069 談合! 運営に要求しちゃうぜ
「簡単にいうと、仮想世界での運動訓練にどの程度の効果があるのか知りたいのよ」
「それは現実での運動能力に対してかい?」
「最終的にはそこまで含みたいわ」
「私一人ではそこまで決める権利がない。企画自体を経営陣に了承を取らなければならない」
そりゃあそうだろう。
現実の個人の運動能力測定をするというなら、そのやり方やデータの管理について会社としてきちんと対応しなければならない。
「企画を上げること自体は僕は構わない。いずれ誰かがやることだろうしね。だが、今回のイベントには間に合わない。道場主の権利は見送らせてくれないか?」
「仮想世界だけでも、測りたいことは結構あるのだけれど。データは私の方で勝手に取るから、道場という器だけ用意してくれれば良いわ」
伊藤さんはそう言うが、ゲーム内だけで完結するなら、勝手にそこらで野良道場を始めることもできるはずだ。訓練に都合の良いシステムのサポートがあった方が楽というだけだろう。
「分かった。至急、検討しよう。それで、今回のイベントに出場するのは伊藤さんだけということで良いのかい?」
「仕方がないよね。次回はクラン所属者とフリーの人で分けた方が良くない?」
「そういったことも検討しよう」
話し合いが終わり、ゲームマスターが退出しようとメニューを開いて、思い出したように顔を上げた。
「そういえば、大会には剣王装備を着けて出てくれないか? 道場主の権利は剣王資格者に与えられるとした方が分かりやすい」
「えええええ」
伊藤さんは非常に嫌そうな反応をするが、ゲームマスターはそのまま消えていった。逃げおったな、あやつめ。
取り敢えず、やることが決まった。
「じゃあ、私は闘技場に行くわね」
「私も行く。伊藤さんの戦い方は見ておきたいもの」
なんの参考にもならない可能性はあるが、それでも見ておきたいのだ。セコイアたち戦闘組はみんな観戦にいく。
生産組はそれぞれマイペースに生産活動である。
「普通に登録すれば良いのかしら?」
「ああ、イベント参加に特別な手続きは要らないですね」
対戦申込のパネルを開くと、待っている人が何人かいる。イベントもやっているし、盛況なものだ。
というか、試合が行われるのはパネルの数だけなのか。見ていると、決着がつくとすぐに次の試合の準備時間に入っているようだ。
試合自体もそう長引くものではないようで、見ている間にどんどん入れ替わっていく。
そして伊藤さんの姿が消えて、五番のモニタに名前が映し出された。
準備時間は三十秒。それが終わると、やたらと派手な装備の伊藤さんが大写しになる。
見るからに強そう、というかその装備は反則じゃねえかとすら思うくらいに相手との差がすごい。
なんたって、相手は鎧さえ身につけていないのだ。革ジャンのようなものを着ていたって、剣相手ではほとんど意味がないのではなかろうか。
騎士対チンピラくらいにしか見えないその試合は一瞬にして終わった。相手の剣が青く光ったかと思うと、十メートルほどを一気に踏み込んで横薙ぎの攻撃を放つ。
それに対して伊藤さんも踏み込み、オレンジ色に光る攻撃で相手の首を捉えた。
いや、これは表現が逆だ。相手の首を捉えたカウンターの一撃はオレンジに光り、クリティカルヒットであることを示した。
勝負はそれで終わりだ。相手のHPはそれでゼロになる。
「秒殺かよ」
「伊藤さんのあの鎧、意味あるのか? 攻撃受けてねえだろ」
「あ、ステータス上がってるはずだよ。十五パーセントだったかな?」
わたしの無傷シリーズは十パーセント上がることになっている。剣王の方が上ということになっているのだから、十より高いのは確かだ。
観客席に戻ってきた伊藤さんは無言で次の試合の申し込みに受付に向かう。派手な鎧が物凄い注目を浴びているが、そんなことはまるで気にしていない素振りだ。
試合はどんどん進み、伊藤さんの姿が再び消える。
今度の相手は、盾を構え、ジリジリと迫ってくる。この相手は先ほどの伊藤さんの戦い方を見ていたのだろうか。そうしていればカウンター攻撃は喰らわないだろうが、そんなくらいで伊藤さん対策ができるなら苦労はない。
逆に伊藤さんはダッシュで距離を一気に詰めて、右の剣を振りかぶる。そして、それに合わせるように差し出してきた盾に向かって前蹴りを叩き込む。
衝撃で相手の体がのけぞったところに、左の剣が盾を下から上へと跳ね上げる。それでガラ空きになった胴体に右の剣がオレンジ色に光る。
「あのオレンジってなんのスキルだ?」
「知らないの? ただのクリティカルヒットだよ」
近くの観客席でモニターを眺めている男に答えてやる。
意外とクリティカルヒットの視覚効果は知られていないようだ。カウンター攻撃が決まればクリティカルになることが多いし、それくらいはみんな知っているものだと思っていたのだが……
そして、一撃で相手を沈めた伊藤さんが再び観客席に戻ってきて、三戦目の申し込みに向かう。
「クリティカルなんて、そんな出るものなのか? オレ、一度もオレンジの効果なんて出たことねえぞ?」
「確率じゃなくて条件満たせば出るからね。カウンターで急所に決めればほぼ確実にクリティカルになるよ」
「狙ってそんなのできねえよ!」
普通はそうだろう。狙って出せる伊藤さんが尋常じゃない力量の持ち主ということだ。
「ぶっちゃけ、クリティカルはプレイヤースキル次第だよな」
「っていうか、戦闘力自体がプレイヤースキルに依存しすぎなんじゃねえか?」
確かにこうして見ていると、ソードスキルを使っている人は結構いるが、別に防いだり避けたりできないということもなさそうだ。
伊藤さんの攻撃なんて防げると思えないけど。いや、実のところ、セコイアの攻撃もかなり防げない。わたしが対応できないところを確実に突いてくる。
「正面からぶつかってくるだけでしょ? なんでみんな避けないの?」
「避け方を知らねえんだと思うぞ。俺らは何度か見せたはずだけど、真似してるやついねえよな……」
「構え方からして、避けることを考えているとは思えないわ」
そんなことを話していると、伊藤さんの姿が消え、第七モニタに名前が出る。いつの間にか伊藤さんの名前の横に【剣王】と表示されるようになっている。
「細々とアップデートしているのね」
「メンテナンスで止めなくてもリアルタイムで修正反映できるのか」
変なところに感心しているうちにカウントダウンが始まり、試合が開始される。
相手は剣とナイフを構えた女性だ。伊藤さんに向かうことはせず、逆に後ろに退がっていく。
「魔法で遠距離か」
「それも想定済みなんだよね」
だが、相手の女性は魔法を放つと同時に地を蹴り伊藤さんに向かっていく。
「悪手だね」
「対人戦なら地雷一択でしょ?」
「他の魔法使う意味ないよ。特に炎の魔法なんて一番防ぎやすいし」
セコイアが言うように、伊藤さんはアッサリと炎の槍を切り飛ばし、相手をその間合いに捉える。
結局これでは近接正面からの一対一だ。
女性の突き出した剣はいとも簡単に柄尻で弾かれ、下からの斬撃にオレンジの光を発しながら吹っ飛んでいった。
「ちょっと待てよ。いま、魔法を切らなかったか?」
「うん、火とか氷の魔法は切れるよ。わたしもできるし」
「いや、ユズはできるとは言い難いだろ」
なんだとう⁉ ︎
確かに練習では成功率五十パーセントくらいだよ。だけど、最近はキャッチソードの練習もしているし、タイミングを合わせるのも上達しているはずなのよ。
「オマエら、ああ、雑木林か……」
なんか、周囲の人たちが一斉に項垂れる。
「こんな奴らに勝てるわけねえじゃん……」
「わたしたちは出ないから心配しなくて良いよ。優勝は伊藤さんだろうけど」
二位以下なら狙えるよと教えてあげたのに、周囲は揃って溜息モードだ。なんでだよ。