる。

「あとは槍で下から上に押してやれば良いです。」

裕の言葉に首を傾げながらも、ハンターの一人がザリガニの腹の下に槍を突き込んで、上へと押し上げる。

そのままふよふよと上空へと舞い上がっていくザリガニは放置だ。魔法の圏外まで飛んで行って落ちてくるのを待っていれば良い。

「どんどん行きますよ!」

魔物に集中砲火を浴びせ、さらに次の魔物へと狙いを定める前に裕はザリガニの落下ポイントから人を退けさせる。

「あれはここに落ちてきますので、近寄らないでください。」

見上げると、ザリガニは既に百メートル以上の高さまで飛んでいっている。そんなものの下敷きになればただでは済まないどころではない。普通に考えれば、即死級のダメージだろう。

「な、なあ。俺たちは何すれば良い?」

魔導士たちが集中砲火を浴びせている間、手持ち無沙汰となった斧使いが気まずそうに聞いてくる。

「石でも投げつけるとか? その斧を投げて攻撃してみるとか?」

「おい……」

「一番重要なのは見張りです。魔物たちはこれで本当に全部なのですか? 油断しているところを狙われないよう、十分警戒しておいてください。」

不満そうな顔をしながらも、斧使いは森を睨む。奥まで見通すことはできないが、森はどこか騒がしい。

「まだ何か来るのかよ……?」

「分かりません。ただ、いつもと気配が違うことだけは確かです。」

裕の言葉に反論する者は無い。槍士ランサー斧士アクサーたちは武器を構えまではしなくても、戦闘の体勢を保ったまま油断なく森を睨む。

そして、裕たち魔導士部隊が六匹目の魔物に集中砲火を浴びせているとき、森から大蛇が飛び出してきた。

「来たぞ!」

「撃て!」

即座に弓士アーチャーたちが弓を引き絞り、前衛の者たちは戦闘隊形を組む。

だが、蛇はハンターたちを無視して、後方のテントに向かって突き進んでいく。

「くそっ!」

「俺たちは無視かよ!」

通り過ぎて行こうとする蛇の胴に、ハンターたち怒りの斧を叩き込むも、どんだけ頑丈な鱗しているんだかほとんど傷をつけることができていない。

「焼き尽くせ!」

大蛇に向かって炎熱魔法を放ったのは、テントの陰で休憩中だったエレアーネだった。

真正面から顔を焼かれて仰け反った蛇に、近接部隊が次々と攻撃を仕掛けていく。

その攻撃が効くとか効かないとか、そんな問題ではないのだ。エレアーネの魔法が通用している以上、魔物の注意をエレアーネに向けさせないのが前衛部隊の仕事だ。

「火の力よ! 燃やせ! 焼き尽くせ!」

白光と高熱を撒き散らすエレアーネの魔法が、逃げようと悶える蛇の頭を追いかけまわす。数人のハンターが、大蛇の振り回す尾の直撃を受けて吹っ飛ばされたりするが、そんなことで魔法を緩めはしない。

「全員! 離れてください! 叩き込みますよ!」

裕の合図で、駆け寄ってきた魔導士達が一斉に大蛇に集中砲火を浴びせる。

最初にエレアーネに感覚器官を潰されたのが効いているのだろう。逃げる方向に一瞬迷ったところに全身に高熱を浴びて、大蛇の動きはみるみるうちに鈍くなる。

もはや逃げるどころではなくなった大蛇に、近接部隊の刃が鱗の隙間からねじ込まれる。

止めは彼らに任せたとばかりに、魔導士たちは宙に浮かんで元気に暴れている魔物へと向かって行く。

森の外での戦闘は一時間ほどで終わった。出てきた魔物たちを全滅させて、ハンターたちは疲れた表情で町へと帰っていく。

最終的に裕は魔力の使い過ぎで動けなくなって、タナササに担いで運ばれている。エレアーネには余力を考えろと言っていた本人が情けないことだ。

「そろそろ自分の足で歩け。」

門の前でタナササは裕を下ろして大きく伸びをする。森の方を振り返り見ても、特に変わりはない。

「もうすぐ日が落ちる。これ以上無理しても仕方が無い。」

「そうだな。」

しっかりと休んで体力を回復させることも大事なことだ。ハンターたちは一度解散し、それぞれの家や宿へと戻っていく。

荷物を持たない裕とエレアーネは屋台広場へと直行する。

「お腹空いたああ……」

「私は寝たいよ、疲れたよ……」

まるで酔っぱらいのように覚束ない足取りで屋台をまわってパンと串焼きを買うと、広場を歩きながらかじり付く。

エレアーネも眠いと言いながらも腹も減っているようで、ガツガツと食べていく。

「おう、こんなところにいたか。」

『紅蓮』も今日は食事処ではなくて屋台での食事のようだ。五人そろってパンをかじりながら、どの肉が美味そうかと物色している。

「もう今日は帰って寝ますよ。」

「その前にちょっといいか?」

「明日じゃダメなんですか?」

裕は疲れ切った表情で断ろうとするが、アサトクナは真剣な表情で「今すぐ」だと言う。

「仕方が無いですねえ。どんな要件ですか?」

「今日はウチに泊まれ。今すぐ旅の用意をして来い。」

「今すぐ? どこへ行くのです?」

消耗のあまり、裕の脳みそは動きが鈍っているようだ。アサトクナの意図を把握できていない。

「念のためだ。オマエは狙われる可能性が高い。エレアーネもだ。」

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