080 優勝! やはりクラン勢は優位
驚くべきことに、伊藤さんに必死に食い下がるのは一人だけではなかった。八回戦、九回戦の相手は一撃、二撃で沈んだが、十回戦から四人は伊藤さんに一撃を浴びせることに成功している。
何度も試合を見て、伊藤さんの動きに慣れてきていることもあるのだろうが、十四回戦以降は再び一方的な試合となってしまったことから、彼らの強さは窺えるというものだ。
「優勝は七番と十二番のどっちかだろうな」
「武術でもやってるんだろうね、他の人とは格が違うよ。あれなら僕たちが出ても良かったのかもね」
予想は色々あるが、トーナメント表によれば七番と十二番は準決勝で当たることになる。決勝の相手は誰になるのかは読めない。
伊藤さんの試合は秒殺も多く、ものすごい勢いで消化していったが、トーナメントの方はなかなかに時間がかかっている。二試合を同時にやっているが、一試合が普通に五分以上かかったりもする。
「お互いに回復しながらの戦いはめっちゃ長引くな」
「両方ともなんとかして勝ちたいのは分かるけど、ダラダラ感がね」
剣王チャレンジは回復の暇なんてない、息つく間もない緊迫した戦いだったが、通常トーナメントは少し緊張感に欠ける。
なんというか、手に汗握る戦いじゃあないのだ。決して盛り上がらないわけではないが、剣王チャレンジの後だと余計にショボく見えてしまう。
そんな中、伊藤さんは請われて闘技場の隅で剣の構え方について指導をしていた。
『勝者に賞賛を! ベストエイトが揃いました!』
伊藤さんが十八試合を終えてから十分以上が過ぎて、ようやく緒戦終了のアナウンスが流れる。そして、ここで勝者予想の賭けが始まるらしい。
「今から賭けるの? なんで最初からじゃないんだろう?」
「みんな誰がどれだけ強いとか全然知らないからな。賭けてくれって言われても当てずっぽうにしかならないし、応援したい人ってのもなかなかいないだろ」
言われてみれば、始まる前だと情報が少なすぎて誰に賭けるかもないか。
「じゃあ、わたしは十二番かな」
メニューを開くとイベント特別項目なるものが増えている。そこから今回の戦いのビデオを観ることもできるらしい。
手持ちのお金から五百Gを突っ込んでやる。
「俺は七だな」
「十も結構上手かったよな」
人によって様々な予想がある。誰が最も強いかは、対伊藤さんの結果だけで判断できるものではない。何しろ、伊藤さんは魔法を全く使わないガチの近接戦闘スタイルだ。多くの人は魔法を織り交ぜて戦うスタイルだ。伊藤さん相手に魔法を使う余裕がある人はほとんどいなかったけど。
着々と試合は進んでいき、わたしの予想は見事に外れた。
やはり、魔法への対応力も重要なようだ。そう考えると、剣技だけで対応できてしまう伊藤さんって化け物なんじゃないかと思う。
「くっそ、十が来るとは思わなかったよ」
「あの十番は魔法の使い方が上手いんだよ。セコイアのやり方に似てるよな」
「そう? 僕は七番だと思ったんだけどなあ」
そのセコイアは十番よりも七番の評価の方が上だったらしい。それだけみんな見ているポイントが違うということだ。
『優勝者、ニャン吉様には優勝賞金十万G、さらに副賞としてメダル十枚が贈られます!』
準優勝でも三万Gをもらえるらしい。なお、伊藤さんは十八人抜き達成で九万Gもらえるということだが、ちっとも全く喜んでいない。そもそも伊藤さんにはそんなゲーム内通貨の使い途なんてのはないだろう。だからといって、何も無しというわけにはいかず、取ってつけたような賞金だ。
「そういえば、上位者はクラン入ってるのかな?」
「ニャン吉とステファンはウチだけど、他二人は『雑木林』じゃないのか? うちのメンバーじゃないぞ」
わたしの呟きを聞きつけて、近くにいた男がそう言う。ということは、彼はお隣のクラン『白霧』の人か。意外なことを言われたが、わたしが全然考えていなかっただけで『白霧』のメンバーが大会上位にいるのはなんの不思議もないことだった。
「今回は、わたしたちは辞退しといたのよ。これで三つめのクランできてくれるといいんだけど」
「可能性はあるけど、あっちの方が勢力としては大きくなりそうだぞ?」
白霧の人が指すのは伊藤さんを囲んでいる人たちだ。二十人くらいが基本的な構えや歩き方から指導されている。
「そういえば、道場の件はどうなったんだろう?」
『運営よりお知らせです。明日、早朝四時より軽微なアップデートのため、午前七時まで闘技場および市役所二階、三階を閉鎖させていただきます。また、アップデート中はクランホームのメニューも一部使用できなくなるのでご注意ください』
わたしの疑問に応えるかのようにアナウンスが流れる。入賞者の発表と次回大会に向けてのアンケート募集などは終わったらしい。
このタイミングでのアップデートの通知ということは、道場が緊急で実装されるということだろうか。クランメニューにも手が入るようだし、色々と期待してしまう。
そして、時間は二十一時だ。伊藤さんはこちらに来て一言だけ「今日は時間だから」と言って帰還の水晶を使ってホームに帰っていった。律儀にCPを突っ込みに帰ってくれるあたりが伊藤さんだ。
「ねえねえ、白霧って今メンバーいる? 上位入賞者とも話がしたいのよね。おーい、二位のファントムさんに三位の武尊さんっていますかー?」
大声で呼びかけたらまだそこらにいたのか、二人はやってきた。白霧の人がメールしてくれて、ニャン吉とステファンも合流する。
「んで、何の用? クランメンバーの引き抜きはやめてくれな」
「ちょっと実力者の皆さんとお話ししたいことがあるのよ。体育館裏まで来てくれる?」
「どこだよそれ」
「オレら相手にカツアゲって凄えな」
そんな冗談は置いといて、とりあえず落ち着いて話せるところということでクランホームにお招きすることにした。とは言っても、お茶の一つも出すことはできない。
「へえ、これがクランホームってやつか」
クラン未所属の二人は珍しそうに室内を見回すが、白霧の人たちは別にどうと言う反応もない。まあ、まだ家具もないし、驚くようなことは何もないけどね。
「で、本題なんだけど」
「おう」
「このゲームってプレイヤー相手に追い剥ぎできるって知ってる?」
「は?」
いきなり確信に触れたらニャン吉らは非常に非難がましい声を発する。が、わたしは誰かを襲ったことはない。決して卑劣なことをして最初のクランを作ったわけではないことは主張しておく。
「っていうか、僕らもそれ試していなかったんだけど、やっぱりできたんだ」
「私とユズさんで試してみたんだけど、どうやらできるっぽいんだよね」
「マジか……」
セコイアやツバキとも話をしたことがあるが、クランメンバー内だと強奪扱いにならず普通の受け渡しとされてしまう可能性も高いため、本当にできるかは試せていなかった。ミスミストとやってみて初めてアイテム強奪が可能と分かったのだ。
「つまり、俺たちに強盗はするなって言いたいわけか?」
「まあ、そうだね。上位者が率先してプレイヤー狩りやってたらゲーム潰れちゃうし」
「対人戦やりたいなら闘技場でやろうぜって話だ。俺でよければ相手になるぞ」
ツバキの補足にわたしも頷く。わたしたちは基本的に、みんなでゲームを楽しもう、というスタイルだ。あまり殺伐としてしまっては、ゲームの楽しみも半減してしまうだろう。
恐らくだが、ここに来ている人は少なからずそう思っているだろう。そうでなければ、既にプレイヤーを狙って動いていてもおかしくはない。装備アイテムの強奪という目的がなくても、プレイヤーキルをしようとする者は多くのゲームに存在する。それができる実力がありながらしていないのは、するつもりがないからだ。
「心配しなくても弱いヤツを襲ったりはしねえよ」
「格闘技とか武術とかやってるのってオレだけじゃないと思うけどさ、誰が一番強いかとかってのはやっぱ凄え気になるよ。だけど、喧嘩売る相手と場所くらい弁えるって。いくらゲームだからってイジメみたいなことはしねえよ。何かありゃ、そっちの兄ちゃんの言うように闘技場で決着つける分には問題ねえだろう?」
「まあ、しばらくは鍛え直しだけどな」
大会上位入賞者でも伊藤さんに勝てた人は一人もいない。そこそこ勝負になっていた人はいたけれど、本人としては格の違いを思い知らされたらしい。
なんだかんだ言いはするが、闇討ちなど卑怯なことをして勝っても意味がないとか、明らかに格下を狙っても面白くないということでは意見が一致するようだ。
「そっちの二人も強くなりたいなら、クランに入るか作るかした方がいいよ」
「そんなものか? 仲間とつるんで強くなるとは思えないけどな」
「いや、クランホームには訓練場ってのがあってだね、リスクなしで色々できるんだよ。特に魔法の練習は訓練場でやってる人が絶対に有利だし」
わたしの説明に白霧の面々は大きく頷く。まあ、優勝者を出している彼らはクランのメリットを享受しているというのは分かるだろう。
「他にクランのメリットって何あるんだ?」
「ゲームやる上では色々あるよ。倉庫とか各種工房とか」
「生産系はあまり興味ないんだよな」
「せっかくのフルダイブなんだかたバトルだろ」
まあ、今回呼んだのは武闘派の皆さんだ。そんな意見ばかりなのは仕方がない。それでも、色々なアイテムをしまっておける倉庫はあると便利だと思う。それに、湖畔は訓練の役にも立つ。
「湖畔とか見てみると良いよ」
「あれ、マジですごいよな」
白霧も湖畔は取ったらしい。ならばあれのメリットは採集だけではないことも分かるだろう。