062 訓練! 強くならないと先に進めない

だが、それでも何とか定時までに仕事を終わらせて、十八時になった瞬間に席を立つ。

最初は男でもできたのかと噂されたりしていたが、ポロッとゲームであることを漏らしてしまい、生温かな目で送り出されるようになっている。

「まあ、野村だしな」

なんて、とても失礼なことを言われているが、男性と仲良くしていないということもない。

本名は知らないけど、セコイアは恐らく同年代だし、ツバキとヒイラギも社会人のはずだ。体格と性格からは良い男と判断できる。サカキは農家の妻帯者ということで、こちらは完全に対象外だ。私は不倫をするつもりは毛頭ない。

尚、カカオについてはノーコメントだ。昨日、加入したばかりだし、ほぼ知らない人だ。

ともあれ。

家に着くと、スーパーで買ってきた幕の内弁当を急いで食べる。着替えてベッドに横になり、頭部接続装置ヘッドマウントキットをスイッチオンなのでございます。

「こんばはー!」

ログインするなり元気よく挨拶すると、カカオが「うわあ」とか大袈裟に驚いたりしている。

「なに悪いことしてたの?」

「してねっすよ! 突然出現して大声出されたら驚くでしょ?」

いや、それだけにしては驚きすぎだ。だが、まあ、悪いことをしようにも何もできることはないか。クランホームの権限は結構切りまくってある。

金庫のお金を出せるのはクランを作った時の初期メンバー六人だけだし、倉庫から物を取り出せるのは生産組だけだ。工房をつけ外しや、メンバーをキックする権限は私にしかない。

「ボクは木工やればいいんスよね?」

「そうね、木工担当は欲しいけど、嫌だったら無理しなくてもいいよ」

変な無理強いをするつもりはない。のんびり楽しくがこのクランのポリシーだ。

「どこがノンビリっスか。クランのみなさんってこのゲーム最大のガチ勢っスよね?」

わたしの説明にカカオは思わぬ反論をしてきた。だが、その認識はおかしい。間違っている。わたしはガチのトッププレーヤーを諦めたのだ。

「伊藤さんがガチで強いだけだと思う……」

「呼んだ?」

突如、背後から声を掛けられ、ビックリして振り向くと伊藤さんが立っていた。

「ほら、ログインしたら突然現れるからビックリするじゃないっスか」

「ビックリはするけれど、あそこまで驚き狼狽えたりしないよ。それはともかく、わたしたちは伊藤さんに戦い方を教えてもらっただけって話」

カカオとポプラも一通りの基礎訓練はした方が良いだろう。魔法も覚えなければならないし、新人研修はメニューを作った方が良いのかもしれない。

「私が決めることなのかしら? 死んでも良いならトカゲ人間と戦いながら教える方が早いと思う」

「あ、そっか。って、ちょっとまって。二人はまだ第三階層クリアしてないからケルベロスの方が先だよ」

「ケルベロスって三つ首のイヌの? あの火の球を吐く奴?」

「そう、それ」

「……今日は訓練にしましょう」

伊藤さんは少し考え込み、新人には無理だと判断した。近接派リザードマンよりもケルベロスの方が難敵と認識しているようだ。

倉庫に入れてあった魔道書をカカオに渡して訓練場に入る。みんなにはメールを出しておけばログインしたらやってくるだろう。

カカオが立ち方、歩き方を教わっている間、私はひたすら弓を構えて矢を射続ける。「初心者は攻撃の際に足が止まる」とは伊藤さんの弁だが、わたしはまだ立ち止まった状態でも狙ったところに矢を飛ばすことができていない。

セコイアやツバキが入ってくると、射手を交代しながら矢を防ぐ練習だ。ポプラも「そっちやりたい」と言うがダメだ。まず、ケルベロスと戦えるようになるための訓練が必要なのだ。

梯子ができれば、第三階層の裏ボスにも挑むことになるだろう。今までの傾向を考えると、ケルベロスの数が二倍になる。

「十人で行って四匹だっけ? 八匹になったら無理だろ」

「マジで勝てる気がしねえぞそれ」

「一人一殺とか無理だよあれは」

ツバキもたち三人の意見は見事に一致する。わたしもそこに異論はない。あれに一人で勝てるのは伊藤さんだけだ。

「ちょっとまって。第三階層のボスってそんなに強いの?」

「ちゃんと作戦立てていかないと勝てないくらいには強いな。裏じゃなくても、何も考えずに突っ込めば負けるだろあれは」

カカオとポプラは、ボスの種類がケルベロスだということすら知らなかったらしい。っていうか、知っている人はほとんどいないのかも知れない。

「情報サイトでも、第三階層以降のボスは不明になってるっスからね。なのに撃破回数はしっかりあるんスから、結構不満に思ってる人もいるみたいっスよ」

なんだと? 何を教えて貰って当然と思っているのか。っていうか、第二階層突破した人も増えているし、ボス部屋に着いた人くらいいるでしょ?

「まあ、ユズって秘密主義なところあるしね」

「ちょっとまってセコイア。それは心外だよ」

わたしは結構あちこちで攻略法を教えている。キックは戦闘の基本だとか、第一階層のボスの鎧は動き出す前にやるとか、クランとか作る前から色々な人に言っている。

他人に教えるつもりが無いのは隠し扉と、素材集めについてだ。

「なんで教えないの?」

「隠し要素をバラしちゃってもつまらないでしょ? それと、素材集めは不安要素が大きいのよ」

迷宮内ではプレイヤーキルが可能だ。その場合も、武器を奪うことは可能なのではないかと思っている。他のプレイヤーを襲って身包み剥げると分かれば、PKプレイヤーキルが横行するようになってしまう可能性が高い。

「あまり殺伐としたゲームにはなって欲しくないのよね」

「まあ、PKプレイヤーキルが増えると雰囲気悪くなるよな」

「しかも武器とか奪われるってなったらキツイな……」

理解が得られたようで何よりである。わたしは別に意地悪で秘密にしているわけじゃない。ゲームマスターも隠し要素のネタバレはして欲しくなさそうだったし、そこは運営の意向にしたがっているだけだ。

「あー、でも、出しても良い情報あるわ。あとで、ネットに情報載せてあげようかな?」

「どんなのだよ?」

「第三階層で鉄鉱石取れるとか、無傷で進んだらボーナスあるよとか、第四階層ではリザードマン出るよとか、弓矢めっちゃ怖いとか」

そう考えてみると、べつに大したことの無い情報は結構あるかもしれない。隠し扉や裏ボスが存在することくらいは公開しても良いだろう。

「今日はこんなところね」

二時間の基本戦闘術研修が終わり、伊藤さんは訓練場から出てログアウトしていく。指導だけで終わっちゃって悪い気がするが、応えるためには強くなるしかない。

「本当にあれで強くなるんスか?」

「なる」

疑問を口にしたカカオに対し、四人の声がハモる。というか、カカオが昨日、私に完璧に負けたのはそこの差だよ。

「瞬発力はステータスで決まってるが、体勢とかフォームの違いで実際に出るスピードが変わるんだよ。で、勝敗の分かれ目ってのは一瞬の差だったりするんだな」

ツバキの説明する通りである。対人戦ではなくても、敵は防御しようとしたり、回避しようとしたりするし、反撃もしてくる。敵が盾を前に出すよりも早く剣を振らねば当たらないし、敵の刃が届く前に剣や盾で弾かねばやられてしまう。

そこは本当に一瞬の差だ。僅かでも早い方が勝つのだ。

「でもそれなら、ステータス上げた方が良くないっすか?」

「カカオって敏捷いくつよ?」

「一千百三十ちょっとっス」

「わたしは一千とんで八十一だよ。ってあれ? こんなに低かったっけ?」

ステータスを見て思いだした。わたし、装備外したままだ……。え? いつから外しっぱなだったんだろう? 一度、訓練場を出て装備を直してくる。

「何か派手になったぞ⁉」

「目立つんだよね、これ」

無傷のチュニックとスカートは白を基調とした格好いい装備なのだが、かなりキラキラしい感じになってしまう。さらにティアラをつければ目立つことこの上ない。

ちなみに、伊藤さんの剣王装備の方が目立つ。本人は目障りと言って全く装備していないんだが……

「その状態だといくつだ?」

「敏捷は一千百八十九だね。膂力は凄いよ。二千八百七十七だし、もしかしたら盾の上から一撃で殺せるかも?」

試しに力任せに切りつけたら、一撃で死にはしなくても大きく体勢を崩し、簡単に二撃目を叩き込める状態になった。

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