22話 ロリを口説こう!

イノシシの残骸を燃やしつつ、裕は肉の売上の集計を始める。とは言っても、袋に入れたお金を数えるだけだ。

売上金は、通常使用している財布とは別の袋に入れているため、本当にただ数えるだけだ。

大雑把に、数キロの肉の塊が一つで銀貨一枚。アサトクナが「それくらいで良いんじゃないか?」と言っていたのだが、それはハンターが組合に卸すときの価格だ。

消費者の手に渡るときにはそこから数割増しになる。

お買い得感のある値段に、総量は全部で約六トンほどもあった肉はすべて売り切れている。

「銀貨で一一三七枚ですね。だから、金貨で十一枚と、銀貨五十九枚ということですね。紅蓮は五人で金貨八枚で良いですか?」

「全然問題ない。というか、一日の稼ぎとしては相当高い額だぞ。」

『紅蓮』の五人は何の不服もなさそうに頷いている。それだけ貰えるならば、裕が多少売り上げを誤魔化していても構わないような感じだ。

「エレアーネは金貨一枚で良いですか?」

「ええええええ⁉」

紅蓮とは対象に、エレアーネは大袈裟な声を上げて驚いてみせる。

「そんなに不満ですか……」

「ち、ちがうちがうちがう! 私がそんなにもらって良いの? ほとんど何もしてないよ?」

「治癒魔法を使ってくれたじゃないですか。見張りもちゃんとしてましたし。」

「それしかしてないよ?」

エレアーネは、お金をもらえて嬉しいと言うよりも、困惑しかないようだ。

「たまたま楽だっただけですよ。大変さで払うんだったら、紅蓮にも払いすぎです。一人銀貨二十八枚とかじゃないですか?」

「おいおい、そりゃあ安すぎねえか? まあ、ヨシノが払うって言ってるんだから受け取っておけ。今回は楽な仕事だった、そういうこともある。」

それでも「何か騙そうとしてない?」と猜疑心丸出しで目を泳がせるのはどうなのだろう。

「楽だったらとかって言うなら、護衛なんてやってられないですよ。何事も起きなかったから報酬は無しだとか言われたらどうするんですか?」

「たまにいるぞ、そんな奴が。」

「本当にいるんですか……」

「まあ、そんな時のための組合だ。毎回手数料は取られるが、客からの金の回収は組合に任せておける。俺たちは取りはぐれの心配をしなくて済む。」

ほうほう。なるほど。

ハンター組合に登録して仕事を請けるメリットはちゃんとあるのか。

「とまあ、そんなわけで、何かあった時のための護衛とか治癒術師は、何も起きなくても最低限の報酬は払わないといけないのです。」

「金があって困ることも無いだろう?」

困惑しながらも、エレアーネは金貨を受け取ると、その頰が緩んでいく。

「金貨なんて生まれて初めて持ったよ。」

「そうなんですか? 一枚くらいなら、ちょっと頑張れば稼げると思いますが。」

「だって、私、力ないし、槍とか無理だよ……」

「いやいや、ちょっと待てよ。お前さんは治癒術師だろう? 武器持って前に出てどうするんだよ?」

呆れたように言うアサトクナをエレアーネは不思議そうな表情で見上げる。どうやら、本当に分かっていないようだ。

「あのなあ、治癒術師は一番安全なところにいてくれなきゃ困るんだよ。真っ先にやられたりしたらどうするんだよ。誰が治すんだよ。」

そのくらいの一般常識も無いのか、とアサトクナは頭を掻く。

「他の人たちは、エレアーネも戦えと言っているのですか?」

裕が不愉快そうに、いや、心底バカにしたように聞くと、エレアーネは小さく頷く。

「前にも言いましたけど、あの仲間のところでやっていたら、死にますよ? だいたい、未熟な者たちだけでやっていくのは無理があるんです。」

「お前が言うな。」

「茶化さないでください。真面目な話なんです。で、あなたたちがどんな関係なのか知りませんが、治癒術師として扱ってくれない人たちと一緒にいて上手くいくはずがありません。」

そう言われても、そんな簡単に今まで一緒にやってきた仲間を切り捨てることはできないだろう。裕ほど無駄に自信があれば平気なのかも知れないが、エレアーネの自己肯定感は高いようには見えない。

「移籍先を探すってんなら、うちに来るのも選択肢の一つだ。鍛えてやるぞ。」

ハラバラスはニヤリと笑う。

「でも、私がいないと……」

「むしろ逆じゃないか? 怪我をしないように工夫したり努力していかないと、先が無くなるぜ?」

ホリタカサは「俺も常日頃気をつけている」と真面目に語る。

治癒魔法がある前提で、傷を負うことに無頓着になるのは危険だ。安全のマージンが無くなり、無意識に常に死と隣り合わせの状態になっていく。

「すぐに治るから良いや、なんて思ってりゃ、すぐに死んじまうさ。」

「ぐほぁ!」

何故か裕がダメージを受けて、がっくりと膝をつく。

「お前なぁ……」

これにはホリタカサも呆れるしかない。

「私が戦う時は常に命がけなのですよ。」

「水トカゲとか余裕だったじゃねえか。」

「あんなのが戦いなわけがないじゃないですか。あれは一方的な狩です。いつだって戦うのは最終手段ですし、怪我をする前提ですよ。」

裕は、通常の獣狩りを、戦いと認識していないのだと強調する。

「戦わなければ倒せないあのイノシシとか、かなり厳しいですね。もっと強力な魔法でも使えるようにならない限り、旨味が小さすぎます。」

「まあ、それが賢明だな。」

裕と紅蓮の判断に、エレアーネは信じられないようなものを見るように目を見開く。

「今回、ほぼ無傷に近い状態で狩れたのは、たまたまですよ。」

「死にはしなくても、大怪我をして逃げ帰ってきて終わり、ってのは十分にあり得る話だ。あの化け物を相手するのは余裕が無さすぎる。一度上手くいったからと図に乗ってりゃ、痛い目を見るってもんだ。」

狩りに対する意識の差は大きいようだ。エレアーネたちは、一度上手くいったら調子に乗って繰り返していたのだろう。

「身の振り方は真剣に考えた方が良い。今の仲間が本当に大切ならともかく、何となく後ろめたい、って程度なら切り離すのも選択肢に入れておけ。」

「どうしても後ろめたいならば、ちょうどそこに金貨が一枚ありますし、それを渡してあげれば良いじゃないですか。」

手切れ金として金貨一枚が適切なのかは不明だが、エレアーネが金貨を触ったことがないことを考えれば、安すぎることはなさそうだ。

三時間ほどかけてイノシシの残骸を焼き尽くすと、もうお昼時だ。

「さて、今日のお昼は何にしましょうかね。」

「昨日の肉が出てるんじゃないか?」

屋台広場に行くと、予想通り、肉が溢れかえっていた。

燻製や干し肉にするならばともかく、生のままでは数日で悪くなってしまう。

「エレアーネ! どこに行っていたんだ⁉」

「あ! またオマエ! ここで何してやがる⁉」

パンや焼肉を買っていると、名前も知らない男の子三人組が口々に叫んで近づいてくる。

「何って、昼食を買っているんですよ。見て分からないのですか?」

「そんなことを聞いてるんじゃない!」

裕が呆れたように、いや、呆れ果てながら答えるも、男の子たちは喚き、まくし立ててくるだけだ。

「エレアーネ! 狩りに行くぞ!」

「……行かない。」

俯きながらも、エレアーネは、はっきりと拒否の言葉を口にした。

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