38話 終わらない騒動

森の中では激しい戦いが繰り広げられていた。

世代交代だかなんだか知らないが、森の深部での勢力図が塗り替わったようで、奥から次から次へと追い出された魔物や獣が出てくるのだ。

三級チームを中心に、四級、五級のハンターたちが奮戦しているが、戦力的には全く足りていない。

前線に戻って来たタナササはその戦況をみて色を失くしていた。

「撤退するべきだ! これ以上ここでやっていても犠牲者が出るだけだ!」

「バカを言うな! 森の外に出られたらどうしようもない!」

「逆だ! 森の外にまで出てきてくれれば手の打ちようがある! アサトクナ! ヨシノが戻って来た。森の外で待機している。」

『紅蓮』が他のハンターチームと一緒に相手をしているのは、硬いウロコを持つ半馬人ケンタウロス的な魔物だ。

いや、首のところからゴリラの上半身が生え、全身鱗で覆われたヒグマ、と言った方が良いだろうか。とにかく凶悪な容姿と腕力を誇っている恐るべき魔物だ。

こんなのが縄張りを追われてくるとは、森の奥の魔物とはどれほど強く恐ろしいのだろう。

棍棒を持って暴れる鱗猩々熊ゴリラだベアに対して有効打を与えることができず、二時間以上も睨み合いを続けている。

「ヨシノか……。くそっ! 全員、森の入口まで下がるぞ! 奴をそこまで誘導する!」

アサトクナは苦い顔をしながらも、すぐに決断を下す。紅蓮のメンバーはそれにすぐに従い、一緒にいる五級のハンター達も安堵の表情ですぐに後退を開始する。

「莫迦な! 気でも狂ったか、紅蓮!」

「森の外に対抗策がある! そこまでが正念場だ! 全員死ぬなよ!」

三級ハンターの怒声に、アサトクナも負けない勢いで叫び返す。

「対抗策だと? 何も聞いていないぞ、説明しろ!」

「悠長に説明していられる場合かよ!」

互いに叫びながらも魔物への警戒と攻撃を怠らない。魔物の意識が一人だけに向かないように、そしてなんとか魔物の隙を作ろうと死力を尽くす。

そんな頃、森の外ではエレアーネが治癒に全神経を注いでいた。

「エレアーネ、一度、休憩にしなさい。」

エレアーネが四人目に治癒魔法をかけたところで、裕は休憩にするよう命じる。促す、とかいうのではなく、有無を言わさない命令だ。

「でも……」

まだ怪我人はイッパイいる。それを放置しろと言うのは治癒術師エレアーネとしては気分が良いものではないだろう。

「あまり無理をすると動けなくなってしまいますよ。先日だって、力を使い果たして動けなくなっていたではありませんか。ここだって安全とは言えないのですから、余力を残しておいてください。」

魔力の使い過ぎで動けなくなっていたのは裕も同じなのだが、だからこその反省でもある。余力を残しておかないと、本当に火急の事態に対応できなくなってしまうだろう。

最悪、ここにいる者は見捨ててでも、優先すべき治癒対象の者が出てくる可能性がある。

「ちょっと、食べ物でも探してきませんか?」

怪我人の目の前では、休んだ気にもならないだろう。気分転換ということで、裕はエレアーネを外に連れ出すと、森の浅いところを北側へと果物でもないか探しに出る。

「あ、あの上の方!」

エレアーネは果物を見つけるのは比較的得意なようだ。梨のような果物を見つけると、すかさず裕が重力遮断ジャンプでもぎ取る。

「おお、さすがですね。」

「これくらい普通じゃない?」

エレアーネの普通は絶対普通じゃない。裕の考える普通も狂ってるが、浮浪児の普通は一般常識とはかけ離れている。

「あれも食べられるんだけど、届かないや。ナイフも持ってきてないし……」

茨の茂みの奥にブドウのようなものを発見するも、棘に邪魔されて採取するのは無理そうだ。こればかりは裕にもどうすることもできない。

「仕方が無いです。諦めましょう。ナイフくらいは常に一つは持ち歩いた方が良さそうですね……」

裕はしょんぼりと頭を振る。

そんなこんなをやりながら、果物を両手いっぱいに抱えて戻ると、ハンターたちはどうにも不機嫌そうだ。

「皆さんの分も採ってきましたよ?」

自分たちだけ食べていることに腹を立てているのだと解釈した裕は果物を一つ差し出すも、ハンターの仏頂面は変わらない。

「ケガをした人で、食べられる人は食べちゃってください。食べないと元気も出ませんから。」

裕がテントの中に声を掛けると、先に治癒魔法を受けた四人が出てくる。

「果物か……」

「あるだけマシだ。助かる。」

肉を食べたいのが正直なところなのだろうが、そんなことを言っていられる状況でもない。

「食べて少し休んだら、自力で町に帰れますか?」

「何だって? 俺たちだって何かの役に」

「どう見ても足手まといでしょう。」

そう断言され、ハンターたちは裕を睨みつけるが、裕は一歩も引かない。

「私を睨む元気があるなら、早めに帰ってください。」

ぐぎぎぎ、と歯を食いしばりながらも、ハンターの一人は町の方へと向き、足を引き摺りながらも歩いて行く。

一人が向かうと、他の三人も裕や他の警備担当のハンター達に視線を何度か行き来させながらも、最終的に町へと視線を向ける。

「エレアーネは、一休みしたら、また治癒をお願いします。ほかの元気な方は、ここをもっと畑寄りに移してください。」

「わかった。」

「なんだって?」

エレアーネは頷くも、警備ハンターたちは仏頂面をさらに険しくする。

「私の気のせいですか? 戦いの音が先ほどより随分近づいているように感じますよ。」

「戦いの音? いや、分かんねえだろ」

ハンターたちは耳を澄ませてみるも、近づいているかは分からないようだ。

「たぶん、森の外まで魔物を誘き出す作戦かと思いますけどね。私が来ていることは紅蓮の皆さんにも伝わったでしょうし。」

自信満々に言う裕に促され、渋々ベースの移動をしていく。

とはいっても、テントが三つと、その周辺に焚火が幾つかあるくらいなのだが。

動き始めたら仕事は早い。

というか、テントの杭を抜いたら、裕が纏めて浮かせて後は押すだけなのだ。

「な、ななな何をした⁉」

「私の運搬魔法はとても便利でしょう?」

驚き絶句するハンター達に、裕は運搬魔法の一言で片づける。

畑のすぐ脇にテントの杭を打ち込んでいるところに、森から一人の男が走り出てきた。

「お、おい、移動したのか?」

「ええ、こちらに魔物を誘き寄せているのでしょう? 怪我人がすぐ近くにいては巻き添えになってしまうじゃないですか。」

「いや、だから伝えに来たんだけど……」

既に先回りで対処されていることに、伝令役のハンターはぽかんとしてしまう。

だが、裕はそれを無視して森にそって南側へと走り出す。

その視線の先で、藪から飛び出してくる獣がそのままの勢いで空に向かって飛んでいく。

オオカミが数頭、裕の重力遮断の射程に入ったようだ。

「ファイヤー!」

その次の瞬間に裕は叫びながら左手を大きく振る。と同時に、オオカミたちが悲鳴を上げだす。避けることもできない状態で裕の炎熱召喚魔法をまともに食らえば全身に大やけどを負う。

その状態で数メートルの高さから落下すれば、もはやオオカミたちは虫の息だ。

「止めをお願いします。私は武器を持ってきていないのです。」

「あ、ああ……」

伝令役のハンターは状況が良く飲み込めないまま、剣を構えて走り出す。

悶え苦しみながら地べたを転がるオオカミたちには、もはや為す術はなかった。

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