4話 非常識な子ども

神官達に礼を言って、裕は神殿を後にする。

「どこか泊まる当てはあるのか?」

「どこか良い宿を教えて頂けますか?」

裕はハンターの問いに質問で返す。

「じゃあ、今日はウチに泊まっていけ。色々話を聞きたいし、子ども一人が寝る場所くらいならある。」

弓士が軽く言い、『紅蓮』の他のメンバーが首肯したことで決まった。

その後、裕の服の注文を済ませ、屋台で適当な食べ物を買って、ハンターパーティ『紅蓮』が拠点としている家に集まる。

「さて、先刻の続きだが、まず、お前さんは何者だ?」

椅子にドカッと乱暴に腰かけると、大男が早速切り出した。

「済みません、名乗っていませんでしたね。私は好野裕です。ヨシノで良いです。ヨシノゥユーはやめて下さい。」

取り敢えず自己紹介をし、紅蓮のメンバーも自己紹介を返す。

リーダーのアサトクナ、槍士

ホリタカサ、斧士

ヨヒロ、斧士

タナササ、弓士

ハラバラス、魔導士

全員が男性の第四級パーティとのことだ。

「何が気に入らなかったのか知りませんが、領主様に町から追放されました。それで東に向かって旅をしていたら化物にやられて、北に逃げている途中で気を失って、気がついたら神殿のベッドの上でした。」

裕が簡単に説明をすると、紅蓮の面々が呆れた顔をしている。

いくら何でも、省略しすぎである。そんな説明で理解できる者はないだろう。

「いや、追放って何したんだよ? その金はどうしたんだ? 盗んだのがバレたとかじゃないだろうな?」

アサトクナが疑ってかかる。子どもを追放するなど普通ではないのだから、訝しむのは当然ではある。

「きっと、私が強すぎるのが悪かったのかなと思っています。」

裕が正直に思っていたことを言うと、『紅蓮』の五人の呆れ顔のレベルが何故か上がっている。

「町がモンスターに襲われて、その時に戦ったり、骸骨兵を操っていた不死魔導士を倒したりしたから……」

裕の説明に、ハンターたちはそろって瞑目している。

「まず、モンスターの襲撃ってのはどんな規模だ? 種類と数は分かるか?」

「ゴブリンが二十八くらい、オークが十四、オーガが七、狼が十四、熊が二、骸骨兵が四十二くらい。それが一回目です。」

ほうほう、と頷きながらアサトクナの質問が続く。

「それをどれくらいヨシノがやったんだ?」

「ゴブリンと骸骨兵のほとんど全部と、狼が五、オークが一、いや二ですね。ハンターの方達が敵の注意を引きつけてくれていたのは大きいんですけどね。」

裕が指折り数えながら説明するが、アサトクナたちは疑いの表情が濃くなる。

「それが一回目ということは、二回目もあったのか?」

「はい。二回目はオーガばかりが十ほど。そのうち三匹を町の人達と協力して倒しました。その後、森に大量発生していた骸骨兵を、二人のハンターと一緒に一三七二体くらい倒して……」

「いやいや、三人で一三七二っておかしいだろ。お前さん、数は数えられるのか?」

さすがに一個大隊に匹敵する数は信じがたいようである。子どもが大袈裟に言っている、というよりも、一桁間違えたと考えた方が納得いく。それでも九十八は十分に多いのだが。

「莫迦にしないで下さい! 少々の数え間違いは多少はあると思いますが、少なくとも一〇七六は超えています!」

「分かった、分かった。で、不死魔導士はどうやって倒したんだ? 相当に強力な魔法か、魔法道具を使わないと倒せないだろう?」

そのあたりは魔導士であるハラバラスは気になるようだ。不死の魔導士を相手にする場合、普通は、決め手になるのは魔導士の魔法なのだ。気にならないはずもない。

だが、裕の答えは彼の想像の遥か異次元の彼方のものだった。

「上から大岩を落として下敷きにしてやりました。一ヶ月後も何の変化もなかったから、それで終わりです。」

「どんな倒し方だよ! だいたい、大岩を落とすってどうやったんだよ?」

紅蓮の人達は中々ツッコミが激しい。

「岩を宙に浮かせて運んで落としただけですが……」

「浮かせて? そういえば、最初にヨシノを見つけた時、浮いてたよな。あれ、どうなってるんだ?」

「宙に浮く魔法ですが……」

ハラバラスの眉間の皺が深くなるとともに、段々と裕の歯切れが悪くなってくる。

「今できるか? それ」

ハラバラスの問いに、裕は魔法の発動で応える。重力を遮断されて浮き上がる紅蓮の五人。

「ちょっとまてええええ!」

「何だよこれ!」

『紅蓮』は突然のことにパニックになる。

体感重力が極端に小さくなったら、人は落下していると認識するものだ。それに驚かない方がオカシイ。

「って、お前、詠唱しなかったろ今! 魔法陣とかあるのかよ!」

「え? そんなのありませんが……」

「詠唱も魔法陣も無しに魔法なんて使えるわけないだろ?」

「え? 使えないんですか?」

「ちょっとまってくれ。話の前に下ろしてくれないか?」

タナササの要求に裕が重力遮断を解除し、『紅蓮』の五人は無重力の檻から解放された。

「で、それをどこで覚えたんだ?」

「他にどんな魔法を使えるんだ?」

「こんな魔法使えたら無敵だろ、って負けたの誰にだよ?」

『紅蓮』のメンバーから口々に質問が飛ぶ。

「この魔法は、ふと思って、試してみたら使えました。」

裕としては、これは事実そのままなので、それ以上説明しようが無いのだ。

「他にはどんな魔法を使える?」

「明かりの魔法と、火の魔法、それに昼にする魔法、あと、洗濯の魔法が使えます。」

「いや、火の魔法以外聞いたことが無いんだが。それと明かりは魔法じゃなくて魔術だろ?」

裕の非常識な回答に、ハラバラスは呆れたように首を振る。

「え? 昼にする魔法は驚かれたことしかないから分かりますけど、洗濯の魔法は神殿で教えてもらったものですよ? みんな知っているんじゃなかったんですか?」

裕はその魔法を教わったのは以前にいた町で神殿に世話になっていたころだ。教えてくれたのも、同じく神殿で世話になっている女の子だ。十歳の女の子が普通に使っていて、他の子にも教えているのだから、裕がこれをメジャーな魔法なのだと勘違いしても仕方がないだろう。

だが、実は洗濯の魔法はオリジナルが開発されてからそれほど経っておらず、近隣の町くらいまでは広がっているが、領外、ましてや国外にまでは広がっていない。

「いや、聞いたことがない。」

「私が以前お世話になっていた神殿の子ども達が普通に使っていたんだけど、あの町だけなんですかね? 子どもでも簡単に使える石鹸要らずの便利な魔法ですよ。教えましょうか?」

普通は魔法など簡単に教えるものではないのだが、神殿の孤児が普通に使っているものを秘匿することもない。

「あと、私の明かりは魔法です。」

言って、蛍光灯の光を頭上に放り投げる。

「また詠唱無しか…………」

ハラバラスが苦々しく言う。

「簡単な魔法ですし、詠唱は要らないですよ。」

裕はあっさりと言う。

「昼にする魔法ってのは何だ?」

「小さな太陽を呼び出す魔法です。」

「莫迦げている! そんなことできるはずがない!」

裕の陽光召喚は、いつでもどこでも大変に不評である。そして実際に見たことのない人の反応はみんな一緒だ。

「後でお見せしますよ。」

裕は溜息を吐きつつ言う。ハラバラスの反応は重い。自分が知らない魔法ばかりを使えるのがショックなのだろう。

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