059 実戦! 道場とはちがうのだよ!

「はははは! 完勝でございますわよ!」

「やっぱり、ド汚えじゃねえか!」

「どこがよ! 正々堂々勝負してるじゃない!」

「蹴ったり、剣捨ててどついたり、どこが正々堂々だよ!」

「それのどこが正々堂々じゃないっていうのよ? 剣道の試合じゃないんだよ?」

殴る蹴るがダメとか意味不明すぎる。卑怯ってのは、戦いの場に予め罠を仕込んでおいたとか、一対一と言いながら伏兵を忍ばせたりとか、そういうことを言うのだ。

「それにしたって、あんなやり方あるかよ」

「剣を持っていたら剣だけで攻撃してくるなんて、初心者の変な思い込みでしょ? 殴るけるなんて戦いの基本でしょう。それとも、この闘技場はスポーツ競技をやるところだったのかしら?」

横から割り込んできたのは伊藤さんだ。伊藤流には卑怯などという言葉は無いらしいし、この人も何が問題なのか分からなさそうだ。

「勝てばそれで良いのか? 精神の問題だよ!」

「あなたは勝敗を競っているの? 精神を競っているの? 勝敗よりも精神を優先したいなら、お寺で修行でもすると良いわ」

伊藤さんの言い分は恐ろしく辛辣だ。というかこれ、実戦の経験があるかないかの差じゃないだろうか。

「剣の道は、精神を鍛える道でもあるんだよ! 舐めるんじゃねえ!」

「あなたは本当に剣を振るったことがあるの? 敵が真剣を振り下ろしてくる前に立ったことがあるの? その上で言っているのか疑問だわ」

「屁理屈ばかりぬかすな! 俺と勝負しろ!」

彼は剣道家なのだろうか。伊藤さんに食ってかかるが、道場剣道で実戦剣術に勝てるわけがないだろう……

伊藤さんは挑戦は拒まない主義なのか、受付でさっさと対戦申し込みを済ませる。そして、プンスカと怒り心頭の男と共に消えていった。

伊藤さんの対戦は二番モニタだ。

相手は剣を一本両手持ちにした長身の男性。百八十センチくらいある伊藤さんより大きい。剣を体の正面で真っ直ぐ伊藤さんに向けた構えだ。

対する伊藤さんは、剣を左手に一本だけ抜いて右下に構えている。

「なめやがって!」

剣道的にはやる気のない構えのように見えるのだろうか。男は真っ直ぐに突進して、大上段から剣を振り下ろす。だがその刃は伊藤さんの少し前を空振りする。

そして、伊藤さんのブン投げた剣が相手の顔面に突き立っていた。もちろん、オレンジ色の光を伴って。

伊藤さんの剣は『剣王の双翼』、その攻撃力は一千八百。しかも、伊藤さんはクリティカルヒットのダメージ増加スキル持ちだ。

つまり、その一撃で相手のHPは尽きた。見事な秒殺である。

「もう一度だ! そんなので勝った気になるんじゃねえ!」

「あら、あなたは自分が負けたことも分からないの? 生身の勝負なら、あなたはもう死んでいるのよ? もう一度なんてないの」

伊藤さんはそう言って相手の言い分を完全に切り捨てる。敗北とは死である。それが伊藤流の考え方だ。死人の言い訳など聞く耳持つはずがない。

「剣っていうかさ、勝負を舐めすぎだろアンタ。もう一度って、勝負は稽古や練習じゃねえんだぞ? どんなに気に入らない結果でも一回で終わるんだ」

どんなスポーツでも、気に入らないから試合を無かったことにしてやり直しになんてなりはしない。それを要求する時点で、勝負を舐めきっているとしか思えない。

ツバキの言い分に野次馬たちも同調を始め、その男は逃げるように去っていった。

「勝負したい人はいるかしら?」

それを見送って伊藤さんは野次馬に声を掛ける。だが、応じる者はない。みんな、互いに顔を見合わせながら、少しずつ離れていった。

「もうちょっと骨のある人はいないのかしら?」

「伊藤さんの強さみて、それでも挑むって相当だよ?」

少なくとも、わたしは勝負を挑む気にならない。負けるの確定してるし。やるとしてもイベント期間が終わってからだ。

「じゃあ、そろそろ時間だし、戻りましょうか」

「ちょっと待ってくれ! いや、待ってください」

クランホームに戻ろうかとメニューを開いたら、呼び止められた。さっき、わたしと対戦した男だ。

「何か用?」

「クランメンバー募集してるって言ってたよね。ボクじゃダメかい?」

「ダメじゃないけど、あなた名前は?」

「あ、カカオっす」

「ポプラだよ!」

横から変な女が出てきた。アンタ一体誰だよ。

「お姉さまの強さに感激しました! 何日か前も瞬殺してましたよね!」

ポプラと名乗るちびっこい女は伊藤さんのファンらしい。「弟子にしてください」と頼み込み始めた。

「私は弟子は取ってないわ。まだ、そんなに強くないし」

「どんだけ強くなきゃダメなの? 伊藤流って!」

伊藤さん強くないとか言われても、普通は信じられないだろう。だが、伊藤さんは「私は師匠の足下にも及ばない」と首を横に振る。

「二人とも戦闘職? それとも生産職?」

「戦闘職のつもりだったけど、ちょっと自信なくしたよ」

「ワタシは戦います!」

二人の反応は対照的だ。カカオは、わたしとの対戦で自信をなくしたという。一撃も入れられなかったというのがショックだったらしい。わたしとしてはそんなに差はないと思うんだけどな。

「手が届かないとか、絶望的な力の差があるとかいうのは伊藤さんを見て言うべきだよ」

「知らないというのは幸せなものだな……」

伊藤さんが、そう自嘲気味に言うのが怖すぎる。伊藤さんがそう思う師匠ってそれ本当に人間なのだろうか? 伊藤さんで既に人間の領域から踏み外している気がするんだけど。

まあいいや。

「とりあえず、他の人とも話ししてみてからね。どうしても相性悪いと雰囲気悪くなっちゃうし。特に、戦闘組は連携取れない人は要らないから」

生産職は自分の工房で頑張るだけだし、基本は個人プレーだ。ぶっちゃっけ、表面上仲良くしていられれば、特に問題は起きない。だけど戦闘に関してはそうはいかない。

クランホームに帰り、工房や農場にいるみんなを呼び集める。伊藤さんは時間なのでログアウトしていった。

「こんばんはー。入団希望者来てるんだけど、ちょっと会ってもらえないかな?」

「お? 新人? どんな奴だ?」

あちこち声をかけるとみんな出てくる。

「ほい、こちらの二人、えーと、カカオにポプラ。二人とも樹木だからね、最低条件はクリアしてるよ」

「別に木じゃなくても良いんじゃないか……?」

サカキのツッコミは無視して、カカオとポプラに自己紹介してもらう。サカキは漢字で書くと『坂城』であって、実は植物ですらないらしい。が、そんなことは知らん! 『榊』ということで良いのだ。

「えーと、ボクはカカオ、歳は二十代とだけ。頑張って強くなって、トッププレイヤー目指そうと思ってたんですが、さっき、手も足も出せずに負けて自信をなくしているところです」

「伊藤さんには勝てねえよ」

「いや、戦ったのわたし」

「ユズに手も足もって、そりゃあ……」

「ちょっと、それ酷くない? わたしだって一応、トッププレイヤーだよ⁉ 迷宮では今までずっとノーダメだよ⁉」

一応、そこは自慢なんだよ。伊藤さんほどじゃないけど、わたしは弱いつもりはない! そりゃあ、ツバキやヒイラギと比べて、強いかと言ったら、そんなことは全然ない。以前、セコイアにボロ負けしたりしたけど、相性とかいろいろあるし、強さとしては同レベルだと思う。

「えっと、いいかな? それで、生産も含めて色々やってみようかなって。頑張りますのでよろしくお願いします」

「で、肝心の強さはどうなんだ?」

「一週間前のツバキやヒイラギと同じくらいじゃないかな?」

「あー、なるほど。それじゃあ今のユズには勝てないかな」

それだけで、どの程度のレベルなのか、わたしが言いたいことは大凡伝わったようだ。分かってないのはカカオだけだと思う。

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