073 努力! 地道なレベルアップ

「今日はどうするの?」

「ケルベロス行ってみようか。ポプラも大分戦闘に慣れたみたいだし、カカオもかなり良くなってるよ」

「超不安なんスけど……」

カカオは弱気なことを言うが、スキル取得のためにも第三階層突破は必須だ。このゲームにおいて『技術のルビー』を持たない生産職は、本当にただの見習いに過ぎない。

戦闘組とカカオが揃った時点で第三階層へとワープする。弱いモンスターとの戦いに全く興味のない伊藤さんは、第一階層や第二階層など眼中にない。しかも一日に二時間しかログインしないのだから、時間を無駄にするわけにはいかない。

「じゃあ、真っ直ぐボス部屋行こう。前衛はいつも通りツバキとヒイラギお願いね。カカオは中央、ポプラはわたしと一緒に後ろの警戒」

「了解!」

伊藤さんがいる以上、わたしは前方を気にせず後ろの敵に集中できる。何度目かの戦いの最中に、すぐ近くの穴から頭を出したクマを発見した。『地雷』の魔法を撃ち込んでみると、クマは穴の中から笑える勢いで飛び出てきて壁に激突する。そこにポプラとカカオが『炎の槍』を撃ち、わたしは剣を構えて飛びかかる。

「どありゃああ!」

「死ぃねぇぇ!」

ポプラと二人で地面を転がるクマに斬りつけまくれば、あっという間にHPはゼロになる。足首を切り落とすことはできなかったが、倒すだけなら問題ない。

「次が湧く前にさっさと行こう!」

クマを倒すために来たのではないのだ。とにかく先を急ぎ、コウモリエリアを抜けるとボス部屋の前に着く。所要時間は三十分程度。モンスターに遭遇したら一々足止めされるが、ここまでは快調に進んでいる。

「ええと、十人で四匹だっけ。そのまま計算すると、七人だと三匹だね」

「小数点って切り上げなの?」

「じゃないと、一人で入ったら出て来なくなっちゃうよ」

ポプラは疑問の声を上げるが、一人でボスに挑戦したら素通りできるなんてことはないだろう。

いつも通り、魔法を準備してから扉を開ける。ケルベロスの数は予想通り三匹。一番右側の一匹は伊藤さんに任せ、五人は中央に『氷霜球』を一斉に叩き込む。

余裕があるのはそこまでだ。わたしは左端の一匹が動き出したところを狙って『地雷』を放つ。ケルベロスはクマほど派手に吹っ飛びはしないが、それでも転倒する程度の威力はある。地に倒れ起き上がるまでが気合の入れどころだ。

全速力で走って距離を詰め、左右の剣で一撃ずつお見舞いしたら、すぐにダッシュで逃げる。わたしは伊藤さんのような化物とは違う。武術の達人なんかじゃないし、紙一重の見切り技なんてできるはずもない。ケルベロスに近接して戦い続けるなど不可能だ。

起き上がったケルベロスが吐く火球を必死に避けつつ、詠唱が終わった『氷の槍』を放つ。幸いなことにケルベロスはこの魔法を防ぐことはできないし、躱せるだけの素早さもない。さらに距離を取るとケルベロスはわたしを追いかけてくる。

わたしは一人でケルベロスを倒せると思っていないし、そんなことをするつもりもない。ちまちまと地道に魔法でダメージを与えつつ、時間を稼いでいれば良い。

伊藤さんは一人で勝てるし、五人で囲んでいる方も恐らくどうにかなるだろう。一番どうにもならないのがわたしだ。それでも一分ほども凌いでいれば、伊藤さんが駆けつけてくる。というか、足を止めて火を吐くケルベロスの背後から滅多切りだ。

剣王装備を身に付けた伊藤さんの攻撃力は凄まじい。流れるような連続攻撃の前に、みるみるうちにケルベロスのHPは減っていく。だが、そのまま黙ってやられるほどケルベロスは貧弱じゃない。振り向き襲いかかるが、わたしに尻を向ければそこに斬りかかるに決まっている。

伊藤さんとわたしに挟み込まれて、ケルベロスは咆哮を上げながらHPが尽きた。

向こうを見ると、ケルベロスはひたすら氷漬けにされまくっている。五人でひたすら早口で詠唱しまくっているのと、五人で囲むようにしているのが功を奏しているのだろう。ケルベロスは右往左往するように動きながら、氷魔法を食いまくっている。

一撃で与えられるダメージはそれほど大きくないが、確実にHPは減っていき最後にはゼロになる。

「上手くハマったみたいね」

「ああ、四対一くらいなら問題なく勝てそうだな」

つまり、伊藤さん抜きの五人で挑んでも勝つことは不可能ではないということだ。だが、四人が勝つまでわたしが凌ぎ切れるのかは疑問がある。負けても嫌だし、当分は挑戦するつもりはない。カカオが『技術のルビー』を入手したら、当分はここに来る必要がない。

「それじゃあ、戦利品さっさとゲットしちゃおうか」

ファンファーレが鳴る中、奥の小部屋へと入っていく。スポットライトに照らされた名前付きの宝箱はもうお馴染みだ。わたしの宝箱の中身は知っている。『安物のルビー』とメダルが一枚、それに六百ゲーだ。

「なんか武器出たよ。氷撃杖だって!」

「ボクのは木工師の作業衣なんスけど……」

カカオは何か不満そうだが、木工職人をやるならちょうど良いだろう。スキル取得しやすくなるとか、使用CPが減るとか効果がありそうだ。

「で、このルビーが目的ってわけね。って、ええええええええ⁉ ︎」

メニューでスキル画面を開いたのだろう。ポプラが大袈裟に騒ぐ。それを見てカカオもメニューを開き、同じように大声を上げる。

「やかましいんだけど」

「いや、だって、なにこれ!」

「だから、これ取るまでは見習い程度なんだって」

そう説明しているのに、何を聞いていたのかプンスカしていると、伊藤さんはさっさと部屋を出て階段を降りていく。カカオもそのまま第四階層へと進み、槍や斧を持つリザードマンとの戦いに突入していく。

「ねえ、しばらく一人でやっていて良い? 私がいなくてもそろそろ大丈夫でしょう?」

「やってみるよ。そろそろ第四階層に挑戦していかないとだしね」

奥の弓矢を使うリザードマンの相手はしていられないが、対人戦の練習もしているのだから、なんとかなるはずだ。

「リザードマンって強いの?」

「一対一だと勝てるか分からんくらいだな」

「それで一匹ってのがいないからね。最低でも三匹以上を相手にすることになるんだから油断できないよ」

他にも魔法が効きづらいとか、割と遠くからこちらを見つけて襲ってくるとか色々ある。だがこちらも四人が盾を構えて慎重に相手を選びながらやれば勝てない相手ではなかった。

まず魔法で牽制し敵の連携を崩してから当たれば、防げない攻撃はしてこない。そして敵の攻撃が盾の四人に向いたところをわたしが横から斬りつけるのが基本戦術だ。

一匹減って、相手が二匹になればポプラも敵の背後へと回る。リザードマンの攻撃は手に持つ武器と尻尾の二パターンがあるが、動きをよく見ていればどちらが来るかは分かる。この辺は伊藤さんの指導のお陰だろう。

見切り方を教わってはいないが、わたしたちの持つ癖の指摘というのはとても役に立っている。他の人が指摘された癖を見れば、どんなところを見れば良いのかがわかる。手取り足取り教わらなくても、観察して学ぶことだってできる。

「思っていたよりもいけるな。生産組も連れてきてここらでレベル上げはできそうだな」

「第二階層だとレベル二十が上限だからね。それだとCPがキツそうだよね」

これまでと同じようにいくならば、第四階層ならばレベルは四十までは上がるはずだ。レベルが十上がればCPは三十七上がるはずだから、結構変わるはずだ。

「っていうか、伊藤さんヤバくね? 全部瞬殺してってるぞ……」

ヒイラギが指す方を見ると、伊藤さんはそこらの可哀想なリザードマンに襲い掛かり、片っ端から倒しまくっていた。ほぼ百パーセントの確率でクリティカルのオレンジ色のエフェクトを出しているが、何でそんなことができるのか。

「ヤベエ。剣王すぎる……」

華麗に舞うような鮮やかな連続攻撃の前に、リザードマンは為す術なく倒れていく。ついでにリザードマンの武器も高確率で弾き飛ばしているのだから恐ろしい。

ドロップ品を回収しつつ、新たに涌いて出てきたリザードマンを倒していると、突然、アナウンスが響いた。

『第一回武闘大会の予選を終了します。通過者にはメールを送りましたのでご確認ください』

言うだけ言って静かになると、伊藤さんがメニューを開きながら戻ってくる。

「明日の十九時から本戦開始だって。この十八人全員に勝てば良いのね」

一体、どんな仕組みなのか知らないが、伊藤さんに来たメールには十八人の対戦相手の名前が書かれているらしい。

ログインする時間は変えなくても良さそうだと安心したところで、リザードマン狩りの続きに戻る。伊藤さんは本戦前に少し自分の訓練をしたいと言っていたが、あれは訓練になっているのだろうか……。

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