第24話 日銭を稼ぎましょう!
「私だってお金がなくて困ってるんです。雇えません。」
「冷たいやつだな。」
「なかなかの目付物だぞ。」
仲間になりたいと言ったエレアーネをあっさり断った裕に、タナササとハラバラスがツッコミを入れる。
「そうは言われても、なにかいい稼ぎになる仕事がありますか?」
「ヨシノたちなら、隊商について行けば稼げるだろう?」
「隊商ですか……」
ハラバラスの提案に、裕は渋い顔をする。この町に腰を落ち着けたいというのが裕の考えなのだ。
「商業組合で仕事の紹介とかってないのか?」
「あ、それは考えたことがありませんでしたね。」
ということで、手早く昼食を済ませると、裕は商業組合へとやってきた。エレアーネも一緒についてきている。
壷の返却はハラバラスとタナササが引き受けてくれた。
「すみません、こちらでは仕事の紹介などあるのでしょうか?」
とりあえず、裕は受け付けに向かい、尋ねてみる。分からないのだから聞いてみるしかないのだ。
「子どもに紹介する仕事なんて無いよ。」
脂肪を蓄えた女性が、鈍重そうな動きで裕を睨み、フン、と鼻を鳴らすと、また書類へと目を戻す。
「私はここの組合員ですよ! あなたじゃ話になりません! 偉い人はどこですか!」
裕は大変に立腹し、声を大にして職員に詰め寄る。自分では迫力があるつもりなのだが、傍から見たら、子どもがぷんぷんと可愛らしく怒っているようにしか見えない。
「ハ。組合員だって? お前みたいな子どもが? 証拠はあるのかい?」
「はい。」
疲れた表情で組合員証を出すと、勝ち誇ったように裕を見下していた職員が顔色を変える。
「ハァ? 何で子どもがそれを持っているの⁉」
女性職員は素っ頓狂な声をあげるが、奥にいた他の職員は割と当たり前の顔をしている。
「その子、お肉の子だろ? シェリラは知らないのか?」
「お肉の子?」
謎の呼び方に、裕は戸惑いを隠せない。というか何だそのデブみたいな言い方は。
「昨日の肉祭り。アンタだろう?」
裕がきょとんとした顔をしていると、奥の方から痩身の男がやってくる。
「肉祭り? なんですか、それは?」
「巨大なイノシシの肉を大量に売っていた子どもはアンタじゃないのかい? かなりの大騒ぎになっていたじゃないか。」
「それは……、私ですね。」
裕は何と答えていいのか口ごもっていると、蓄脂女性が体を揺らしながらやってきた。
「アンタだったのかい! ハンター組合から苦情が来ているんだよ! こっちはいい迷惑さ!」
「は? 苦情とは何ですか?」
「ハンターが狩ってきた獣を、組合を通さないで売ったんだろう? 苦情が来るに決まっているさ!」
何のことかよく分からず、裕がポカンとしていると、鼻息荒く蓄脂女性が捲し立てる。
「は?」
裕は開いた口が塞がらない。
当然だろう。もともと、ハンター組合に納品して終わる予定だったのだ。それが、受け取り拒否されたから自分たちで解体して販売することにしたのだ。文句を言われる筋合いなど全くない。
「あとで苦情を言ってくるなら、最初から受け取っていれば良いんですよ!」
「そういうことは早めに報告してくれるかな。ハンター組合が受け取りを拒否したのだったら、こちらもそんな苦情を言われるのは心外だよ。次からはそんなことがあったら、売りに出す前に必ず言ってくれ。」
「報告が遅くなったことは申し訳ありません。」
裕は、素直に謝り頭を下げる。そんなことになるとは思ってもいなかった、などと言い訳をする価値など無いのだ。
「それでこちらには、どこかで人を募集しているとかの話はあったりしないのでしょうか?」
「隊商の同行者募集は今は無いね。少し前に帰ってきたばかりだし。」
うむ。紅蓮が護衛について行ったという隊商だろう。
「ん? もしかして馬車を持っているのかい? そろそろ収穫の時期だし、領主様が税を運搬する馬車を大量に使うんだ。」
「馬車は持ってないですよねえ。」
税となる農産物の運搬に、裕の重力遮断魔法がどれほど使えるかも分からないし、安易に「魔法で運ぶ」と言うのは避けるつもりのようだ。
「馬車なんかなくたって、ヨシノなら運べるじゃないか。あのイノシシだっ」
「余計なことを言うんじゃない!」
だが、エレアーネは何も考えずにあっさりとバラそうとする。裕は必死にエレアーネの口を塞いで止める。
「私は力を見せすぎなのだと、紅蓮の方たちにも口を酸っぱくして言われているのです。これ以上余計なことを言うようだったら、本当に放り出しますよ。」
裕の恐ろしい剣幕にむぐむぐと言いながらも、エレアーネはなんとか頷く。
「あらあら、仲が良いこと。どっか余所でやってくれないかしら?」
不機嫌そうにシェリラがフンッっと鼻を鳴らし、席へと戻っていく。
「組合員を子ども扱いして悪かったね! でも、馬車が無いんじゃね、紹介できる仕事は無いよ!」
結局、商業組合では仕事の斡旋というのはしていないようだ。あっても、他の町で品薄のものの情報がやってくるという程度のもので、それでも商人としては大事な情報なのだが、この町の中でと限定すると、そんな物は無いという一言で片づけられてしまう。
「職人なら何かあるんでしょうかねえ。エレアーネは何か得意なこととかあるんですか?」
「私、治癒魔法くらいしかできないよ……?」
「うむむむむう。」
裕は必死に考えるが、良いアイディアは浮かばないようである。
二人そろって難しい顔をして屋台広場に戻ってくると、既に壺はなく、ハラバラスとタナササの姿も無かった。
連なる屋台で売られている物を一軒一軒見ていく。
「パンとか、作るの?」
「作れないことはないですが、私がやるだけ無駄でしょうね。」
屋台に並んでいるパンや菓子類は、原始的なものではない。
機械がないために大量生産はできないが、職人技術は決して低くはないのだ。裕は、もともとIT技術者だ。料理を含めて、ものづくりは好きだし比較的得意としていたが、専門職でもない彼のレベルでは異世界知識無双できる余地など無い。
パン屋、焼菓子屋、ジャム屋、チーズ屋、様々な店が並んでいるが、どれも専門の生産職人のレベルの高さが窺い知れる。
「この町って、国の中では端のほうの田舎なんですよね……?」
「知らない。他の町に行ったことないし。」
裕の疑問に答えられるほどの知識はエレアーネには無い。まともに教育をうけていない浮浪児のエレアーネは、今を生きることしか知らない。それはエレアーネのせいではないし、責めても何にもならない。
「知識を得るためにも、町を離れることも必要ですか……」
裕は意を決したように踵を返す。向かった先は、先ほど出たばかりの商業組合だった。
「まだ何か用?」
裕の姿を見るなり、シェリラがフンと鼻を鳴らす。
「家賃の支払いが遅れたらどうなるのです?」
「出て行ってもらうだけさ。」
「隊商に出ている場合は?」
「先払いだよ。帰りが遅れるのが心配なら、幾らか積立してから出発してくれればいい。それを越えたら、まあ、帰って来たら無くなってるけどね。」
日本のように居住権が強いとかいうことは無いらしい。家賃の支払いが遅れたら、即刻立ち退きが迫られるという。
家賃先払いの手続きについて聞くと、急いで書類を作って税金と家賃二ヶ月分を収めてしまう。
締めて金貨二枚と銀貨九十枚。ほぼ金貨三枚程度だ。裕の手持ちの資金はそんなに多くない。
子どもが持っている額としては大きいが、商人の資産として考えると、金貨十枚程度というのはかなり少ない部類だ。
「明日には出発します。エレアーネも準備しておいてください。」
裕は張り切って声を掛けるが、そもそも、特定の家も宿も無いエレアーネには旅の準備という概念が存在しない。常に全資産を持ち歩いているのだ。