30話 森の中の戦い

「さて、どうしたものでしょうね。」

裕は森を睨んで呟く。

「何が? オーガはやっつけたし、もう良いんじゃないの?」

「まだ他にもいます。戦ってますね。」

裕は耳を澄ませて、かすかに聞こえる音を頼りに状況を把握しようと努める。

「行ってみますか。」

エレアーネには判断しようがない。裕に従うだけだ。

これは別にエレアーネが馬鹿なのではない。基本的にエレアーネは戦闘や狩ということであれば、ほぼ役に立たない。治癒しかできないことは、彼女自身が痛いほどよく分かっているのだ。

攻撃するにしても逃げるにしても、裕の判断を信じて任せるしかない。

二人は木の上に飛び上がり、方向を確認して進んでいく。

戦いの場所はそう遠く離れてはいなかった。それは、裕が騒いで、オーガがすぐに出てきたことから予測はついていたことだ。

「ハンター、ですかね。」

「大丈夫なの? オーガが四もいるよ?」

木々の向こうに見え隠れしているのは、オーガの集団と、対峙している六人組のハンターだ。

オーガは身体中に傷を受けて猛り狂っているが、ハンターのほうも無傷ではない。どころではなく、かなりの傷を負っていて、現状ではオーガの方が優勢のようだ。

「あれじゃあエレアーネは近付けないですね。」

ハンターを囲むようにオーガが布陣しており、その中でエレアーネが治癒魔法を使える余裕などありそうにはない。だが、それは逆に、オーガの背後から裕が襲いかかるチャンスはあるということだ。

エレアーネと荷物を枝の上に残して、裕は地面に降り立つと、山刀を手に堂々と歩いて近づいていく。

「逃げろ! 子どもが敵う相手じゃない!」

裕を見つけてハンターの一人が大声を上げる。

「私よりも、目の前の敵に集中なさい!」

裕の返事に、オーガの一匹が振り向く。

その隙に、ハンターは必死に体勢を立て直して攻撃を試みるが、浅く傷つけるだけに終わる。万全の状態ならば致命の痛手を与えることもできたのであろうが、ハンター側もダメージを受けすぎだ。

武器を握る手に、ほとんど力が入っていない。

だが、それでオーガの注意が散漫になったところに裕が飛び込み、足へと切りつける。

いくら気合いを込めようとも、裕の物理攻撃は別に早くもない。オーガは易々と躱し、盛大にバランスを崩してつんのめる。

裕が単に山刀で切りつけるだけの攻撃などするはずも無い。オーガの動きに合わせて重力遮断を発動させれば、足が地から浮くのは必然だ。

予想外のことにパニックになっているオーガは無視して、裕は元気に棍棒を振り回して暴れているオーガに向かい、その眼前に火花を飛ばす。

着火の魔術に実質的な攻撃力など無いが、イヤガラセの役には十分に立つ。

鬱陶しそうに腕で眼前を払うオーガの背後に回り込み、裕は山刀を思い切り振り上げる。

裂帛の刃は、狙いどおりに、オーガの尻の割れ目をさらに深くする。

ある意味急所への攻撃を受けて、ビャオオオ、と変な悲鳴を上げるオーガにも重力遮断をかけて、足を突き飛ばすと裕は三体目に向かう。

「おい! 何をした⁉」

「目の前の敵に集中しなさいと言っている!」

戸惑っているのはオーガだけではない。ハンターに叱咤しつつ、裕はオーガが振り下ろしてくる棍棒を躱す。

裕はオーガのヘビー級の攻撃を防ぐことはできない。そんなことができる腕力も防具も無い。防御でできることと言えば、必死に避けるだけだ。

執拗に裕を狙って振り回す棍棒を、地面を転げ回りながら必死に避ける。

どうやらオーガは、怪我だらけで満足に動けないハンターたちよりも裕の方が危険と判断したようだ。

「エレアーネ! 来れますか? 荷物はそこに放置で構いません!」

オーガの狙いは完全に裕に固定されて、ハンターへは牽制だけになっている。だが、それは裕の狙い通りだ。

オーガがハンターと距離を取った瞬間に重力遮断魔法をかけ直し、その自由を奪う。

その間にエレアーネは上から回り込み、ハンターたちのところに辿り着いていた。

「一番元気な人から治癒を!」

一番怪我が酷い人に向かって治癒魔法を使おうとしていたところに、裕の指示が飛ぶ。戦闘はまだ続いているのだから、手間のかかる重傷者は後回しだ。

「回復したらとどめを!」

裕にはオーガにとどめを刺す手段が無い。

川原では高出力の炎熱召喚を使えたが、森の中でそんなことをしたら大火事になりかねない。それに巻き込まれてを考えたら、使おうとしないのは当然だ。

治癒魔法とは、一瞬で怪我が治るものではない。発動すると、二分(三九二秒)ほど持続して少しずつ回復していく魔法だ。

エレアーネが使えるのは第二級の治癒魔法、皮膚と筋肉、そして小さい血管の修復が可能だ。

大きな動脈や内臓の損傷、骨折には対応できない。

治癒魔法を受けていたハンターが槍を握りしめて立ち上がったのは、一分ほどしてからだった。

それまでオーガが、何もできないままでいるのには理由がある。

裕は、オーガの重力の遮断率を目まぐるしい勢いで変更しているのだ。浮いたと思ったら落下し、地面に着いたと身を起こしたら、はるか上のはずの枝に頭を打ちつける。

木にしがみついていても、まるで、ジェットコースターに乗っているかのように揺さぶられ、パニックに陥っているオーガは暴れるどころではない。

ほとんど無防備とも言える状態で、槍士の攻撃を首に受ければひとたまりもない。

一匹、また一匹とオーガにとどめを刺していき、四匹すべてを倒し終わったとき、裕の意識も途切れた。

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