第23話 ロリが仲間になりたそうにこちらを見ている
「今、なんて言った?」
顔を引き攣らせて男の子が声を荒くする。
「もう、ゼノメニたちとはやらないって言ったんだ。」
エレアーネは今度は相手の目を見て、決意を込めて言う。
「何でだ! 今まで一緒にやってきただろうが!」
「俺たちとやらないって、どうするんだよ! 武器も使えないくせにどうやって稼ぐんだよ!」
「あなたたちがエレアーネを必要としていないなら、別に出ていこうが止める必要はないでしょう。」
ギャアギャアと喧しい男の子たちに、裕は冷たく言い放つ。
「あなたたちと一緒にやっていたら、近いうちに死んでしまうのですから、早めに抜けた方が良いに決まっています。」
「何だと!」
男の子たちは大変に憤慨した様子で歯を剥き出しにする。まるで野生動物の威嚇だ。
「ゴブリンあたりに殺されてしまうのが目に見えるようですよ。」
「なめやがって! オマエみたいなチビが偉そうに言うんじゃねえ!」
男の子の一人が槍を構える。
「ほう、それで、どうするのですか?」
武器を向けられながらもまるで怯むそぶりも見せずに、裕は相手を挑発する。まあ、実際、こんな子どもでは裕の相手にならないだろうが。
「俺たちはゴブリン退治だってできるんだぞ!」
叫んで裕に向かって槍を振り回す。
「遅い。」
魔法も使わず、山刀を抜きもせず、裕は踏み込んで距離を詰めると同時に左回し蹴りを槍に向かって叩き込む。
そして、そのままの勢いで一回転し、右後ろ回し蹴りを男の子目掛けて放つ。
それを咄嗟にガードしようとして落としてしまった槍に、裕は迷わず飛びついて奪いとる。
「な! 返せ! それは俺のだ!」
男の子は顔を真っ赤にして怒鳴るが、あっさり武器を奪われる方が悪いだろう。
「槍を町中で振り回すものではありません。」
「この野郎! 返せったら返せ! ヴィリウス、ルンディック、手伝え!」
言われて、後ろで見ていた二人の男の子も斧を手に裕を睨みつける。
「お前ら良い加減にしとけよ。」
「ガキだからと、いつまでも大目に見てもらえると思ってんじゃねえよ。」
「俺たちはガキじゃねえ!」
『紅蓮』に睨まれてなお怒鳴り散らせるのは、度胸がある……、のではなくて単にバカだろう。
「ガキじゃねえなら、タダの犯罪者だな。街中で武器構えるようなバカは兵士に突き出すだけだ。」
容赦のない鉄拳が男の子たちの脳天に落とされていく。
「痛え!」
「何すンだよ!」
アサトクナたちは、喚く男の子たちを一瞬で取り押さえる。本当にあっと言う間のことだ。これが力の差というやつだ。
「あのですねえ、街中で武器構えて、殴られて終わりなのは子どもだけなのですよ。」
「当たり前だろ。大人がやれば、ただの犯罪者だ。牢屋で反省するんだな。」
『紅蓮』としては、拳での殴り合い程度なら、子どもの喧嘩ということで割って入るつもりなど全く無かった。男の子が槍を振り回しても、裕が負けるとは露ほども思っておらず、むしろ、裕がやり過ぎないかを心配していたくらいだ。
しかし、複数人が武器を持ち出してこれば、さすがに黙っているわけにもいかない。
ハンターどうしの争いならまだともかく、商人である裕を襲おうとしているのは、ハンターとして止めなければならない。
「離せ!」
「何すンだよ!」
「ズルいぞ!」
何がズルいのかよくわからないが、彼らはとにかく罵りたいのだろう。要するに、語彙が貧弱過ぎるのだ。
「どびし。」
取り押さえられて喚く彼らに、裕はデコピンをしてまわる。尚、効果音は口で言うスタイルだ。
裕の腕力は普通の子どもと変わらない。デコピンをされても、ちょっと痛いだけだ。ビール瓶を粉砕するような威力はだせないのだ。
「自分たちが悪いことをした、という自覚は無いのですか?」
「俺たちが何したって言うんだよ!」
「武器を抜いた。」
裕は冷たく言うが、紅蓮や野次馬たちは頷いている。街中で武器を持って暴れてはいけない、なんて普通の一般市民には当たり前すぎることだ。
「どんなに腹が立っても、武器を持ち出してはいけません。武器を向けていいのは、獣と犯罪者だけです。このようなことは二度としない、と誓えるのなら放してあげます。」
「甘くねえか?」
「子どもに必要なのは教育です。罰ではありません。」
実に日本人らしい裕の言葉に、アサトクナは肩を竦めてみせる。だが、男の子は顔を真っ赤にしてぷるぷると震えだす。
「誰が子どもだ! お前の方がチビじゃねえか!」
「ガキ扱いするな!」
彼らの返答に、アサトクナたち紅蓮の前衛三人は「バカに甘いことを言っても無駄なんだよ」と連行していった。
「……エレアーネは、ちゃんとした仲間を見つけた方が良い。」
「そうだな。仲間があんなのだったら、一緒に犯罪者として捕まっちまう。最低限の常識を弁えている奴にしておけ。」
弓士と魔導士は駐在所に連行されて行くのを見送りながらエレアーネに声を掛ける
「そこなんですが、子どもでもできる仕事ってどんなのがあるのです?」
「いや、お前ら、今さら子ども向けの仕事をするのか? もっと稼げるだろ普通に。」
ハラバラスは笑いながら裕の質問をあっさり却下する。
「ハンターもそうだが、治癒術師を欲しがる隊商なんていっぱいある。ヨシノのあの魔法も、知ったら飛びついてくるぞ。たぶん。」
隊商と言われて、裕は顎に手を当てて考え込む。
「私としては、一か所に落ち着きたいんですよね。家も借りてしまいましたし。」
「紙を作るつもりだったからだろ?」
「それはそうなのですが……」
裕は難しい顔をして考え込む。
「治癒魔法だけでやっていけるものなの……?」
エレアーネの方は、裕とは全く違う次元で悩んでいるようだ。というか、この子も世の中を知らなさすぎるのだ。
「使える魔法のレベルにもよるけどな。お前さん、レベル二を使ってたろ?」
「よくわかんない……」
「分かんないって何だよ?」
自信なさげに目を伏せるエレアーネとは対照的に、ハラバラスは驚きに目を見開く。
「どうやって覚えたんだよ?」
「ハンターの人が使ってるの見て、それで……」
「は? それだけ? 誰かに教えてもらったんじゃねえのか?」
驚きに声を大きくするハラバラスに、エレアーネは怯えたように顔を伏せる。
「脅かさなくても良いでしょう。自分で頑張って覚えたなら、褒められるべきことですよ。」
「いや、ちがう。普通できねえんだよ。」
ハラバラスは師匠について、何日も何カ月も掛けて一つの魔法を覚えていったのだと言う。そして、それが普通なのだそうだ。
「孤児に教えてくれる人なんていないよ……」
「じゃあ、もしかして、お前さん、他の魔法は使えないのか?」
目を剥き、凄い表情のハラバラスに詰め寄られ、完全に怯えながらエレアーネは頷く。
「なんてこったぁぁあぁぁあぁ!」
ハラバラスは天を仰ぎ、頭を抱え、大袈裟に驚き、咆哮する。
「怖いからやめて欲しいんですが……」
「分っかんねえかな! くそう、ヨシノも天才だったか。タナササなら分かるだろう?」
「いや、分かんねえ。」
タナササは突然話を振られるが、冷たく言い放つ。「なんでだよ!」などとハラバラスは叫び、やり場のない気持ちを爆発させているようだが、取り敢えず矛先はエレアーネから逸れたようだ。
「ヨシノ、私を雇ってくれない?」
よほどハラバラスが怖かったのか、涙目になりながらエレアーネは裕に頭を下げた。