第33話 悪徳商人
塩の売り上げは好調だ。いや、これは好調と言えるのだろうか。
客が先を争うように、ではなく、本当に物理的に争いが発生するのだ。それを陽光召喚を使って鎮めたりはしたが、塩がどんどんと売れていくことには変わりはない。
押し寄せていた人の流れが途切れるまで、一時間も掛からない。裕の販売スキルも上がって、計量やお釣りの受け渡しもスムーズになったのもあり、どんどんと籠の中身が減っていく。
それ以降も緩やかに客は訪れて、お昼には籠の中身も空になり、食事にしようかというところで数人の男たちがやってきた。
「塩を売っているってのはオマエか? 誰の許可で塩を売ってるんだ?」
何やら立派な服を着た髪もヒゲも白い男が、凄みながらインネンをつけてくる。だが、裕はそんなことでたじろぐことはない。
「誰のって、商業組合から許可をもらってますよ? 当たり前じゃないですか。」
懐から露天の許可証を出して、裕がすました顔で答えると、白ヒゲの男の顔は一瞬で険しくなる。
「塩の販売は我々ドドネル商会の専売事業だ! 勝手に売るなど許さん!」
「専売事業? なんですか? それは。」
「塩を売って良いのはドドネル商会だけと決まっているのだ。どこの商人か知らんが、勝手に塩を売るんじゃない!」
「そうなのですか? それは失礼をしました。」
裕はあっさりと相手の言い分を認めて、謝罪の意を述べる。だが、この男がそれで終わるはずがない。
「では、領主様、あるいは国王陛下の免状を確認させていただいてよろしいですか?」
「は? 何だと? オマエなどにそんなものを見せる必要はない!」
顔を引き攣らせながらも、白ヒゲは威嚇するように怒鳴り散らす。
「免状を持たない者に専売事業だと主張されても困ります。あなたが本当に塩を売って良いと認められた商会かも分からないじゃないですか。」
「ガキが屁理屈を言うな! オマエがなんと言おうと塩は我々の専売だ!」
「嘘を吐いているだけの自分勝手な商会に、ゴタゴタ言われたくありません。」
裕は相手の態度から、専売というのは嘘だと断定した。そもそも、専売のことを商業組合も知らないということはないだろう。何を売るのかはちゃんと商業組合で届け出ているのだ。
「まあ、今日のところは売り切れですので、今後の話ですね。アライに帰ったら確認しますよ。嘘だったら、商業組合に報告しますのでよろしく。」
裕は微笑んで見せるが、男たちの表情は引き攣るばかりだ。
強引に販売を止めさせようにも、塩の入っていた籠は既に空っぽだ。彼らが文句を言おうが言うまいが、裕の今回の塩の販売は終了なのだ。
裕はさっさと荷物を片付けて店仕舞いを済ませてしまうと、昼食を買いにと、エレアーネと屋台の方へと立ち去っていく。
「おや、何ですかあれは?」
「隊商が来てるみたいだね。」
裕の視線の先には馬車の荷台にのぼりを立てている屋台があった。
興味津々に覗いてみると、裕の二倍くらいの値段で塩を売っていた。
「おう、これ、さっきの人たちのですね。ああ、ドドネル商会ですか。」
「てめえ! 何しに来やがった!」
先程の白ヒゲの後ろにいた男が裕に向かって喚き散らす。
「何か変わった物がないかと覗いてみただけですよ。ロクな物が無いようなので見るだけ無駄でしたね。」
裕はそう言うが、ドドネル商会は大型の馬車を三台連ねて旅してまわっているだけあって、この辺りでの流通はほとんどない陶磁器の類や金属製品も扱っていたりする。
ひらひらと手を振って。昼食を買うべく良い匂いを漂わせているエリアへと向かって行く。大型馬車で屋台広場の中にまでは入ってくるには無理があるので、広場の外れで営業しているのだ。
「さて、正面から喧嘩を売ってみるのもありですが……」
「えええ? さっき、思い切り喧嘩売ってたじゃない!」
裕の呟きに、エレアーネは驚きの声を上げる。だが、裕は指を振って否定する。
「あれは喧嘩を買ったのですよ!」
……そこは拘るところなのだろうか? 裕の感性はイマイチ良く分からない。
「陶磁器はたぶん、作れるんですよ。材料は土や石ですからね。高級品は無理ですが、あそこに見えた物はそんなに高級そうでもなかったですからね。」
「ヨシノは何でもできるんだね……」
「何でもはできませんよ。私には高級品は作れません。せいぜいが見習いの職人と同程度ですね。」
だからこそ、裕は金の稼ぎ口に困っているのだ。
料理を作ったって、屋台に並んでいるものと同等のものを作れはしないし、木工でも石工でも裁縫でも同様だ。
だが、そう言っても、エレアーネの表情は優れない。裕に対しての劣等感はかなり強そうだ。
「治癒魔法って、売れないんでしょうかね?」
「売るってどうやって?」
「いえ、怪我した人に銀貨十四枚とかで治癒魔法かけてあげたらどうなのかなって。」
「おいおい、お前さんら、教会に喧嘩売るなんてバチ当たりなことはするんでねえよ。親に教わらんかったのか?」
通りすがりの年配女性が突如会話に割り込んできた。女性曰く、教会はありがたいものだからちゃんと敬わなきゃダメらしい。神殿はなくともこの町にも教会はあるし、そこで治療を受けたり、薬を買ったりすることができるとのことだ。
「そうだったのですか、田舎者故存じませんでした。ありがとうございます。」
そう礼を言うものの、裕の表情は暗くなっている。
「薬もダメ……、か。」
できること、許容されることが限られていて、将来の方向性を見出せないようだ。