068 召喚! いでよ、ゲームマスター!
ログアウトしてゲーム情報サイトを開く。
以前に情報提供したサイトだ。トップページから『ラビリゲート』を開くと、以前の誹謗中傷記事は消されていた。
ただし、私の情報も『真偽不明』とされている。これは単に他に確認できた人がいないというだけのことだろう。クランホームもまだわたしたちの一軒しか建っていないし仕方がない。
さて、今日は第三階層についての情報だ。
『クマが出てくる穴の奥は迷路が広がっている』
『銅鉱石を採掘できる箇所あり』
さらに、基本情報のところで宝箱についても記述してみる。
『いくつかの隠し扉と、その奥の宝箱を発見』
宝箱を守るモンスターがいたり、宝箱が襲い掛かってくるのはお約束だ。一々書くまでもないはずだが、面倒なのに絡まれても嫌なので念のため記載しておく。
中身として魔道書や宝石が出たことを書いておけば十分だろう。
一通り書いたら端末を閉じて、シャワーを浴びて寝る。朝は六時半起床なのだ。一時には寝たい。就寝時間が二時、三時になると仕事に支障がでてくる。
相変わらずの定時上がりで夕食を摂って、十九時前。
ログインしたらやるべきことが一つある。
農園に顔を出してアンズとクルミを呼んでみる。
「何ですか? ついに第四階層突破に行くんですか?」
「あ、ちがう。農園を作って今日で一週間でしょ? 拡大したいかなって」
ホームの拡大はいつでもできるが、農園の拡大は週に一度の更新の際だけだ。拡大した農園は縮小はできないようなので、計画的にやらないとCP不足でクラン運営が破綻しかねない。
「今のところは拡大はしなくて大丈夫ですね。生産した食べ物が余ってるくらいだし、木は湖畔の方にも植えられるみたいだし」
他のゲームの傾向から、畑の初期面積は一反程度と考えていたらしく、この大きさの畑をどう使うかもまだ決まっていないらしい。
農園サイズは据え置きということで、CPは三百で確定させておく。湖畔の更新はまだ先だが、こちらは二百五十そのままなので、これも確定させてしまう。
残りは二千以上あるが、ホームと店のどちらに使うかはわたしが勝手に決めることでもない。
とりあえずみんなが来るまで、湖畔で一人、剣を投げてはキャッチを繰り返す。
自分で投げたものならば、だいたいキャッチできるようになってきた。さほどのスピードもないし、難易度としては低いはずなので自慢できるほどではないが……
「今日も頑張ってるな」
「あ、ヒイラギ。こんばはー」
そう待つこともなく、ヒイラギがやって来て、すぐに伊藤さんもログインしてきた。
「ところで、闘技場イベントってやってるのか? おれはまだ五勝しかしてないんだけどよ」
すっかり忘れてた! 全然やってないや。
「強い人って出てきた?」
「今のところ、おれが勝てなさそうなやつはいないなあ」
「じゃあ、今回は遠慮しておく? 伊藤さんとか優勝確定でしょ?」
「確かに……」
わたしたちで上位を独占するのもちょっと感じ悪い。あんまり力の差を見せすぎても、やる気をなくしちゃう人も出てくるだろう。
「ハンデつければなんとかなるかしら?」
「ハンデ?」
「私は素手でやるとか。右手を使わないとか」
それで勝負になると思っているあたりが伊藤さんである。だが、その状態で優勝されたら、それこそ立ち直れないのではないだろうか。
ちょっとゲームマスターに相談してみるかね。やめてくれって言われそうだけど。
ということで、メールを送ってみたら返事の代わりにゲームマスターが現れた。
「久しぶりです。と言っても十日ぶり程度だが」
「こんばんは。メールの件だけど、わたしたちでイベント上位独占して良い?」
端的に質問してみると、ゲームマスターは「立場上、ダメとは言えない」と苦々しく言う。
ダメじゃないが遠慮はしてほしいと言われるのは想定済みなのだが、何か丸く収まる案はないものだろうか。
「まさか、プレイヤースキルがシステムスキルを完全に上回るとは思わなかった」
「どういうこと?」
「ヒイラギ君だっけ、君とツバキ君。二人は何度か闘技場でやっているだろう? 剣スキルを持つ相手と戦ってみてどう思った?」
「剣が光る奴ですよね? なんかやってたよなって感じだよなあ」
ヒイラギ曰く、防ぎきれない攻撃をされたことは一度もないらしい。
「よく見てれば防げるし、躱せるからな」
「それが想定外だと言うのだよ……」
ゲームマスターは少し詳しい話を教えてくれた。
わたしたちの考え通り、物理攻撃にも衝撃や斬撃といった属性があり、盾の防御力は衝撃以外、常に百パーセント発揮される。
そして、基本的に盾の弱点は衝撃で、斧やハンマーでの攻撃が比較的有効ということだ。
対して剣は、百パーセントの攻撃力は普通は発揮されず、だいたい半分程度の攻撃力を出せればいい方らしい。
「ちなみに、九十パーセントを超えるとクリティカルヒットになる」
そういう仕組みだったのか。つまり、そこはプレイヤースキルが物を言う世界になっていると。そして、それだけだと面白くなさすぎるから、システムスキル、つまりゲーム内の技が存在する。
「初期の剣スキルは、衝撃ブーストつきばかりなんだ。そのスキルを使って攻撃すれば盾の防御力を上回るし、スキルなしだとかなり苦戦を強いられるはずなんだ」
「でも、ヒイラギとツバキは、スキルとか関係なく勝っちゃってると」
「そりゃそうでしょう? 剣や盾の構え方も知らない人に、そう簡単に負けるはずがないじゃない」
伊藤さんは当たり前のように言う。
わたしたちは曲がりなりにも伊藤さんの剣術指導を受けているのだ。武術を全く知らない素人とは動きが違う。
「道場をつくることってできないんですか?」
ふと思いだして、ゲームマスターに聞いてみることにした。いずれ、道場をやりたいと伊藤さんは言っていたはずだ。
「道場?」
「イベント優勝者の賞品を、道場主の権利みたいなのにすれば堂々と伊藤さんが優勝できるでしょ?」
伊藤さんが出場するなら、優勝は確定事項だ。勝てる人なんているはずがない。
「確かに、道場を開かせてもらえると有り難いわね」
「ちょっと待ってくれ。意味が分からない。それで君たちに何のメリットがある?」
「論文を書きたいのよ」
そんな回答は全く想像もしていなかったのか、ゲームマスターは頭を抱えるのだった。