第32話 鬱陶しい人ばかり
「な、なんでだよ! 子ども二人だけでやっていると何かとあるだろう? 俺たちと一緒にやった方がきっと上手く行くぜ?」
「仲間にしてやっても良いって言ってやってるのに!」
何を思い上がっているのか、『陽牡丹』はあからさまに憤慨し、口々にいかに不愉快なのかを喚きだす。
「エレアーネ、行きましょう。これ以上相手をするのも面倒です。」
裕は大きく嘆息すると、荷物を背負って歩き出す。エレアーネも慌てて荷物を纏めはじめる。
「ま、待てよ! こんな暗くなってからじゃ危ないぞ!」
「別に大した問題はありません。少々疲れるだけです。」
そう言って陽光召喚魔法を放つと、周囲は昼の明るさを取り戻す。裕の莫迦げた魔法は、半径数十メートルを真昼のごとき明るさで照らしだすのだ。
「ほら、昼になりました。全然暗くありません。」
振り返り、勝ち誇った笑みを浮かべると、追いついてきたエレアーネと一緒に北へと走り出す。
『陽牡丹』はそれを追いかけようとするが、大ジャンプして森の木々の上を走っていく二人に追いつけるはずもない。
「ねえ、どこまで行くの?」
「どこか、寝るのに良さそうな場所を探してください。大きな木の上が良いですね。」
「木の上?」
「ええ、オオカミなどは木の上には来ないでしょう?」
「そ、そうだね……」
エレアーネは通常、寝るときに木に登ることはない。
というか、森の中や森の近くで寝泊まりしたことはない。
そんなことをしていれば、いつ獣に襲われるかも分からないのだ。無駄な危険を冒しはしない。
町の外で寝るときも、街門のすぐ横の壁際でというのが常だ。
「寒いでござる。」
木の上は獣に襲われる率は低めになるが、最大の欠点は寒いことだ。真夏ならばともかく、秋が深くなってきている中での樹上泊はかなり身体に堪える。
裕は電気ストーブをイメージした暖房魔法を展開して寝る。当たり前のようにエレアーネの周りにも暖房を配置するあたり、すでにエレアーネのことは仲間と認識しているようだ。
「おーい、ヨシノぉぉ。」
エレアーネの声で裕は目を覚ます。そしてくしゃみを三連発した。
「寒いですね……」
「下りようよ……」
二人は一度木を下りて、魔法で暖を取る。
残念ながら食べ物はない。周囲を見回してみても、その辺りに食べられる木の実などは見当たらない。
「ちょっと温まったら、行きますよ。町に着いたら何か食べましょう。」
「分かった。」
一分ほどで、二人は立ち上がり、北を目指す。
街道は西の方にあるが、そこを歩いていく気にはならないようだ。一気に森の上を駆け抜けていくと、町は意外と近くにあった。
森を越えると、丘に畑が広がっている。畦道を走っていれば、町はもう目の前だ。
ピニアラの町の人口は一千と少々。大きくもなく小さくもない。
特に特徴はない。いや、特徴がある方が珍しいのだ。
領都のアライだって、外壁がある以外、別にこれといった特徴はない。
何かの産業が特別に発達していることもなければ、特産品もない。
周囲に麦や野菜の畑が広がっており、ガタガタの街道が伸びている。
結局のところ、領自体が僻地なのだ。大した資源も産業も無い。あるのは山と森だけだ。
西の山脈は国境でもあるのだが、人間が越えること自体が不可能と言われているので防衛の必要もない。
南は裕が攻撃を受けた宇宙戦艦が守っており、人間が近づけば、ほぼ間違いなくあの世行きだ。
東は東で、秘境とも言える広大な森が広がっており、人間の国家などありはしない。
森や山の奥は危険すぎて人が立ち入ることができない。そんな環境では、町ごとの特色など出しようがないのだ。
町に着くと、まずは食料の調達だ。
エレアーネは一食や二食を抜くのは珍しくもないことだが、裕は基本的に三食しっかり食べる。
「変わったものも何もないですねえ。」
「文句あるなら買わなくていいぞ。」
裕の呟きに、屋台のおっちゃんがジロリと睨む。
「美味しそうなパンですね! 四個ください。」
慌てて愛想笑いをしながら銅貨を差し出す。
もう、エレアーネの分も一緒に買うのは決定事項になっているようだ。
さらに串焼肉やシチューを買い込むと、広場の隅に座って遅めの朝食タイムとなる。
「ここでも塩売るの?」
「売りますよ。この肉もびっくりするくらい薄味ですからね。この町にも塩が来ていないのでしょう。」
「塩だって? アンタ、塩持ってるの?」
裕とエレアーネの会話に、通りすがりのオバちゃんが割って入ってきた。
「ええ、あまり多くはないですが、塩を売りに」
「ちょうだい! 幾らだい⁉」
「まだ商業組合から許可証を頂いていないのですが……」
「何やってんのさ、早くしておくれ!」
「食べ終わったら行きますよ。商業組合はどこにあるのですか?」
「だったら、早く食べておしまい! 早く! 早く!」
裕が食事をしているのにも構わず、オバちゃんはやたらと急かしてくる。とりあえずシチューだけかき込み、パンはバッグに入れて立ち上がる。
「エレアーネはゆっくりしていて良いですよ。」
「はーい。」
戸惑っているエレアーネに声を掛けると、オバちゃんに引っ張られるようにして裕は商業組合へと向かう。
「アライの商人の好野裕です。露天商の許可をくださいな。」
「なんだい、子どもに」
「ちょっと、アンタ! 早くしておくれ! わたしゃ塩を買いたいんだよ!」
お約束のやり取りを遮って、オバちゃんは凄い剣幕で職員を急かす。職員は何か言いたそうにしていたが、諦めたような表情で許可証を出してくる。
「その前に、組合員証を確認させてください。手続きを省略することはできません。」
言われずとも、裕は首から下げた組合員証を提示している。
「アライの……、ヨシノ、と。主な商品は塩ですね。露天商で良いんですね?」
「はい。
「早く! 早く!」
オバちゃんはもう待ちきれないとばかりに鼻息を荒くしている。そんなに急がなくても塩は腐ったりしないのだが……
「はいよ。町を出る前に返してくださいね。税率は十四分の二ですから忘れずに。」
「さああああ! 早く!」
「外でやってください!」
鬱陶しそうな職員に怒鳴られて、裕は許可証を受け取るとオバちゃんと出口へと向かった。