8話 空中に浮かぶ巨大ワニ

小高い山を越えると、木々の向こうに湖が広がっているのが見える。裕達は大きく開けた湖畔を目指して進んで行く。

「水トカゲはかなり凶暴だ。水に近付くときは気を付けろ。」

アサトクナが裕に注意する。つかう魔法がいくら強力で便利でも、防具を一つも身に付けていない裕では、先制攻撃を受ければ一撃で致命傷になってしまうだろう。

森を抜けて湖畔に着いた一行は荷を降ろして狩りの準備を始める。

裕は上空二十メートル程まで飛び上がり、地形を確認し獲物を探す。だが、そう苦労することも無かった。

湖に向かって左側に、水中を動く三つの大きな影。右の岩場にも幾つか動いているのが見える。

地面に下りて『紅蓮』に伝えると、岩場の方に向かう。水中にいるのよりも、陸上にいるものを相手にした方が楽であるし、危険も少ない。

裕達は足音など気にする必要がない。百メートル以上も手前から宙を行くのだ。

上空から近付いてみると、甲羅干しをしている大型のトカゲの姿がはっきりと確認できる。うむ、トカゲというかワニだ。

岩場のワニは六匹。全長四~五メートル程度のクロコダイルだ。

「あれが水トカゲですか?」

裕が小声で尋ねる。

アサトクナは黙って首肯したことで、裕は距離を計りながら高度を落として行く。

六匹全てが射程に収まる距離まで近付いて、裕は重力遮断百パーセントでワニを浮かせる。

その後『紅蓮』のメンバーと共にワニの間合いの外に下りた裕は、ワニが浮く高さを固定するべく魔法を微調整する。

「後は、止めを刺すだけです。」

裕が言って振り返ると、何故か五人揃って項垂れている。

「なあ、これ、俺ら要らないんじゃね?」

「持って帰るのが一番大変なんですよ。このサイズだと、私一人で持ち帰ることはできません。」

苦々しげに言うアサトクナに裕は横に首を振る。そしてワニの腹に大上段に構えた山刀を振り下ろす。しかし、さすがは大型のクロコダイルと言うべきだろうか、非力な裕の攻撃では小さな傷しか付けられない。

「どいてろ。」

ヨヒロが、ずずいと前に出てきて、ワニの首を目掛けて斧を振り下ろした。百戦錬磨の戦士の斧は、一撃で獲物の首を切り裂いて致命の傷を与える。

アサトクナとホリタカサも、やっと出番が来たとばかりに、ワニを仕留めていく。ハラバラスとタナササには出番が無い。

やることと言えば、仕留めたワニを帰る方角に向けて押し流すくらいである。

三分も掛からずに狩りを終えると、帰る準備に取り掛かる。纏めた荷物を背負い、来た方向、西を目指して出発する。

裕は五人に指示を出してワニを一列に並べて少しずつ押し流して行く。山の稜線に出るまでは木々の間を縫って進むのが無難である。こればかりは如何ともし難く、一時間ほど掛けて歩くことになる。

稜線に出ると、水平に加速して時速八キロメートル程度で押し出していく。六匹のワニを紐で繋げてバラバラにならないようにしたうえで宙へと放ち、直後に『紅蓮』とともに重力遮断を掛けてのジャンプで、裕たちは一気に森を飛び越えて行く。

上空高く飛び、歓声とも悲鳴もつかない声を上げる五人。裕は着地ポイントを見極め、重力遮断を微調整しながら下降していく。

地面に降りたあと、再び一行は森を進んでいく。森を一気に飛び越えるほどの勢いはないので、どうしても森は歩いて抜けることになる。

だが、森を抜けるのにもそれほどの時間はかからなかった。二時間ほどで草原にでて、そこで一行は休憩を取る。ホリタカサがそこらに食べられる果実が生っているのを発見し、取りに行く。

裕は少しでも休むべく、草叢に横になっていた。

「大丈夫か?」

「お腹がペコペコです。朝食を食べるのを忘れていました。」

ホリタカサの心配に、裕は空腹を訴える。

予想外の答えに『紅蓮』は揃って苦笑する。

「狩の前は食べないからな。」

アサトクナが言って、パンを一つ裕に向かって放り投げる。

果物とパンで軽い食事を済ませると、進路を南に取って出発する。ワニ六匹を運ぶ復路は、往路ほどのスピードは出せない。

裕の重力遮断魔法は、重力場からの影響を消すだけで、慣性には影響を与えない。一匹で四百キロ近くもあるワニに初速を与えるのは大変である。それでもスピードが出てしまえば等速直線運動で飛んで行くので、開けた場所での巡航速度はそれなりに出せる。

しかし、間違って挟まれでもしたら潰されてしまうし、裕から離れ過ぎると魔法の効果が切れてしまう。

どうしたって出せるスピードは時速にして十五キロメートル程度が精いっぱいだった。しかし、そうはいっても、そこらの馬車よりも早いのだから、この魔法の便利さは尋常ではない。

町までの距離は八十キロメートル弱。休憩を挟んでも、夕方には町に着く見込みである。

太陽が中天を過ぎ、裕は川を飛び越えたところで休憩を提案する。裕が休みたいと言って反対する者はいない。走っている間に裕の魔力が尽きれば大変な事になる。往路であれば転倒する程度だろうが、その上に巨大なワニが落ちてきたのでは堪ったものではない。

裕が横になって休んでいる間に、タナササとハラバラスが水鳥を仕留めてきた。二人は獲物を手早く捌き、串に刺して火で炙る。水トカゲ狩りでは、全く出番がなかった二人が役に立つ事を見せつけたのだった。

少し遅めの昼食として焼鳥に囓りつき、裕は元気を取り戻す。食べ終わり、再び移動を開始する。

重力遮断で運搬しながらの移動にも慣れてきて、スピードは徐々に上がってきている。裕はそのスピードに付いていけず、ワニと一緒に押されて運ばれていた。

陽が傾き、影が伸びてきた頃、街門前に到着した。六匹ものワニを引き連れて来た『紅蓮』に、門番の兵士がドン引きしている。アサトクナが狩から帰って来た旨を告げ、一行は門をくぐる。

『紅蓮』は兵士たちに名前と顔を覚えられる程度には知名度があるようだ。

あとは、トカゲを納品すれば、仕事は終了である。

周囲の人たちの注目を集めながら、アサトクナを先頭にコモワト商会に向かう。

水トカゲの納品先はハンター組合ではなく、コモワト商会なのだそうだ。ハンター組合に納品しても、結局はコモワト商会に運ばれて、商会に所属する職人たちによって加工される。

ならば、直接紹介に運んだ方が手間が省けるというものだ。

連なる水トカゲをコントロールしつつ、角を幾つか曲がりながら進み、商会の前で止まる。

裕たちが一匹ずつ丁寧に並べている間に、アサトクナは商会に入り、主を呼び出す。

「水トカゲを納品に来たんだが、まず見てくれないか?」

慌てて店主が出てきて、並べられた水トカゲに驚く。

「六匹で金貨十二枚。それで問題ないな?」

「そんなにいっぱい、どうしたのです?」

アサトクナの質問に、店主が質問で返す。

「いやな、ちょっと時間があったんでな。運搬に便利なモンがあるんだ。それで、水トカゲ一匹につき金貨二枚で間違いないな?」

アサトクナは裕を指して答えながらも、金額について念を押す。

「少々お待ちくださいよ。」

店主は一匹ずつ、トカゲの状態を検める。剣や魔法でズタボロになっていれば、当然に評価額は下がるのだ。

「はい、六匹とも状態もとても良いようですし、一匹金貨二枚半で何の問題もありません。」

店主は笑顔で答えると、受領書の木札を書いてアサトクナに渡す。この受領書をハンター組合に提出することで、『紅蓮』は報酬のお金を受け取れる。

『紅蓮』と裕の間での金の分け前は既に決まっている。一人一匹、と言うことで金貨二枚なのだが、魔法を教えてもらったと言うことで、裕の取り分に金貨一枚が増やされることになったのだ。

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