070 複雑! 第三階層広すぎませんか?
二十一時までに伊藤さんは十連勝して本戦出場を決定した。そのあまりの強さにドン引きしている人がほとんどだったが、逆に闘志を燃やしている人もいた。まあ、目標ってのは大事だよね。
伊藤さんがログアウトした後、私たちは再び第三階層の探索を進めていく。イエローエリアはまだまだ広い。全部探索が終わるまで、何日か要するはずだ。
そう思って、昨日とは別の穴から入ってみたら、今度は緑色のマッピングが始まった。
「マジかよ!」
「第三階層って、どんだけ広いんだよ!」
「まあ、広がりの大きさそのものは第二階層より少し大きいくらいじゃないかな」
セコイアは冷静にそう言うが、第二階層って端から端まで歩いて二十分以上、つまり二キロほどはあるのだ。曲がりくねって枝分かれした道を歩いていれば、戦闘がなくても一時間程度の探索ではマップが埋まっていかない。
しかも、クマやコウモリはかなり頻繁に遭遇する。出会ったモンスター全てを倒すのではなく、逃げた方が良いのかもしれないが、挟み撃ちに遭うのは嫌なので確実に倒して進むようにしている。
とにかく出会うモンスターを片っ端から倒しながら緑の道を進んでいると、大きな部屋に出た。
「まずい! いったん戻って!」
「どうした?」
第二階層での傾向を考えると、向こう側まで見えない大部屋はとても危険だ。チビデブの巣くらいならまだ良いのだが、ケンタウロスのような化物がいたら伊藤さん抜きで勝てるとは思えない。
「適当に爆炎球でも撃ってみようか」
「そうだな。まず、敵を探さないと身動きできねえし」
私は慎重論を唱えるが、ただ隠れているだけでは何も分からない。試しにセコイアが炎の範囲魔法を正面に投げると、その炎に照らしだされた姿があった。
クマだ。
しかも、めちゃめちゃいっぱいいた。
「まさか、クマ三百匹か?」
「みたいだね……。どうする? 逃げる?」
「とりあえず、やれるだけやってみるか」
広間に出たら、周囲を囲まれて数に押し潰されるのは目に見えている。通路に陣取って頑張るしかない。
「背後の警戒はポプラお願いね」
「後ろからも来るの?」
ポプラは上擦った声で返してくるが、この第三階層なら普通に後ろからも敵は来るだろう。少なくとも不意打ちだけは避けなければならない。
剣を抜き構えると、『鏖殺』が発動して赤い光が伸びる。三百匹を相手するのに、このスキルの有無はかなりの違いがある。間合いが伸びるのはとても便利だ。
特にわたしの『無傷の勝利者』は圧倒的な威力を発揮する。攻撃力十パーセント上昇効果もあるので、いつもよりずっと楽にクマを倒していける。
ひたすら目の前のクマに剣を突き出し、そして延々と地雷の魔法を詠唱し続ける。セコイアやツバキ、ヒイラギもそれはみんな同じだ。何頭も群がって来ている向こう側で、どっかんどっかんとクマが吹っ飛んでいる。
「後ろはどう?」
「今のところ何も来てないよ」
時折声をかけてみるが、挟み撃ちの気配はないらしい。さすがにそれをしたら、ここを突破できるプレイヤーがいなくなってしまうことを懸念したのだろうか。だが、油断するわけにはいかない。このゲームの運営は、かなり性格が悪いことを、わたしはよく知っている。
ドロップとか気にせずとにかくクマを殲滅していると、前触れなく剣から伸びる赤い光が消え去る。
「うおお⁉」
「危ねえ!」
「残り五十匹切ったってことだね」
「よーし、あと六分の一! 気合入れていくよ!」
残っているクマは、地雷でダメージを受けているものが多い。ひたすら盲滅法に魔法をぶちかましまくった甲斐がある。
落ち着いて慎重に、だが確実にクマを倒していくと、意外と簡単に三百匹退治に成功した。
ただし、今回のドロップアイテムは最後の一匹だけだ。今のわたしの技量では、あの数を相手にドロップを狙うなんて無理だ。
尚、セコイアやツバキ、ヒイラギは持っている剣の攻撃力が足りないためドロップ狙いは根本的に意味がない。
「それじゃあ、ここを探索してみましょうかね」
だだっ広い部屋の中に入ってみるが、特に目ぼしいものがない。壁伝いに通路は入ってきたのとは逆方向に一本だけしか見当たらない。そして、その一本の通路の向かう先はマップを見ると想像がついた。
「これ、狼部屋だよな」
「だよね。今やりたくないよ」
実際に行ってみると、通路の先は大きな部屋の上の方に出た。
梯子は届く高さだが、三百匹部屋の二連戦は、ちょっとどころではなく遠慮したい。芋虫やチビデブくらい余裕で勝てるならともかく、クマや狼は精神的にメチャメチャ疲れる。
「戻ろうか」
今、通路を戻ったら三百匹のクマがリスポーンしてはいないかと一瞬不安になったが、それはなかった。そして、ふと部屋の中央を見ていなかったことを思い出した。
チビデブの巣は、部屋の中央の階段の下にあったし、ここがそのような構造をしていても何の不思議もない。
「本当にあったね」
「まあ、隠し通路でも何でもないからな。驚くほどのことでもないか」
「もぐってみますか」
地面にあいた穴は斜め下へと向かっている。人が立って通れる大きさがあるし、これは行ってみるべきだろう。
わたしを先頭に穴へと入っていくが、これがまた結構狭い。これまでも局所的に狭いところもありはしたが、ここまで狭い道が続いているのは初めてだ。多くは数人が横並びになって歩けるほどの広さがある通路が多かったが、ここでは縦一列にならざるを得ない。
細い道は右に左にと折れ曲がりはしているが、枝分かれもなく伸びている。天井もかなり低いし、横穴を見落としているということはないはずだ。マップを見ると、ボス部屋の下を通って進んでいるようである。
まさかこれ、ボス部屋の中に出るのではなかろうかと思ったが、さすがにそれはないようで人工的な縦穴に行き当たった。
「ここにもモンスターはいないのね」
「で、この階段を昇れということか」
縦穴の壁に沿うように螺旋階段が上へと伸びている。一体どこまで続いているのか、穴の底から見上げてみても天井が見えないくらいに深い縦穴だ。
「行ってみましょうか。なんか罠がありそうで不安だけど……」
「まあ、行ってみなきゃ分からんからな。情報待ってたって、一週間は誰もこんなところに来ねえだろう」
今更引き返すという選択肢はツバキたちにもないようだ。こんなところで怖気づくくらいなら、最初からこんなゲームはしない。
頷いて長い階段をぐるぐると上っていくと、大きな扉の前に着いた。
「ボス部屋の扉とは様子がちがうね」
「このタイプの扉は見たこと無いなあ」
もし、裏ボスケルベロスだったら、おしまいだ。恐らく私たちでは勝てない。だが、第一階層、第二階層の裏ボスの扉は表ボスと見ための差がほとんどなかった。それに対してここは大きさも雰囲気も全然違う。
「開けてみるよ」
「ちょっと待って。念のため、魔法の用意をしとこうよ」
セコイアに言われ、私も『地雷』の詠唱をしておく。全員の準備が整ったところで改めて扉を押し開けた。
扉が開いて行くと、骸骨のようなモンスターの姿が目に入る。すかさず地雷を放つが、予想通りと言うべきか発動はしなかった。
「魔法が消えた⁉」
「不死魔道士! こっちの魔法は防がれるし、あいつの魔法メチャメチャ早いから気をつけて!」
「気を付けるってどうすりゃ良いんだよ⁉」
「魔法は杖から撃ってくるからよく見れば避けれる!」
見た目は第二階層で倒したやつとよく似ている。それが三匹いるが、本当に同じ種類なのかは分からない。だが、あれと同じかそれより上と思っておいた方が良いだろう。
「てぃえやああああああ!」
放たれた氷の矢を切り飛ばし、わたしはそのうちの一匹に迫る。セコイアも別の一匹に向かって突っ込んでいるが、そちらを気にしている余裕はほとんどない。とにかく目の前の奴に集中する。
打撃攻撃はほとんどないので、とにかく気をつけるべきは敵の使う魔法だ。不死魔道士は手に持つ杖が持つ杖が妖しくり光る杖を振ったら魔法が飛んでくる。
だが、その瞬間を狙って下から剣を振り上げる。身体を低く落としつつの攻撃は上手く決まり、炎の矢は天井へと突き刺さり、そして敵の持っていた杖が宙を舞う。
その好機を逃しはしない。両手の『無傷の勝利者』を振り回し、全力で何度も切りつける。
不死魔道士のHPは驚くほど高いが、わたしは第二階層のときと装備が違う。無傷シリーズの防具のお陰で色々とステータスが跳ね上がっているのだ。十数回の連続攻撃で頭上のHPバーは真っ赤になった。