第17話 巨大な獣を狩りましょう!
「つまり、ヨシノはその四人組の騒ぎ声にひかれて出てきた、と言いたいんだな?」
「森の外とはいえ、森のすぐ側で騒ぐものではないと思うのです。」
裕の言うことは間違ってはいないし、的外れということもない。だが、『紅蓮』としてはイタチが森の外にまで出てきた、ということに違和感を抱かざるをえないようだ。
「森の獣のナワバリは、森の中だけだ。ナワバリの外には滅多なことがないと出てこない。」
「念のためだ。報告はしておいた方が良いだろう。」
アサトクナたち『紅蓮』がガタガタと音を立てて椅子を立つ。裕としても、組合へ報告することに何の異論も無いので付いていく。
「おや、五人そろってどうしたんだ? グレン宛ての依頼は来ていないぞ?」
「いや、念のための報告、情報共有だ。」
アサトクナたちの姿を見て、カウンターの中から組合職員が声を掛けてくる。
老齢のおそらく元ハンターの男性だ。頭髪は薄く、そして白い。ここの住民は人種的に銀髪はない。単なる加齢による白髪だろう。
「何かあったのか?」
「森の外、畑との間のあたりで大イタチに襲われたらしい。」
白髪の質問に、アサトクナは裕を指して端的に説明する。
「で、その大イタチはどうしたんだ?」
「逆に殺してやりました。今、納品してきたところです。」
裕は胸を張って答える。だがそれに、白髪は不快そうに眉を顰める。どうにもハンターではない者が獣を狩るのは気に入らないらしい。
「別に私は獣を狩に行ったわけではありません。文句を言われても困ります。」
何も言われないうちから、裕は言い訳をする。
「まあ良い。いつ、どこで襲われたんだ?」
「三時間ほど前、西の森を北に行ったところです。」
「門からまっすぐ西に行って、そこから大人の足で二、三時間くらいだろう。」
裕の説明に、それじゃ分からないと弓士が補足してくる。
「大人の足で二、三時間でどうやって子供が三時間で帰ってくるんだよ……」
「いや、馬で急げば別に変でもないだろう? この子は商人だ。荷物を持っての移動に関しては俺たちより上だよ。」
裕の魔法のことは上手く誤魔化して話を進める。馬で急いだということで納得したようで、奥から地図を持ってきて詳細な位置を詰めていく。木の板に書かれた地図には、小さな釘が幾つか打ちつけられている。
「西に行ったところから、北に二時間、というとこの辺りか。周りに何か目立つ物とか無かったか?」
「目立つものですか…… 畑の方はみんな似たような様子でしたし、あ、畑の真ん中に大きな木が生えているところがありますよね? それのちょっと先です。」
「一本樫か。確かに普通に行けば二時間、から三時間程度だな。」
裕の説明で紅蓮も白髪も大凡の位置が分かったらしく、地図の一点を指して頷き合っている。
白髪はそこに新たに小さな釘を打ちつける。
「単なるハグレや流れの獣だったら、ヨシノが狩ってしまった時点で終わりなんだが、森の奥で勢力争いが激しくなっているのだと、これきりで収まりはしない。」
深い森の奥は『紅蓮』でも立ち入ることは無いという。そこに棲む強大な獣は時折勢力争いをし、弱い獣は森を追い出されてくる。
弱いと言っても、それは魔窟のような深い森の奥の話で、森の浅いところや森の外で発見されれば、本来は『紅蓮』などのベテランハンターに退治の依頼が出されるくらいの脅威になる。
「西の森は警戒するよう通達を出しておくよ。」
「ああ、何かあってからじゃ遅いからな。」
報告を終えて、部屋を出ようとしたところで、四人組の子どもが飛び込んで来た。
「大変だ!」
「大イタチが……!」
「襲われたんだ!」
「あ! オマエはさっきの! 許さないぞオマエ!」
四人組の語彙の貧困さに、裕だけではなく、『紅蓮』の五人もそろって眉を顰める。
「西の森の外に出た大イタチの話なら今終わったところだぞ。」
「嘘を吐くな!」
「俺たちは今、大急ぎで帰ってきたところなんだぞ!」
「何で俺が嘘を吐かなきゃならねえんだ?」
男の子たちのあまりの言い分に、アサトクナは声を低くする。中級とはいえ、彼はベテランハンターパーティのリーダーだ。醸し出す威圧感はかなり強い。
四人組は思わず口ごもり、後ずさる。
「で、こいつらか? ヨシノの言っていた四人組ってのは。」
「はい、間違いないです。森の外でもこうやってキーキー騒ぐんですよ。ハンター組合では躾はしてくれないんでしょうか。」
「子どもの躾は親の仕事だ。俺たちに振るんじゃねえ。」
呆れたように聞くホリタカサに裕は悪口で答える。これは、わざとに四人組に聞こえるように言っている。
「そっちの方が子どもじゃないか! オマエのせいで大怪我して……、治すの大変だったんだぞ!」
涙目で食いついてきたのはポニーテールの女の子だ。
「まあ、落ち着け。大イタチに襲われたのは西の森の外側を北に行ったところ、で間違いないな?」
白髪職員の確認に、女の子は大きく頷く。
時間もやはり裕と同じく三時間ほど前。
「正確なところは、分からない……」
「子どもにそこまで期待していねえ。場所とだいたいの時間が分かれば良い。」
女の子は項垂れるが、腕時計があるわけでもないし、地図を持っているわけでもない。大まかにしか把握していないのは彼らだけではない。
「ところで、治癒魔法が使えるってのはお前さんか?」
「なんだよ、疑ってるのか? 嘘なんか吐くもんか!」
「疑ってるんじゃねえよ。本当なら、仲間を選べ。そして、世の中を学べ。」
ハラバラスに予想外のことを言われ、女の子は目をぱちくりとさせる。
「真面目な話、その歳で治癒魔法が使えるなら、お前さんには間違いなく才能がある。ハッキリ言って、あっちのガキどもとつり合ってねえ。」
「ふ、ふざけんじゃねえ! エレアーネは俺たちの仲間だ!」
「どうだろう、アサトクナ。二人目が欲しいと言っていたろう?」
「なッ! ず、ズルいぞ!」
男の子たちが顔を真っ赤にして叫ぶが、ハラバラスは全く意に介さない。
アサトクナや他のメンバーも茶化すでもなく、真剣な表情で考えている。
「一つ、言っておきます。」
青褪めて狼狽えている女の子に裕が冷たい視線を向ける。
「今のままなら、あなたは近いうちに死にますよ。治癒魔法にも限度があることはご存知でしょう?」
「どういう意味?」
「今日の大イタチ、戦って勝てる相手ですか? あるいは逃げ切れる相手ですか?」
「勝てるに決まっているだろ!」
一瞬でボコボコにやられて、悲鳴を上げていた子が偉そうに声を荒らげる。
だが、エレアーネは悔しそうに顔を歪め沈黙する。
「では、私たちはこの辺で失礼します。」
裕と『紅蓮』はハンター組合を出て、食事処へと向かう。
もう、日も暮れかけて夕食どきである。
「ビールでいいですか?」
「ああ。」
「すみません、ビール六つお願いします。」
開いているテーブルに着くと、裕は店員を呼び止めて注文をする
「いや、六つって、お前も飲むのかよ!」
「仕事の後のビールは格別でございます。」
涼しい顔で返事をする。
「お前なあ……」
呆れた顔をするものの、それ以上のツッコミは無い。酒は子どもが飲むものではないが、別に法律で禁止されているとかはないらしい。
ビールがテーブルに並べられると、裕は代金を渡す。ビールの値段は、一杯で銅貨二十一枚。六人で百二十六枚だ。
店員の兄ちゃんは、子どもがお金を出すことに驚いた顔をするが、別にそれでどうこう言うことはない。
「じゃあ、お疲れさんってことで、乾杯!」
リーダーが軽く音頭を取り、銘々タンブラーを煽る。裕も一緒になってビールを飲んでいる。もともとは大人だった裕は酒を楽しめるのだ。
「そういえば、話って何だ? 仕事ってのは? さっきのイタチじゃあないんだろ?」
「あれは私も予定外です。お金が手に入って嬉しいことではあるのですが。」
アサトクナが思い出したように切り出してきた。
「獣の狩りではあるのですが、もっと大きいのです。」
それから裕は、森の遥か奥の巨大な獣の話をする。
東の森を越えてずっと先に行くと、崖が続いているところがあり、そこは森がひらけている。
深い森の中は危険すぎるが、そこでならば狩りは出来るのではないか、というのが裕の考えだ。
「どれほど大きいんだ?」
「背丈はアサトクナさんの倍ほどでしょうか。私一人ではどう頑張っても勝つことも、運ぶこともできなさそうなのです。」
「そんなの狩って食えるのか? 皮は今までにないものになりそうだが……」
呆れ顔で言うが、話自体には興味がありそうだ。
未知に対して恐怖もするが、好奇心もある。
「まあ、明日行ってみるか。どうせ仕事は無いしな。」
裕の話に、興味津々に『紅蓮』は顔を見合わせるのだった。