065 努力! 情報集めも一環なのよ
「私はこの水中ってのが気になってるんだけど」
伊藤さんに「訓練につき合わせてばかりも悪いし、やりたいことを教えて」と聞いたら予想外の答えが勝ってきた。
さすがの伊藤さんも、水中戦の経験はないらしい。じゃあ、やってみようかということでヒイラギと二人で訓練場に入っていった。
わたしは泳ぎは苦手なので遠慮しておいた。前に進むのがやっとというレベルでは、どうせ醜態をさらすだけなのだ。水泳の基礎練習は湖畔でやった方が楽しいし、訓練場に入る意味は無い。
一人でそちらに行こうと思ったら、ヒイラギが出てきてがっくりと膝をつく。
「どしたの?」
「水中戦はやったことなかったんじゃなかったのかよ……」
どうやら、手も足も出ないレベルで負けたらしい。再び訓練場に入っていくが、またすぐに負けて出てくるだろう。
ただ待っているのもつまらないので、私は湖畔で剣を抜いて放り投げてはキャッチを繰り返す。クランホームの中と違って天井がないから、そういう練習はやりやすいのだ。
そして、初めて気づいたことがある。湖畔で練習していたら、ミスをしてもHPが減らない。いや、PKとか不可だし当たり前なんだけど、そんなことにも気づいていなかったのだ。
「なにしてるの……?」
わたしがガランガランと剣を落として転がしていると、いつの間にやってきたのかキキョウに呆れたような声を掛けられてしまった。
「飛んでくるものを掴む練習。わたしは矢の対策とかできる段階じゃないから練習しろって言われたの」
「それくらい、できそうだけど……?」
そう首を傾げるので、わたしはキキョウに剣を投げて渡してやると、意外なことに簡単にキャッチしおったのだこの女は。
「バカな! 何故できる!」
「これくらい普通できるでしょ?」
まずい。これは非常にマズい。戦闘組だけではなく生産組にすら劣っているとか、これではわたしの立場がないではないか。
投げ返された剣をわたしは受け取ることができず足下に転がしてしまい、軽く鼻で笑われてしまった。悔しい。とても悔しい。
「じゃあ、私はキノコ採ってくるね」
最初からそれが目的だったキキョウは森の方へと向かい、わたしは一人で剣を投げ続ける。いくら私がヘタクソでも鈍くても、何度も繰り返していれば少しずつできるようになる。
一時間もやっていれば、剣を落とす回数は減り、投げる高さは高くなっていた。
そろそろ次の段階に進みたいなということで、アドバイスを求めて訓練場に行こうと湖畔を出たら、訓練場入口の前でツバキたち五人が何故か揃って四つん這いになっていた。
「なにしてるの……?」
「伊藤さん強すぎだろ。全員でかかってこのザマだ」
なんと、五人掛りで伊藤さんに挑んでいるらしいのだが、勝てる気配すらないらしい。もちろん、地上で普通に戦ったら勝ち目がないのはわかる。だが、水中戦は伊藤さんも経験がないというのに、そこまでの差があるとは驚きである。
「これはこれで楽しいけれど、真面目にやるなら訓練の仕方を考えないといけないわね」
訓練場から出てきて伊藤さんはそう言うが、一体どんな訓練が始まるのか、楽しみであり不安でもある。怪我や死亡の心配がないからと、非人道的な訓練を提唱しかねない。
「ユズはどこ行ってたんだ? 少しは上達したのか?」
「そうそう。わたしもそろそろ、次の段階に進んでも良いと思うのよ」
湖畔で練習していたことを言うと、みんなでそちらに行くことになった。毎日訓練場というのも飽きるものだ。たまには環境を変えたくもなるだろう。
「ほらほら、この通り」
「そんな自慢する程度でもないぞ」
そんな冷やかしが飛んでくるが、それでもできるようになれば嬉しいのだ。人の上達をバカにするんじゃない。
「っていうか、そういう練習ならこっちでも良いんだな」
「実戦形式ならともかく、こっちだとHP減らないから基礎的なことには向いてるかも」
地形も岩の水辺、砂浜、草むら、森と色々な場所があるし、できる練習もそれなりにあると思う。何より、湖畔ではインベントリ操作が普通にできるという利点がある。
もちろん、向かないこともある。矢の自動回収なんて機能はないし、攻撃用の魔法は発動しない。消費アイテムを使ったら、当然、なくなってしまうだろう。
「訓練の内容によって、どこでやるかまで考える必要があるってことね」
「頭の使いどころが結構多いな。脳筋にはこのゲームはキツイかもな」
何故、ツバキはわたしを見て言うのだ? 脳筋のように思われるのは心外だ。とても、心外だ!
「矢を回収するのは面倒だけど、小石がいっぱいあるんだからこれ投げれば良いんじゃないか?」
そう言って、ヒイラギは「おらあ!」と気合を込めて石を投げつけてくる。わたしは慌てて避けるが、ヒイラギは次から次へと投げつけてくる。
「ちょっと! 女の子に向かって石を投げるな! イジメよ!」
「訓練だろうが」
「盾出すからちょっと待ってってば!」
そう言ってやっと攻撃が中断したが、盾を構えると再び投石攻撃がはじまった。向こう側ではカカオとポプラが歩法の練習を、セコイアとツバキは鬼ごっこをはじめた。
「あれ、生身だとスゲエ訓練になるはずだけど、仮想世界だとどうなんだろうな?」
「それは私も興味があるわね。体の使い方は学べるはずだけど、必要な筋力が向上することもないのでしょう?」
私たちがやっているような訓練をいくらこの仮想世界で繰り返しても、仮想肉体の能力は全く変わらない。それがどのような影響をもたらすのかは今後の研究が必要な分野だという。
大衆向けの完全没入式VR機器はまだ世の中に出たばかりだし、それの影響についての研究はまだなされていない。
「ある程度、考えの方向性が固まったら、運営に話をするつもりよ。この中に道場とか作ってデータを取れたらいい論文が書けると思うの」
伊藤さんも論文を書くつもり満々らしい。だからやたらと訓練に協力的だったのか。伊藤さんは訓練のデータが欲しいし、わたしたちは訓練の指導をしてほしい。双方にとって利益が一致しているのならば、遠慮する必要もないのか。
そうと分かれば、わたしも気合いを入れて訓練に臨む。飛んでくる石を盾で弾くのは意外と難しい。
横に弾こうにも、石は盾に隠れてしまって見えないのだ。視界を確保すしようと盾を横や下にずらしたり、手前に引いたりすると、動作が遅れてしまう。
「ねえ、これって実はメチャメチャ難しくない?」
「簡単じゃあないな。軌道とタイミングを読めないと無理だろ」
飛んでくる石や矢が遠くにあるうちに、それがいつどこに飛んでくるのかを見極めなければ話にならない。正面から受けることはできるのだが、それだけでは足りないことは、訓練場で実際に矢を受けてみて分かっている。
伊藤さんがログアウトする二十一時まで頑張ってみたが、どうにも上達している気がしない。わたしの訓練のしかたは、もうちょっと考えた方が良いだろう。
「そういえば、CPは貯まってるんだけどホームとお店、どっち先に拡張する?」
「ホームは次で一つ工房増やせるんだよね? それ先にやっちゃわない?」
「お店は後でいいよ。売るものも特にないし」
「ポーションとかあるんじゃなかったっけ? 売れば良いんじゃない?」
特に異論なくホームを拡張し、一つ増えた工房枠には厨房をつけることになった。全然倉庫を見ていなかったから知らなかったのだが、穀物や野菜類はかなりの量ができているらしい。
「使わないと倉庫が埋まっちゃうよ」
「何作れるのか私も知りたいな」
アンズとクルミだけではなく、ヤナギとキキョウ、さらにサカキまで厨房には興味を示している。対して皮革や織物は誰からもリクエストが無いため見送りとなったのだ。
これで九種類の工房類のうち、七種類まで設置することになる。
「七種類達成クリアだぞ。ボーナスどうする?」
これもわたしは全然見ていなかったが、サカキは割と細かくチェックしているらしい。六種類目までは、一種類つくるごとにCPが十とか二十とかだったらしいが、七種類目からはボーナスはかなり良いモノになるようだ。