079 白熱! 武闘大会剣王戦!
十九時を過ぎると、伊藤さんもログインして闘技場へとやってくる。それに合わせたかのように、いや、実際に彼女の入場がトリガーなのだろう、第一回武闘大会の本戦開始のアナウンスが流れる。
『本戦出場者は剣王を含めて十九人。剣王を除く十八人でトーナメントを実施、また、十八人には剣王への挑戦権が与えられます!』
以前にはあまり特別扱いできないとか言っていたようなきがするが、伊藤さんだけ完全に特別枠にすることにしたらしい。
剣王に勝利すればそれだけで特別ボーナスを得られ、伊藤さんの方は挑戦者を退けるごとに報酬を得られるというルールだ。それとは別にトーナメントが実施されるが、そちらには伊藤さんは参加資格を持たない。
続いて、正面のモニターにトーナメント表が映しだされ、一人ずつ名前が呼ばれて組み合わせが決まっていく、
『では、最初に剣王に挑戦する方を募集いたします。本戦出場者ではなくても構いません。チャレンジャーに求められることは一つ、できるだけ剣王の手の内を暴くことです!』
最初に伊藤さんに当たる人はそれだけで不利だ。伊藤さんの戦い方を事前に見ておくことができるようにという計らいらしい。
「僕がやるよ」
名乗りを上げたのは、なんとセコイアだ。いや、確かに伊藤さんの次に強いのは彼である可能性は非常に高い。私は武器の恩恵がなければセコイアに勝てないくらいだ。
スポットライトが当たる二人の姿が消え、正面の大型モニタに大写しになる。草原らしき場所に立つ二人は、二十メートルほどの距離をあけて立つ。セコイアは右手に剣を構えている一方で、伊藤さんの方は剣を抜いてすらいない。
セコイアの初手は、伊藤さんがまだ知らないはずの剣技からだ。右手の剣を体で隠すように構えると、全身が淡く光る。その直後に伊藤さんは横へと走るが、セコイアはそのままスキルを発動させる。
『地雷』を放つ瞬間を見計らったように伊藤さんは大きくジャンプするが、魔法の余波は伊藤さんの体勢を崩させる。そこにダッシュで突っ込み、右薙ぎからの刺突を放つ。
「なんでアレを躱せるの?」
「ありえねえって。伊藤さんはあのスキル初見だろ……」
歓声が上がるなか、わたしはツバキやヒイラギと愕然としていた。真っ向からの剣スキルはわたしでもどうにかできるものだが、それを困難にさせるのが魔法との合成スキルだ。特に地雷との組み合わせは極悪で、発動されたらわたしには防げない。
それを簡単に対処して見せたのだ。伊藤さんの強さは並大抵ではなさすぎる。
だが、セコイアもそれで終わりはしなかった。左手を振ると、至近距離から電撃が伊藤さんを捉える。
「電撃杖⁉ ︎」
「やりやがったぞ、あの男! 盾の裏に隠し持ってたのか!」
わたしたちは驚愕するが、セコイアの攻勢はそれで終わりはしない。さらに剣と盾を振り、連続攻撃を放っていくと、そのうちのいくつかは伊藤さんの身体を捉える。
だが、掠る程度の攻撃では伊藤さんの『剣王の鎧』や『剣王の守り手』の防御力の前に、それほどのダメージを与えられない。わたしの無傷シリーズと違って、剣王シリーズは真っ当な防御力を持っているはずだ。
セコイアの猛攻が続くなか、伊藤さんがついに抜剣した。そこからのセコイアは当たらなくなった。唯一届くのは電撃杖による攻撃だけだが、それだけで伊藤さんが倒れてくれるはずもない。
伊藤さんは剣だけではなく、蹴りや掴んでの投げ技も使ってくる。セコイアのHPはみるみるうちに削られてゼロのなった。
「どうやったら勝てるのさ……」
戻ってきたセコイアはがっくりと項垂れて言う。セコイアも頑張ってはいるのだが、伊藤さんのHPは一割も減っていない。
「まず、武器強化しないと無理じゃない? ダメージ全然入ってないもん」
「鎧がないところを狙えばなんとかならんか?」
「逆だよ。急所狙いは全部読まれんだよね……」
鎧が無くて狙いやすい箇所はそう多くはない。そこを狙えば伊藤さんには丸わかりらしく、簡単に防がれてしまうとセコイアは言う。
結局、鎧の上から攻撃するしかなく、それでもダメージを通すには腕力や武器自体の攻撃力が必要だということだ。
しかし、それでも最初の挑戦者が意気込んで場内に転送されていった。
「一撃、だ……と……?」
「鬼かよ、あの剣王」
雄叫びをあげて突進していった最初の挑戦者だったが、体勢を低くし迎え撃った伊藤さんの伸び上がるような一撃がその首をとらえた。当然のようにクリティカルのオレンジ色のエフェクトも発生し、それだけでHPはゼロになってしまったのだ。
二番手も三番手も一撃で秒殺されてしまい、これは大会が台無しになってしまうのではないかと思ったが、四番目の挑戦者はそれまでと違う雰囲気を持つ男だ。
何しろ、彼の持つ武器はわたしと同じ『無傷の勝利者』だ。攻撃力は、他の人と段違いであることは間違いない。
四番目の無傷の挑戦者は、最初からスキルの構えだ。もしかして、スキル合成も知っているのだろうか。そう思いながら見ていると、伊藤さんも同じ構えで迎え撃つつもりのようだった。
「剣王って剣スキルは持ってないのか?」
構えはしても伊藤さんの身体は光らない。剣スキルなんて一つも取っていないのだが、そこに疑問を持つひともいるようだ。
「あの人、全部、自前のスキルだからね。むしろ、伊藤さんの動きをスキルに取り込んだ方がいいんじゃない?」
「あー、それはアリかもな」
「相手の動きを見切るのはスキル化できるのかな? そこが生半可じゃないんだよ、伊藤さんって」
そんなことを言っている間に、無傷くんは一撃でやられてしまった。見掛け倒しかよ……。
その後、五回戦の相手は弓を一射したが、矢をあっさりと剣で弾かれた上に距離を一瞬で詰められて終わってしまった。
「うおお! すげえ、凌いだぞ!」
六回戦の相手が伊藤さんの初撃をなんとか剣で逸らしただけで大騒ぎだった。そこから魔法で反撃を試みるも、あっさりと出端を斬られてしまう。さらにもう一撃入れてくる伊藤さんの右の剣を盾で防ぎ、突きを狙う。
しかし、伊藤さんの方が上だ。踏み込んで相手の懐に入り、肘打ちとアッパーを叩き込みつつの背負い投げを見事に決める。倒れたところに剣での止めの一撃が決まり六回戦も終了した。
七回戦の相手はさらに盛り上がることになった。
「僕たちより強くない?」
「武術でもやってるんじゃないのか?」
剣と魔法を織り交ぜながらの攻撃は、伊藤さんと渡り合っているというのに値するものだった。なんといっても、伊藤さんが初めて剣の攻撃をまともに受けたのだ。と思ったら、伊藤さんは一度距離を取り『剣王の双翼』の一本を相手に投げ渡す。
「何のつもりだ?」
「交換しろ。剣の性能の差などという負けた言い訳をされてもつまないからな」
伊藤さんの『剣王の双翼』の攻撃力は千八百。相手の剣は五百程度のヘッポコ仕様だ。実力が同じならば、剣の差で伊藤さんが勝つに決まっている。
「随分な自信だな、後悔しても知らんぞ」
「大きな口は勝ってから叩くが良い」
「そうさせてもらう!」
伊藤さんもすごいが、相手もかなりの自信家のようだ。二刀流から剣一本になった伊藤さんに向かって猛然と踏み込む。そこに伊藤さんの剣が水平に薙ぐが、上体を逸らし紙一重の距離で眼前にやり過ごす。
二刀流ならばともかく、剣を一本しか持っていなければ振り抜いた直後に隙が生じる。そこを狙って反撃が振り下ろされる。身体を捻ってそれを躱した伊藤さんは、そのままの勢いでステップを踏み、回し蹴りを放つ。相手も足でそれをガードすると、後ろに退がりながら剣を右に薙ぐ。
「なんか凄えぞ!」
「いけーーー! 剣王を倒せーーー!」
目まぐるしい攻防に観客も沸き立つ。相手もメチャメチャ強い。
よくあるアニメなどの攻防と大きく違うのは、二人とも足を使うことだ。相手の動きを崩すために走り回るのはもちろん、普通に蹴りが繰り出される。あれくらい強ければ第三階層くらい突破できそうなものだが、何故、未だわたしたちだけなのか理由が気になる。
何度か剣を合わせるも、技量に関しては伊藤さんの方が上のようだった。相手の手首にクリティカルが決まったのを皮切りに、何度か連続して伊藤さんの攻撃が相手の身体をとらえてHPを削っていく。とは言っても、相手の攻撃も決まらないわけではない。二人の決定的な差はクリティカル率で分かろうというものだ。
最後は伊藤さんの奇跡みたいな技で終わった。
相手の袈裟懸けの振り下ろしを振り上げた剣の柄尻で止め、そのまま捻り込みながらの斬撃が相手のHPをゼロにした。
そうしている間にも、トーナメントは行われている。ただ、伊藤さんとの戦いを見ている限りでは、レベルというか戦闘能力に大きな差がある。これは対人戦に特有の差である可能性も高い。
動きのパターンが決まっているモンスター相手ならば、動きの先読みはそれほど難しいことではない。初見ならばともかく、何度もやっていれば同じ動きしかしないのは明白だ。同じように踏み込んで、同じように武器や爪を振る。
これは、対人戦でも剣スキルを多用する相手ならば同じことが言える。ゲームをもっと進めていけば剣スキルも十や二十くらいは習得できるのだと思う。だが、現時点で習得している剣スキルはそう多くない。つまり、簡単に動きを読まれ、対応されてしまうということだ。
それを分かっている人は剣スキルをほとんど使わない。セコイアがやって見せたのが大きいのか、地雷の魔法に合わせて体勢が崩れたところを狙うやり方が主流になりつつあるようだった。