第31話 ザコが仲間になりたそうにこちらを見ている
空に一番星が顔を覗かせるころ、裕は目を覚ました。
「うおあああ! 私は何分寝てましたか?」
ガバッと身を起こすなり、周囲も見ずに裕は叫ぶ。
「ぐっすり寝てたぞ。」
「七時間くらいか?」
間髪を入れず、ハンターがツッコミを入れてくる。
「七時間……? クソッ、予定が……、そうだ、エレアーネ! エレアーネは無事ですか?」
「エレアーネ? ああ、そっちの子か。寝てるぞ。」
ハンターの男が顎で指した先では、エレアーネが毛布に包まってすやすやと寝息を立てている。
「オーガは無事、倒せたのですね?」
「ああ、助かった。」
「ところで、ここはどこです? さっきの場所から随分離れているようですがどちらですか? そうそう、私が倒したオーガの死体は見かけませんでしたか?」
立て続けに質問を投げつけて現在位置を確認すると、裕は立ち上がって森へと向かう。
「おいおい、どこに行くんだよ!」
「私の荷物を回収しなければなりません。」
「俺たちが行くよ。」
「無理です。私でなければ運べません。」
総重量で五十キロ以上もある荷物を木の枝の上に置いてあるのだ。ひょいひょいと簡単に運べるものではない。
だが、問題はそこではない。それくらいなら、ハンターの男たちなら運べる。
一番の問題は、荷物の重量が、それを入れている籠の耐荷重を越えていることだ。
重力遮断をせずに普通に持ったら、籠が壊れるだろう。裕にしか運べない、というのはそういう意味だ。
「すぐに戻りますので、エレアーネを見ていてください。」
それだけ言うと、裕は走り出す。
ハンターは慌てて追いかけるが、裕には追いつけない。
五メートルほどのジャンプをして木の上を行く裕に追いつけるはずが無いのだ。
「何だよアレ……」
「ありえねえ……」
驚愕に目を見開きながら、ハンターたちはかぶりを振る。
裕が戻ったのは西の山に陽が沈みきってからだった。
「エレアーネ、食事にしますよ。」
荷物からお弁当バッグを取り出して、裕はエレアーネを起こす。昼食用にと買ったのだが、結局食べずにそのままになっているのだ。
「なあ、俺たちの分は……?」
「無いですよ。」
パンを頬張る裕にハンターの一人が声を掛けてくるが、裕の返事は冷たいものだった。自分たち二人の昼食のために用意していただけのものなのだ。ハンター六人の追加分などあるはずがない。
不満そうに裕たちを見ているが、子どもに食料を集るのはどうかと思う。
「この辺にはウサギとかいないんですか? 獣を狩るなり、木の実を集めるなりすれば良いじゃないですか。みなさん、ハンターなのですよね?」
水トカゲを狩に裕が紅蓮と一緒に行ったときはそうしていたし、エレアーネは森で食料を調達するのは普段の生活そのものだ。
だが、ハンター六人組は不機嫌そうに顔を見合わせる。
「助けてやったんだから、食事くらい分けてくれてもいいんじゃないか?」
「は? そんなことを言うんだったら、助けてあげたんですから、お金くらいくれても良いんじゃないですか? 私の援護は金貨一枚でいいですよ。それと、第二級の治癒魔法、全員で金貨一枚にまけてあげます。エレアーネにお支払いください。」
裕は、立場を弁えずに、要求ばかりする者に対しては、とても厳しい。「してやった」と言われたら、当然、自分がしてやったことをあげて対価を要求する。
「金貨だって? 高すぎる!」
「子どもが図に乗るなよ!」
裕の要求にハンターたちは途端に色めき立つ。裕はそんなに法外な金額を吹っかけているわけではないのだが。
「みんな落ち着け。あの状況で、頑張ってどうにかなったと思うか? 俺は、この子が来てくれなかったら、少なくとも何人かは死んでいたと思っている。」
リーダーらしき斧使いの男が神妙な顔をする。
「済まない。俺たちは六級のハンター、陽牡丹だ。さっきは助かった。ありがとう。」
「私はアライの商人、好野裕です。こちらは治癒術師のエレアーネ。」
「商人⁉ ハンターじゃないのか?」
「おや、知らなかったのですか? 子どもはハンターにはなれないのですよ。」
裕は何故か胸を張って大威張りで言う。エレアーネの治癒魔法は実際に使ってもらっているので、今さら驚くことでもない。
「ところで、六級のハンターというのは、オーガに勝てる程度なのですか?」
「か、勝てらぁ!」
「今にも負けそうだったじゃないですか。現実はちゃんと見た方が良いですよ。」
「一匹だと思ったんだ……」
『陽牡丹』が言うには、川辺を一匹でうろついていたオーガを見つけて、狩ることにしたそうだ。矢を射かけて攻撃を仕掛けるも、森に逃げ込まれ、それを追っているうちに四匹に取り囲まれていた、ということらしい。
「それ、完全に罠に嵌まってるだろ。」
裕は呆れ、吐き捨てるように言う。気持ちは、分かる。
カモを見つけたのは、このハンターたちではなく、オーガの方だ。
そして、もう一つ。
裕の前に出てきた一匹は、囮役で、獲物を仲間の所まで誘い込んだら、また次のエサを探しに出てきたということだろう。
残念ながら、裕に瞬殺されてしまったが。
「で、食事はどうするのです? 狩りをするなら手伝いくらいしますよ。」
裕は気楽に言うが、『陽牡丹』の六人の表情は暗い。
「あのオーガのせいだと思う。小さい獣が見当たらないんだ。」
「木の実とか集めれば良いんじゃない? いっぱい生ってるの見たよ。」
あまり話に参加してこないエレアーネが珍しく口を出してくる。
「その辺の木ってザクロでしょ。」
「ちょっと待ってください。暗いですから注意した方が良いですよ。」
立ち上がり、森に向かおうとするエレアーネを止めて、裕は明かりの魔法を放つ。得意の陽光召喚は自粛する方向のようだ。
獣に警戒しながら近寄ると、明かりの魔法に照らされ、いくつもの赤い実が生っているのが見える。
「ほら、あれ。」
裕では背伸びをしても届きそうにないが、『陽牡丹』ならば槍もあるのだから、収穫はそんなに難しくも無いだろう。
「良かったですね。食べ物はいっぱいありそうですよ。」
満足できるディナーではないが、とりあえず腹ごしらえはできて、『陽牡丹』もようやく一息つく。
適当に薪を集めて火を焚いて夜営の準備に入る。
彼らが今まで何をしていたのかと言うと、夕食の獣を探していたらしい。見つからなかったが。
「な、なあ。一ついいか?」
「何です?」
「俺たちの仲間にならないか?」
「お断りします。」
裕は『陽牡丹』を完全に見下している。仲間になろうはずがない。