075 隣人! 友好を深めよう
昼食後すぐのログインしたものの、クランホームには誰もいなかった。メンバー一覧を見ると、ヤナギとクルミはログインしているが、何処に行ったのか姿はない。訓練場に入っている様子もなかった。
そうなるとわたしにできることは少ない。レベルが三十を超えてしまったため第三回層ではレベル上げができず、第四階層に一人で行く気もしない。
一人ででもできる訓練はいくつかあるし、たまには弓の練習でもしていようかとも思ったが、町の中をあまり見ていないことを思い出した。
闘技場や市役所など、用のない所にはほとんど行っていない。裁判所などもあったはずだが、裁判なんて行われているのだろうか。
目立つ『無傷』装備は外してホームの外に出てみると、近所に家が増えていた。近所といっても、数十メートルは離れているのだが、全部で四軒しかないし、あれらは全部ご近所さんで良いだろう。
「ごめんくださーい。どなたかいますか?」
とりあえずお隣のログハウスに行ってドアをノックしてみる。リアリティの低いこれまでのゲームではノックもなしにいきなりドアを開けて上がり込んでいたが、さすがにそれは失礼に過ぎるように感じる。
「もしもーし、お留守ですかー?」
「開いてるよー」
再度、声をかけてみると中から返事があった。ドアを開けてみると、外から見たよりも大きな空間がが広がっていた。
広いホールの左右には扉が並び、正面の奥には螺旋階段が上階に伸びている。家具の無い室内はやたらと広々として見える。そう高くはない天井には、幾つもの電球が並び室内は明るい。
「おお、既に拡張済み?」
「それ知ってるってことは、そっちも家持ち?」
呟きに返事があった。
「うん。わたしはユズ。隣のクラン『雑木林』だよ」
「ああ、あの……。私はミスミスト。クランは『白霧』よろしくね」
なにがどう『あの』なのか気になるが、そこは取り敢えず横に置いておく。それよりも気になるのは工房の設置状況と職人の数だ。聞いてみると、農園、湖畔、そして皮革工房を設置済みということだった。
「他の工房は作らないの?」
「まだ予定はないなあ。木工と陶芸は持ってるんだけどね。それで何作れるのって話よ」
「あー、なるほど。その段階か」
農園《ファーム》と湖畔は税務署と闘技場で取得できるのだから、ダンジョンに潜ったこともない初心者でも見つけられる。第一階層を突破できるメンバーがいれば、CPやメダルもどうとでもなるだろうし、取得難易度もそれほど高くはないはずだ。
それに加えて一番最初に取った皮革工房を設置したが、こちらは材料が何一つ手に入っておらず、作れる物がないということだ。そんな状況では、次に設置する工房をどうするか迷っているらしい。同じ状況になるのは避けたいというのはよく分かる。
「わたしたちがやってみた感じだと、一番最初に設置するべきなのが農園と湖畔。その次が陶芸と鍛冶。で錬金、木工が三番目のグループ。最後に厨房、皮革、織物」
「あぁぁぁぁ……。やっぱり皮革って最後の方?」
「どう考えても、材料が手に入らないよ。そもそも、わたしも皮の入手法知らないし」
家畜があることになっているが、その入手法はしらない。多分、皮を剥げるモンスターもいると思うが、チビデブは刻める部位がなかったし、クマも皮を取ることはできていない。とすると、オオカミかケルベロスだろうか? ケルベロスはともかく、オオカミは探して試してみても良いかも知れない。
皮が手に入っても、加工用の薬品は錬金工房で作るのだろうし、薬品を作るためには陶芸や鍛冶で容器や道具を作る必要がある可能性が高い。
そう説明すると、ミスミストはがっくりと項垂れる。まだ鍛冶も錬金も持っていないらしい。
「そっちはどうなの? あのお店も『雑木林』なんでしょ? ポーションとか売ってたし最低でも錬金系の工房はあるんだよね?」
「工房は全種類持ってる。で、皮革と織物がホームの拡張待ち」
「全部⁉ なんで全部って知ってるの? どこ情報?」
「あー、それはゲームマスター情報。バグ報告した時にちょっと話する機会あって、何種類の工房があるのかは聞いたのよ」
わたしの説明にミスミストは「ズルくない?」と言うが、わたしが教えてもらったのは種類だけだ。工房が七種類に農園と湖畔を合わせて九種類とは聞いたが、それ以上の情報、場所や取り方なんてのは教えてもらっていない。
わたしが遭遇した二つのバグについて説明すると「嘘じゃなさそうだ」と信じてくれることになった。
第二階層の裏ボスを撃破して奥へ行ったら真っ白になったとか、農園を取った瞬間に強制ログアウト食らったとか、サービスインから二日目とかのことだ。
今はもうそんな変なバグはないだろうと思う。
「そういえば『雑木林』の情報といえばだけどさ、裏ボスってネットでも書いてたよね。あれって倒すメリットあるの?」
「ボスって一度倒すと一日くらい出てこないでしょ? メダル集めするなら表と裏と周回した方が良くない? それとドロップ狙いだね」
「アイテムドロップってするの⁉」
「ドロップなしで家建てたの⁉」
わたしとしては、ドロップ品の売却もせずに一体どうやって稼いだのか、そちらの方が驚きだ。ボスの周回だって一日に一回しかできないんだから、十人でやっても一日に一万も稼げないだろう。
「ひたすらボスとクエストの周回だね。そっかー、アイテムドロップって、方法があるんだ。どうやって稼いでるのか不思議だったんだよ」
「ドロップはさせればするよ。意外と気付く人少ないみたいだけど」
わたしの説明にミスミストは数秒首を傾げ、そしてポンと大きく手を叩く。
「鎧とか骸骨の持ってる剣を落とさせれば良いのか!」
「正解。もう一つ言うと、第二階層の虫とか魚も切り落とせる部位があるから、やってみると良いよ」
ドロップのさせ方をあれこれ教えてやるとミスミストは「マジか!」と繰り返すが、そんな知識で本当によくホーム購入まで漕ぎ着けたものだと感心する。
「じゃあ、迷宮行って試してみる?」
「そうだね。まずは第一階層でやってみるかな」
二人で迷宮にワープし、チビデブを探して道を奥へと進む。第一階層は結構初心者も多くいるため、邪魔にならないよう進んでいくのが少々面倒くさい。
「お、来たね。手本見せたげる」
言って勢いをつけて振り上げたわたしの右足が先頭を走ってきたチビデブのダガーを弾き飛ばす。続けざまに放った右足のキックでチビデブは死ぬ。
「蹴るんかい!」
なんだか今となっては懐かしいツッコミだ。だが、チビデブは蹴り殺すのが基本だ。
「実は第一階層ってキックだけボスの間までいけるんだよ」
「マジで⁉」
今日一番の「マジで?」だが、わたしと伊藤さんは初日に武器も持たずにキックだけで本当にボス部屋まで行っている。わたしが初めて剣を得たのは動く鎧からだ。
そんなことはともかくとして、武器は自分も落としてしまう可能性がある。徒手空拳だけで勝てる必要はないが、牽制もできないのでは辛いと思う。
「闘技場でも奪えるのかな……?」
「試してないけど、それはないと思う。武器奪われるんじゃ、やる人いなくなっちゃうよ」
「確かにね。それで盛り上がる人もいるだろうけど、離れる人の方が絶対多いよね。迷宮だと、どうだと思う?」
「思うも何も、今、試してみれば良いんじゃない?」
言いながら剣を抜き放つ。『無傷の勝利者』ではなく、予備の予備の『古びた剣』である。こいつは失っても大した問題はない。
ミスミストと数回ガンガンと剣を合わせ、「あ〜れ〜」と間抜けな声をあげて剣を放り投げて逃げだす。その先に「ギャァ」とチビデブが現れるが、こんな奴らは蹴り倒せば良いだけだ。
チビデブを倒して『帰還の水晶』を使うと、左腰にあった剣の鞘が消えてなくなっていた。
ホームを出て『白霧』のホームへ向かうと、向こうも家を出て周囲を見回す。すぐに私に気付いて、剣を振り回しながらこちらにやってくる。
傍から見るとその絵面ヤバイから。空地だらけとはいえ、町中で剣を振り回して歩くのは止めようよ……。