25話 かわいい子どもは旅をする

商業組合を出た裕は、キミサント商会に向かう。

「あれ、ヨシノさん、どうしたんですか?」

裕がドアを開けると、付けられたベルがガラガラとなり奥から店員がすぐに出てくる。

そして、裕は二日前に塩を大量に納入したばかりだ。用件が分からないのも無理はない。

「他の町も回ってみようかと思いまして。こちらの商会では塩は他の町や村に出していたりするんでしょうか?」

「いや、うちが塩を売ってるのはこの町だけです。売りに来ている隊商は途中でも卸しているでしょうけれど。」

この辺りで塩を採れたことはないらしい。この町だけではなく、周辺の町や村でも、隊商が売りにくる塩を買い求めるしかないのだそうだ。

「私がそこら辺の町に塩を売りまくったら怒られるでしょうか?」

「別に気にしなくて良いんじゃないか? 商売敵なんて、出てくるものだろう。」

自分のところに害が及ばないからと、店員は気楽に言う。

「ところで、他の町を回るって、いつごろ帰ってくるんだ?」

「次回の納品はちょっと遅れるかもしれないです。」

「少しくらいなら在庫に余裕を持たせてるから大丈夫だが、もう少ししたら塩の消費が激しくなる。それまでには次の納品はして欲しいかな。」

塩を買い入れている隊商がやってくるのは不定期なため、定期的に納入してくれるとキミサント商会としてはすごく助かるのだそうだ。

翌日、朝から裕は塩を採りに行く。

「私はどうしていれば良いの?」

「昼前には戻りますので、魔法の練習でもしていてください。」

エレアーネを連れて行くと、移動速度がどうしても落ちてしまう。

全速力で森の上を駆け抜けて、岩塩の採掘だけすると、最速で帰ってくる。

それでも、往復すれば六時間近くは掛かる。裕が息を切らせて街門に着いた時には、太陽は南天高くに登っていた。

裕とエレアーネは連れ立って屋台広場に行くと、手早く昼食用のパンと肉、果物を買って北西への門へと向かう。

北西の門からは北に向かって街道が伸びており、商品流通にはこの道が使われる。

とはいっても、大概の場合は畑を越えた先から船で荷物を運ぶ。馬車で延々と運ぶよりも、船を使った方が効率が良いのだ。

「どこへ行く?」

「へ?」

門を出ようとしたところで兵士に呼び止められ、裕は間抜けな声を出す。

「ちょっと、近くの町や村を回ってみようと思いまして。」

「今からか?」

普通は、日の出の開門とともに出発する。それで隣町に夕方に着くのだ。昼に出れば、着くのは夜中になってしまう。

「何か問題ありますか? 最近は夜になると魔物でも出るのですか?」

「いや、そういうわけじゃない。珍しいな、というだけだ。気を付けてな。」

兵士は訝し気にしていたが、あっさりと二人を見送った。

朝出れば夕方には隣の町に着く。

この町の者の常識だが、それは大人の足での話だ。子供二人ならば、それでも日没に間に合わない可能性がある。

ならば、最初から途中で夜営することは計画に含めて準備していなければ逆に危険だ。

そこに思い至ったら、それ以上引き留める意味はない。二人ともハンターと商業の正式な組合員証を持っているのだ。あまり子ども扱いするわけにもいかない。

畑の畦道とは違って街道は道幅が広く、作りがしっかりしている。

ということは実はない。

畦道も農民はハンターの荷車が通るし、主要な道ならば人通りも結構ある。

日本でも、国道や都道府県道が市町村道よりも必ずしも立派ではないのと同じことだ。いや、違うか……。

ともあれ、畑を抜けた船着き場までは普通に歩いて行く。重い荷物を背負ってえっちらおっちら、ではない。背負った荷物には重力遮断をかけているので、まるで手ぶらで歩いているような軽快な足取りだ。

一時間ほどで船着き場に着くが、船の姿はない。川を遡ってきた船がここに着くのは昼過ぎから夕方なのだ。

「誰もいないね。」

「いませんねえ。」

船着き場に常駐している人もいないし、船が来るのを待っている人もいない。

「では、そろそろ本気で行きますよ。レビテーション!」

裕は重力遮断をかけ直すと、身体は軽く、荷物は重くなる。

荷物だけ九十九パーセント遮断を保ったまま、身体は四十パーセントにするとかそんな器用なことはできない。全部まとめて八十パーセント遮断で走っていく。

エレアーネにあわせて走ると、裕単独よりも若干スピードが落ちる。具体的に言うと、裕が単独で走るならば時速十キロは超えるが、エレアーネは時速八キロくらいまでしか安定して出すことができない。

ちなみに『紅蓮』が本気を出すと、時速二十キロを軽く超える。鍛えられた大人の力は子どもとは比較にならないものだ。

森を縫って進む道を一時間ほども走っていると、エレアーネの息が切れてくる。まだ重力遮断走行のコツをつかみきれていないエレアーネは、身体に無駄に力が入っていて、体力を消耗してしまっているようだ。

道端の草むらに荷物をおろし、その脇に腰かける。

「武器で戦う、という以前に、もしかして運動そのものが苦手なのですか?」

裕は歯に衣着せずにストレートに問いかける。まあ、遠回しな言い方など裕は知らないし、エレアーネにも伝わらないような気はするが。

「そんなこと! な……い……」

勢いよく否定しようとして、エレアーネの語尾は急にしぼんでいく。やっぱり自信は無いようだ。

「石投げるのは、わりに得意なんだけど……」

エレアーネは目をそらしながら、言い訳するようにボソボソと言う。

「他に何か得意なことはありますか?」

裕の質問にエレアーネは俯き、黙り込んでしまう。

「別に、責めてるわけでも莫迦にしてるわけでもありませんよ。人の能力を決めるのに最も大きい要素は、導き育てる者の力なのです。優れた親や師を得られればいいのですが、こればかりは運でしかありません。」

確かに、幼いうちの出会い、人との巡り合いは、自分の努力でどうこうできることじゃない。

現代の地球でも異世界でも、幼児が自分の意思で親や師匠を選べるなんてことは、できはしない。運が悪ければ、物心つく前に親に棄てられたり、殺されたりしてしまう。

そんなのは子ども本人の責任じゃない。

「幸い、あなたには、治癒魔法という優れた能力もあるのです。一つひとつ、努力していけば良いだけですよ。欲を張って、あれもこれも、なんて言っていれば失敗します。」

そうやって言う裕自身は、あれもこれもと言っているような気がするぞ。本当に裕は、自分のことは棚に上げて偉そうなことばかり言う。

「でも……」

「そんなウジウジいうだけなら、そろそろ行きますよ。」

裕は立ち上がって、再び重力遮断魔法を発動させた。

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