35話 着せ替えと魔法の練習

店の隅で着替えを済ませてたエレアーネは、頰が緩みっぱなしだ。中古服とは言え、店で売られている服である。上着もズボンも作りがしっかりしているし、シャツもウールのような素材で暖かいものになっている。

尚、今まで着ていた服の下取りは拒否された。

「これが服? ただのボロ布じゃないか。今までよくこんなのを着ているよ……」

服屋の老婆も呆れ顔だ。

裕の洗濯魔法で汚れは綺麗になっているが、破れて穴が空いているものはどうにもならない。継ぎをあてれば、という問題ではない。継ぎはぎだらけなのに、そこに追加で継ぎを当てて行けば地の部分が無くなってしまうのではないかというくらいだ。

ボロ布は荷物に押し込んで店を出ると、そろそろ陽が傾いてきた感がある。だが、まだ夕食には早い。

「そういえば、エレアーネに明かりの魔法は教えていませんでしたね。宿に戻って練習してみましょうか。」

のんびり宿への道を歩きながら、思い出したように裕は魔法を教えると言い出した。だが、エレアーネの方は自信が無さげだ。

「大丈夫ですよ。明かりの魔法なんて、魔導士じゃなくても使えるんですから。以前いた町で、神殿の孤児に教えたら全員使えるようになりましたよ。」

特別な才能など要らない。そう言われても、エレアーネの劣等感はそんなに簡単に消えはしない。そういったものは、時間をかけて成功体験を積み重ねるしかないのだ。

宿の一階で薪を買って、部屋へと持って上がる。魔法の練習に使うだけなので、ごく少量、裕が手に持って抱えられる量である。

朝方は冷え込む、とでも言っておけば別に不審がられるほどでもない。朝起きてちょっと火にあたる程度ならば、そろそろ他の客からも所望がありそうな季節なのだ。

部屋の暖炉に薪を放り込むと、裕はそこに炎熱魔法を放つ。着火魔術で火花を飛ばして、なんて面倒なことはしないのだ。

「さて、エレアーネ。これが火です。」

「それは見れば分かるよ。」

燃え上がる薪を指して自信満々に言う裕に、エレアーネは真顔で答える。

「この火の光をよく見て覚えてください。これを手元に持ってきます。」

裕の手元に、火の光とそっくりな赤い光が生まれる。

「さあ、やってみてください。」

「えええ? それだけ?」

そうは言うが、治癒魔法を見ただけで覚えたエレアーネならば、いきなりできても不思議ではないようにも思う。

「それだけでできた人もいるのですよ。魔法を使える人の方が苦労する傾向があるみたいですけどね。とりあえず、やってみなければ絶対にできません。」

裕に言われて、恐る恐る胸の前に手を構えて魔法を試してみる。

「できないよ……」

「よく火を見て、目を閉じます。目の前に今の火の光を思い浮かべてください。何度でもやりますよ。」

エレアーネは深呼吸して集中し直す。

「熱ッ!」

どうやら勢い余って光だけでなく、熱まで呼び出してしまったようだ。手を慌てて引っ込めるが、エレアーネの炎熱魔法はそのままの場所で変わらず光と熱を放ち続けている。

「まあ、できるみたいですね。それを消しましょう。」

「どうやって消すの?」

「消えよ、と強く意識すれば消えますよ。口で言った方がやりやすいですね。」

「消えよ。」

言葉と同時に、魔法の光がかき消える。炎熱魔法の解除は問題なくできているようだ。

「熱くならないように頑張ってみましょうか。」

裕は次のステップに進むよう促すが、エレアーネの方はモチベーションは低いというか、とことん弱気だ。

「やっぱりできないよ……」

「できてるじゃないですか。あとは熱さを自由に変えれるようになれば良いだけですよ?」

「でも、今のって火の魔法だよね?」

「そうです。火の魔法と明かりの魔法は同じものですよ。他の魔導士にとっては違うものらしいですけど、私にとっては同じものです。夜を昼にする魔法だって、明るさが違うだけで全く同じ魔法です。だから、あとは明るさや熱さを好きに変えられるようになれば良いだけなのです。」

可視光線も赤外線も同じ電磁波の一種、波長が違うだけのものだ。裕はそう認識しているからそのような発想になるのだろう。おそらく、やろうと思えば、ガンマ線照射とかもできるだろう。

「練習すれば明かりを動かしたり、いくつも出したりできるようになりますよ。さあ、練習しましょう。」

裕は椅子を暖炉の前に持ってきて、そこに座るよう促す。ベッドに向かって炎熱魔法の練習などするものではない。火事になること請け合いだ。

「本当に私にもできるようになると思う?」

「できるに決まってるじゃないですか。」

裕はキッパリと断言する。裕としては、そこまでできているのに、それ以上できないなど信じられないということだ。

「本当に? あの、浮かぶ魔法はできるようになる?」

「あれは……、当分は無理ですね。エレアーネじゃなくても、誰にもできません。そもそも、使い方を教えることができませんから。」

重力遮断は概念を教えるところで蹴躓く。そもそも、裕自身が重力遮断がどうして使えるのかが分かっていない。

重力場へ干渉して遮断している、のは良いのだが、重力の向きを変えることはできていない。それができれば随分と便利になるのだが、どうしても成功しないのだ。

なぜ遮断ができるのか、全く想像もついていない状況だ。

「とりあえず、今は、明かりの魔法を使えるようになることです。火の魔法でも照らすことはできますが、やっぱり危険ですからね。熱くなくできるように頑張りましょう。」

なんとか宥めて練習させてみると、一分も経たずに、あっさりとできるようになったのだった。

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