074 蜥蜴! 第四階層でレベル上げ
二十一時で一度ホームに戻り、ドロップアイテムを倉庫に放り込み伊藤さんはログアウトしていった。
CPのことも覚えてくれているようで、律儀に入れていっている。伊藤さんはCPを使う機会など全くないので全部突っ込んでいってくれているみたいだ。
「ねえねえ、生産職もみんなで第四階層行かない? 伊藤さん抜きでもいけるの分かったし、レベル上げはしたいでしょ?」
キキョウやヤナギ、サカキたちを呼び集めて提案する。CPはレベル四十で二百になる。最高レベルのはずのわたしでもまだレベル三十二でしかないのだ。CPの回復は一時間に十なので、ログアウトから次のログインまで十九時間ほどあるわたしは、毎日三十ほどのCPを捨てていることになる。
プレイにCPを使用しない戦闘班はそれでも大した支障はないが、生産職にとってはかなり痛いはずだ。
「マジで大丈夫なのか? 第三階層のクマも結構頑張らなきゃならんかったと思ったけど」
「考えようによっては第四階層の方が楽かな。一匹の強さはリザードマンの方が強いし、三匹まとめて相手することになるけど、湧くの遅いし不意打ちがないのは大きいから。」
サカキは心配そうに言うが、第三階層と第四階層では方向性が違う。一匹に時間をかけていられないというのが、第三階層の厳しさだ。最初に全員で魔法を浴びせてHPを削れば割と楽にいける可能性もある。
「行ってみようよ。あたしもレベル上げは賛成」
「私も。朝、会社行く前にログインするの大変なんだよね」
ヤナギとキキョウはかなりやる気満々だ。出社前にCP消費してたとは知らんかったよ。無駄に捨てたくはないもんね。
クルミにアンズも加わり、十一人のパーティーで第四階層へワープした。そして、一番近くにいるリザードマンに向かっていく。
「んじゃあ、みんなで範囲魔法用意しようか。あ、地雷は最後ね。バラバラに吹っ飛ばしたら当たらなくなっちゃうかもだから。」
「じゃあ、僕が地雷担当で良いかな?」
「OK」
みんなで詠唱しつつ、リザードマンに近づいていく。あてもなく沼地を徘徊するリザードマンは、魔法の射程に入る前三十メートルほどの距離でこちらに気付き「ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙」と低い唸り声を上げながら駆けてくる。
そこに爆炎球や氷霜球が飛んでいき、最後に地雷がリザードマンを吹っ飛ばす。まとまった三匹をこれで一度離してやるのが大事なのだ。一番手前の一匹に距離を詰めてやれば、逃げるよりも攻撃してくる。それを捌いた後で、他の二匹の攻撃がやってくる。ここに十分な時間があれば、ツバキとヒイラギは十分に対応できる。
盾軍団が防御に徹している間にわたしは横手に回り込んでリザードマンに斬り掛かる。逆側からはポプラも攻撃を仕掛け、リザードマンのHPをどんどん削っていく。さらに、少し離れたところからサカキやクルミが斧やハンマーを投げ込む。
武器の攻撃力が低いため投擲の威力は期待できはしないが、最初に魔法で削ったこともあり倒すまでの時間はかなり短縮できた。伊藤さんのように武器のドロップはできないが、そこは追々でも良いだろう。
「おー。三十秒もかかってないんじゃない?」
「結構良い感じだね。さっきは五十秒くらいだったから、かなり楽になってるよ」
この調子でいけば、レベル上げはそれほど難しくないだろう。ハイタッチを交わすと隊形を整え直して次の三匹に向かう。もちろん、投擲した斧の回収も忘れない。
第四階層には、まだ他のプレイヤーが来ていないので、横取りの心配もないし、手の内がバレる恐れもない。何も考えずに全力でそこらじゅうのリザードマン退治を進めていくことができる。
当然、チャレンジしてみるのは武器の強奪だ。今のところ、第二階層のバケモノを除けば、リザードマンの武器が最も良い素材になる。これを使って武器や防具を作りたいのだ。
「あ、氷霜球がレベル三になった」
「そっか、モンスター相手だから回数やればレベル上がるのか」
「回数なの? 第二階層で結構使ったけど、レベル二から上がってないけど?」
「げ、そっちもリミットあるんだ……」
たぶん、第四階層でやっていればレベル四までは上がると思う。先に進まないと強くなれないように設計されているのだろう。ちょっとバランスが悪いような気もするけど、そこは今後調整されていくのだろう。
「これはもうガンガンいくしかないね!」
「リミットまで上げよう」
レベルがほいほいと上がるのが楽しくなってきたらしく、クルミとアンズは張り切って早口で詠唱をする。一回の戦闘で二回叩き込めば、それだけ早く魔法レベルが上がる。
各人がそれぞれ目標を持って試行錯誤を重ねていけば、倒すのに掛かる時間が短くなっていき、ドロップ成功確率も上がっていった。だが、レベル四は遠く、先に零時、つまりログアウトの時間が来てしまった。
「僕は氷霜球だけ先に四にしておいたよ。ケルベロス対策必要でしょ?」
「ケルベロスまだやるのかよ……?」
「そういや、裏ボスまだやってないだろ」
ヒイラギの言葉に思い出した。わたしもすっかり忘れていたよ。
ケルベロスのことを考えたら、『氷の槍』も上げておきべきなのか。だが、レベル三から四にするのに、五十回使わなければならない。なんとも気の長い話だ。
「今日はもう上がるよ。ずいぶんレベルも上がったしね」
「そうだな。俺もレベル三十越えたし、って、もう第三階層ではレベル上がらんのか……」
ソロでのレベル上げはもう無理だ。伊藤さんは平気な顔で虐殺してたけど、あんな真似はわたしにはできない。
「よっしゃ、CPあるだけ溶かしちまうか」
クランホームに戻ると、サカキはドロップした槍や剣を片っ端から溶鉱炉に突っ込んでいく。伊藤さんが鬼のように強奪しているので、鍛えてみる分は残るだろう。
クルミやアンズは湖畔に行き、植林作業らしい。種類にもよるが樹木は農園よりも湖畔の方が育ちが良いらしい。
「そういえば、料理って何かできたの?」
「材料が足りないよ」
「玉子と乳製品って畜産必須じゃん? ゴマとか菜種から油絞るのって搾油器必要じゃん? ドレッシングもない野菜サラダ食べたい?」
「……いらないです」
さらに桶とか樽とかはそのうち欲しいらしい。木工の仕事がまた増えたね。家畜小屋とどっちが先に作れるのか知らないけれど、カカオに頑張ってもらおう。
土曜日は朝から家事を片付ける。
八時頃から洗濯に掃除を始め、十一時過ぎには買い物に出かける。と言っても、近所のスーパーマーケットに食料品を買いに行くだけだ。鶏肉、豚肉、長葱に玉葱、人参、ピーマン、キャベツにキノコも買っておこうか。
お魚は秋刀魚が旬だけど、どうせ家で冷凍するから生秋刀魚である意味はあまりない。折角の生なのにって言われてもさ、一パック三尾とかって絶対一人暮らし向けじゃないよ。三食連続で秋刀魚を食べたくはない。二日に一匹で良いよ。
お昼ごはんは鍋饂飩だ。小型の鍋に麺つゆを入れて火にかけ水を加える。鶏肉を切って放り込み、人参、椎茸、長葱を刻んで入れていく。そこに一玉二十円の麺を入れて玉子を落としたら、あとは蓋をして吹くまで弱火で加熱するだけだ。
待っている間に秋刀魚の頭と尻尾を落として腸を取り、一匹ずつラップして冷凍庫にインしてやる。
まな板と包丁を洗っていれば、饂飩の鍋の方は良い感じになっている。火を止めて食卓に運んだら鍋から直接食べるのはいつものことだ。
後片付けを済ませたら、もう十三時を過ぎている。
いそいそと頭部接続装置を装着してベッドに横になる。この生活は身体にはとても良くない気がするが、気にしないことにしよう……。