36話 ハンター組合と不安な先行き

領都アライに戻り裕は平穏な生活に戻る、なんてことはない。

というか戻るも何も、以前から平穏な生活などしていない。

昼過ぎに到着し、遅めの昼食を摂るとハンター組合へと向かう。商人の裕には用はないのだが、エレアーネはハンターなのだから、こまめに顔を出しておいた方が良いと裕が助言をするのだ。

「治癒魔法しか使えないよ?」

「火魔法も使えるようになったじゃないですか。」

「あ。」

エレアーネは新しい魔法を覚えた自覚がないようだ。もっとも、まだ練習だけで実践はこれからなのだが。

「あ、あの! 数日町を離れていたのですが、何か変わったことはなかったでしょうか?」

エレアーネは緊張気味に予め裕に教えられていた文句を言う。

「子どもでもできる仕事はないね。って、アンタみない顔だね。この町のハンターなのかい?」

「そうだけど……」

エレアーネは不満顔で組合員証を出す。

「七級のエレアーネ? え? ハンターになったの二年も前? なのにまだ七級? 何で?」

困惑顔で職員が言うが、そんなことはエレアーネも分からない。そもそも、どうやったら昇格するのかすら知らないのだ。もちろん、裕もそんなことは知らない。裕が知っているのは、ランクがあるということだけだ。

「ねえ、この子、二年以上も七級なんだけど。」

窓口の職員はエレアーネの組合員証を持って奥へと行ってしまう。が、すぐに数人の職員と一緒に戻ってきた。

「名簿はどうなってるんだ?」

何枚かの木の板を出して、エレアーネの名前を探す。

「これだな。確かに七級だ。」

「何で?」

「薬草摘みが主な仕事だな。最近は『狼の爪』で獣を狩ったりもしていたようだが。」

「明後日で期限切れるよ?」

七級は二週間以上の活動実績が無かったら除名されるらしい。

これまでは数日に一度は薬草の納品をしていて、延々と七級を維持していたらしい。

「ねえ、六級に上がれるし、上がって欲しいんだけど。」

「薬草摘みは年下に譲ってやっていって欲しいんだ。君は何が得意なんだ?」

「えっと、治癒魔法?」

「治癒魔法⁉ ︎ 何でそれで七級なの!」

「本当に使えるのか?」

やたらと強い勢いで押されて、エレアーネは引きながらこくこくと頷く。

「ちょっと、試してみてくれるか? いや、魔法陣を描くだけでいい。」

言われて素直に描いてみせる。

「それ二級でしょ!」

職員たちはさらに勢いよく、カウンターから身を乗り出して唾を飛ばしてくる。彼らは自分で使えなくても、魔法陣を見ればそれがどの程度のランクなのか分かるようだ。

尚、ハンターのランクは一級が一番上で七級が最下級だが、魔法のランクは逆に一級が最下級だ。

「そんなに凄いのですか?」

「治癒魔法って他の魔法より難しくてな。治癒魔法の二級は火や水の魔法の三級から四級くらいの難易度と言われている。見習い程度の子どもが使える魔法じゃないんだ。」

裕の疑問に丁寧に教えてくれる。

「二級の治癒魔法を使えて七級ってあり得ないでしょ。六級に、いえ、五級に上げても良いんじゃない?」

「いや、それは乱暴だろう。いきなり上げて無理させても仕方がない。取り敢えず六級に上げて、様子見でいいんじゃないのか?」

本人の意向は関係ないらしい。職員の間でエレアーネを何級にするのか話し合われる。

「話が長くなるようならまた明日にでも来ますけど……」

本人置き去りで話を進めようとする大人たちにうんざりし、裕は帰ろうとする。

「いや、六級だ。今すぐ手続きするからちょっと待っててくれ。手続きに銀貨七枚かかるが……、あ、いや、今回は特別に無料でいい。」

立場の高そうな男が一方的に言おうとしていたところに、カネの話が出た瞬間に裕が睨み、無料でランクアップすることになった。

エレアーネにハンター組合員証が新しく六級のものに更新となった。今までの木の板から、金属板にグレードアップしている。

スマホ程度の大きさの板に、所属組合支部、登録年月日、そして本人の名前が刻まれている。

「失くさないよう気をつけてください。再発行には、銀貨二十八枚をいただきます。」

再発行費用が随分と高いが、そこには敢えてツッコミを入れない。失くさなければいいだけの話だ。

「ところで、話があるんだが……」

偉い人が改まって話を始める。

今、西の森での魔物や獣の動きが活発になってきていて、実績の高いハンターたちが総出で対処に当たっているのだが、怪我人も多く出ているらしい。

怪我をしないように、と気をつけるにも限度がある。森の中では、想定外の敵に出くわすこともあるし、魔物にも知能が高いものもある。裏をかかれて、痛手を負うことも珍しくはない。

「治癒術師が一人いるだけで、戦力は随分と変わるものだ。」

「お断りします。」

まだ何か言いたそうな偉い人を尻目に、裕はハッキリと断る。

「エレアーネは攻撃手段に乏しく、防御に至っては何もできないと言ってもいいほどです。」

エレアーネを守るために怪我をしてしまうのであれば、本末転倒というものだ。

森の外ならばともかく、森の中では裕も役立たずと化す恐れがある。攻防ともに熟達した仲間が必要不可欠だろう。

「単独で行くの自殺行為ですし、誰かと同行するなら、高ランクの人たちに限定させてください。低くても五級でしょうかね。」

裕の言葉に職員たちは表情を曇らせる。

「そう言う君はハンターなのかね?」

「私は商人です。ただ、エレアーネは私が面倒を見ることになっているので、安全のためには口出しくらいしますよ。」

「狩や戦闘はハンターの領分だ。そこは弁えてもらえないかな?」

「おや? 私は弱いつもりはありませんよ? ここにいる人全員を無力化するくらいなら簡単にできます。」

裕の挑発めいた言葉に、離れて聞いていたハンターたちも一斉に顔を険しくする。

「やってみてもらおうか?」

ハンターの一人が立ち上がり、裕をにらみつける。

「良いのですか? まあ、怪我しないようにやりますけど。」

「やってみろよ!」

口々に騒ぎ、職員もそれを止めようとはしない。

大口を叩く子どもは少し痛い目を見た方がいいくらいだと思っているのだろう。

「では、遠慮なく。」

室内が光で満たされる。

陽光召喚を同時に四つ。

現在の裕の最大出力で放たれた光は気が狂わんばかりの光量だ。

「ぎゃああああああああ!」

「目が! 目があああああ!」

ハンターたちは情けない悲鳴を上げながら悶絶する。

裕が魔法を解除しても、苦悶の声は消えはしない。

物理的な攻撃力は無い明かりの魔法だが、幽霊を消し去り、生者には混乱をもたらす。

「さて、そんな無防備だと簡単に殺されてしまいますよ?」

「くそ! どこだ!」

「来るな! 来るなあああ!」

「参った! 俺の負けだ!」

まだ負けを認めず、喚き散らす者もいれば、素直に負けを認めるものもいる。

そんな中、入り口のドアが開けられた。

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