27話 浮浪児を丸洗い!

「湯浴みのお湯をいただくことはできますか?」

「お湯くらいどうぞ、どうぞ。」

食事を終えて下膳に来た給仕に聞いてみると、やたらと機嫌のいい答えが返ってくる。

塩がなくて本当に困っていたらしい。

一キロほどのカタマリを銅貨百六十八枚という高めの値段をつけてなお、感謝の方が大きいようだ。

「水浴所はあちらにございます。すぐに入られますか?」

「ええ。お湯を沸かしたいので鍋を貸していただけますか?」

裕は厨房から大鍋を借りると、井戸から水を汲んで並々と注ぐ。それを重力遮断八十五パーセントにして、そろりそろり、と運んでいく。

水を入れた器を重力遮断で浮かせると、水が勝手に溢れてきてしまうため、ある程度は重力を残しておかなければならない。

三十リットルほどの鍋を、五キロほどの重さにしてしまえば重さはどうということはないが、零さないように運ぶのは難易度が高くなる。

鍋を抱えて、中国拳法の修行を連想させるような足取りで厨房へと向かう。

鍋を乗せると、裕は半ば条件反射的に、竃に炎熱召喚魔法を放り込む。

炎熱魔法は、以前とは違って、赤く熱い輝きを放つようになっている。ハラバラスに「日常で使う火の魔法は見えるようにしろ!」とクドクド叱られてからはそうすることにしているのだ。

自宅で自分一人ならともかく、他人が知らずに近づいてしまうのは危険だと言うのは裕にも理解できることなので、いかにも、という色の光を放つようにしている。

お湯を沸かしている間に、裕は湯浴みの準備をする。と言っても、洗濯魔法をを使う裕は、石鹸を使わない。荷物の中から、濡れた体を拭く布と、替えの下着を出してくるだけだ。

湯浴みにつかうお湯は、沸騰するまで熱する必要は無い。ある程度熱くなったものを、桶の水と合わせて適当な温度に調整すればいい。

裕は普段から湯浴みをしているわけではない。洗濯魔法の水を含ませた布で拭くだけで十分に綺麗になる。

今回、わざわざ出先で湯浴みをしようと思ったのは、エレアーネが汚く、臭いからだ。本人に言うと怒るのだが、汚く、臭いのは事実なのだ。

それを綺麗にしてやろう、ということである。

「エレアーネも湯浴みを済ませてしまってください。他の人も待っていますから。」

「わ、私は良いよ。」

「良くありません。しっかり洗って綺麗にしてください。いつまでもそんな汚い恰好をしていたら放り出しますよ。」

「薄汚くない!」

「汚いです! 汚らわしい子どもが隣をウロウロしていたら、塩の価値が落ちてしまいます。」

エレアーネは必死に否定するが、エレアーネの外見は、本当にただの『脂や泥に汚れた浮浪児』としか言いようがない。裕が「キレイにしろ」と強く言うのも無理はない。

ブラウンだかグレーだかよく分からないボサボサの髪に、泥だか血だか分からない何かに汚れ、所々に穴が開いて、裾はボロボロになっている服。

手と顔は裕に洗わされているので不自然に綺麗になっているのだが、それが逆に服や髪の汚さを強調しているようにも見える。

「私が洗いなさいと言ったら洗いなさいッ!」

裕の剣幕に押されて、エレアーネは渋々と水浴所へと向かう。

「自分でちゃんと洗えますか? 体の洗い方は知っていますか?」

「そのくらい、できる! ……と思……う……」

ムキになって言い返そうとしたエレアーネの声が萎んでいく。なんか最近このパターンが多い。

そう、エレアーネは湯浴みなどしたことがない。

「本当に面倒な浮浪児ですね。ほら、さっさ服を脱ぎなさい。」

「脱ぐの?」

「服を脱がなければ体を洗えないでしょう。脱いだらそこの椅子に座って、たらいの湯で足を洗うのです。」

言いながらも裕はお湯を盥に入れて適温に調整していく。

裕に急かされながら服を脱ぎ、言われた椅子に座ると盥に足を入れてお湯で洗っていく。

さらに布をお湯に浸しながら全身を擦っていき、最後にお湯を頭からかぶって髪を洗う。

「エレアーネは金髪だったのですか?」

汚れが落とされたエレアーネの髪は、すこし橙を帯びたような金髪だった。元の色が完全に分からなくなるくらい汚れていたことに、裕はドン引きである。

最後にもう一度頭からお湯をかけて汚れを洗い流せば、あとは清潔な布で拭いて、着替えるだけだ。

「ちょっと待ってください。それも洗います。着ないでください。」

エレアーネが元々着ていた薄汚れた服を再び着ようとしたところで裕が止める。

「これでも巻き付けておけば良いでしょう。」

清潔な布を渡すと、エレアーネの服を盥に入れて、ざぶざぶと洗い始めた。といっても、洗濯魔法を使っての洗濯はとても早い。

盥の中で軽くもみ洗いをして一度絞ったら、綺麗な水で軽く濯ぐだけだ。ものの一分も掛からずに終わってしまう。

「さあ、さっさと戻りますよ。」

桶や盥を片付けると、服を奪われて半泣きになっているエレアーネを部屋へと追いやる。

「エレアーネは女の子だったのですね。」

「当たり前でしょ!」

裕の無神経な言葉に、エレアーネは怒りを爆発させる。枕を振り回して裕に襲いかかるも、あっさりと重力遮断で浮かされてしまい、ベッドへと放り投げられてしまった。

「暴れてないで寝なさい。明日も朝から仕事なんですから。」

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