052 凶悪! 弓の射程百メートル
鉄鉱石の採掘は比較的順調だ。
採掘速度は、『鶴嘴』に分があるようだが『鍛冶屋のハンマー』でも問題なく採掘はできている。
やはりというべきか、『安物の斧』だと同じ時間やってハンマーの半分にもならないという少なさで、CPの無駄遣いだと言うことでやめることにした。かわりに交代で戦闘に参加して、レベル上げに精を出す。
レベルを十上げて、増えるCPは三十七だ。レベル四十になってようやく、一日で溢れない程度二百になる。みんな、まだレベルは二十前後なのでレベル上げは必須なのだ。
一時間半ほど頑張れば、『アクマの爪』も二百近く取れたし、鉄鉱石は全員でインベントリの枠三つ分を超えた。これだけあれば、精錬レベル上げも何とかなるだろう。
「結構CP使っちゃったなあ」
「でも、採掘レベル上がればCP消費も減るみたいだね」
「誰がどのレベル上げるか役割考えた方が良くない? みんなでやるのは効率悪いよこれ」
今までは鍛冶工房と農園しか動かしていないので色々試すという部分も大きかったが、工房を本格的に動かすとなれば、誰がどの工房を担当するかも決めた方が良いだろう。
「とりあえず、鍛冶はサカキに任せようか。湖畔も早めに設置して何ができるか確認しないとね。見た感じだと、木を植えるくらいはできそうだったのよね」
「じゃあ、工房用建物買う? お金って今いくらあったっけ?」
「今回のクマの爪を売って七万くらいにはなるはず。あとは、みんなが個人で持っているお金あわせれば八万から九万にはなると思うけど……」
ボスの撃破ボーナスで得られるお金は、全員がクランの金庫に入れているわけではない。別に私も誰もそんなことは要求していない。
「で、キキョウはたしかお店が欲しいんだよね?」
「私もお店は欲しいかも」
ヤナギも名乗りを上げるが、そんなに一度に買うお金はない。とりあえず、お店付きの工房を買う方向性で特に反対もないようだし、目標額は十万に設定しておく。
十七時前に一度解散し、夕食後、十九時に再び集合する。とはいっても、アンズとクルミ、そしてサカキは生産に勤しむ感じだ。キキョウとヤナギは戦闘組と一緒に第四階層に挑戦する。
伊藤さんが一緒にいれば、ある程度の安全は保障されるし、周囲の索敵に関しては目が多い方が良い。
伊藤さんが早々に奪った槍を渡されてキキョウとヤナギも頑張って戦闘に参加する。
リザードマンを狩りながら進んでいると、別のモンスターも出現した。水の中から突然襲い掛かってくるワニだ。
「よく見れば、潜んでいるのは分かるわ。あの泡が幾つか浮かんでいるのがそう。十中八九、あの下にワニがいる」
伊藤さんの観察眼はとても鋭い。相も変わらず、奇襲を事前に見破ってあっさりと迎撃する。そして、見るべきポイントが分かってしまえば、わたしたちでも水中のワニを発見できる。
「十時の方向、五メートルに発見」
ヒイラギが声を上げると、一斉に『氷霜球』が放たれる。数秒間水面が凍りつき、消えた後にはHPを減らしたワニが出てくる。そこにさらに『電撃』が飛んでHPをさらに削る。
そうなれば、もはや伊藤さんが出る幕でもない。槍でドスドスと突かれてワニはあっさり息絶える。
意外と余裕だなと思っていたが、このワニは陽動みたいなものに過ぎなかった。下ばかりを見て歩いていると、遠方から弓矢での攻撃が仕掛けられたのだ。
いち早く反応した伊藤さんが剣で矢を弾いて事なきを得たが、これはかなり厄介だ。
「随分と射程距離長くねえか?」
「いや、矢なんて百メートルくらいは飛ぶものだぞ?」
なんというリアル志向か。通常のRPGだと二十メートルくらいで矢は消える。下手をすれば十メートルくらいで消えるものもある。有効範囲が百メートルとかなのはシミュレーション系だろう。
「突っ込む。矢は盾で正面から受けたら貫かれるわ。必ず横に弾くようにすること」
それだけ言って、伊藤さんは敵に向かって駆けだす。放物線を描いて飛んでくる矢は、離れていれば避けられる。問題はある程度近づいてからだ。
「とにかく、魔法で攻撃! 射程距離に入ったらぶっ放してくよ!」
やられる前にやるしかない。伊藤さんを巻き込まないよう気を付けながら弓矢を持つ八匹のリザードマンに向けて『氷霜球』を放つ。
リザードマンは氷の魔法を受けても動きが止まらない。構わずに矢を番え『地雷』で吹っ飛んだ。
今のはナイスだぞ。矢は明後日の方向に飛んでいき、地面に転がるリザードマンに伊藤さんの剣が容赦なく襲い掛かる。
わたしも負けじと切りかかり、セコイアにツバキ、ヒイラギは矢を持つ手を狙い攻撃させない作戦だ。キキョウとヤナギも、未熟ながらひたすら嫌がらせを繰り返す。
時間さえ稼げれば、伊藤さんが次々と止めを刺していく。八匹を倒すまでに然程の時間はかかっていない。
だが。
「あっちにもいるよ!」
「向こうにも!」
「かなりマズくねえか?」
「あなたたち、弓はできる?」
「無理!」
ということで、一度引き返すことにした。もちろん、今の八匹から奪った弓矢は回収してだ。
そして、伊藤さんはインベントリから巨大な弓を取り出す。それに今奪った矢を番えて、遠くに見えるリザードマンに向けて引き絞る。
放たれた矢は放物線を描き飛んでいくが、命中はしなかったようだ。リザードマンに特段の動きはない。
「初めて持つ弓じゃ、さすがに当たらないわね」
試し射ちもせずに命中させられるほど、弓というのは甘いものではないらしい。もしかして、今度はこれの練習するのか?
そして、そんなことを考えている間にも伊藤さんはどんどん矢を射かけていく。何本も射っていれば命中する矢もあるようで、リザードマンは追っては来ず逃げていった。
「弓の練習はしておくに越したことはないけれど、それ以前に矢を防ぐ練習をしないと勝つのは難しいと思うわ」
一朝一夕で命中率など上がるはずもなく、わたしが弓を持っても射程距離は向こうの方が上だろうということだ。
ただし、弓のスキルが存在することも考えられるから、一度、練習した方が良いだろう。
「で、どうする? この先はキツイんじゃないか?」
「もう二十一時になるから、明日だね」
時計を見ると、伊藤さんのタイムアップまであと数分だ。水晶を使ってホームへと帰る。
「あ、伊藤さん、終わる前にちょっと良い?」
ログアウトする前にCPを全部クランホームに突っ込んでおいてもらわねば。
「このCPって何に使うの?」
「鍛冶とか生産活動に使うんだけど、戦う分には全く要らない。ここに入れておくと、家の機能を上げたりできるのよ。一日あれば全部回復するから、入ってきたとき、終わるときに入れておいてほしいの」
「そういえば、家の様子が変わってるわね」
そう言うが家にはまったく興味がなさそうで、CPを入れて伊藤さんはログアウトしていった。
「今回の剣か槍ってどうする?」
「一個は溶かしてみよう。残りはプレイヤーに売ってみる?」
「幾らで売る?」
「一個六百九十Gじゃない?」
攻撃力の数値そのままを金額に設定してみる。初期ガチャで出るのは攻撃力四百で、店頭売価は百五十くらいだったはずだが、そんな格安レートで売るつもりはない。
だが、まずは溶かしてみてからだ。溶かして武器の材料にした方が良いかもしれないし。
「おーい、サカキ。精錬のレベルは上がった?」
「ああ、さっき三になったぞ」
「じゃあ、これ溶かせる?」
リザードマンから奪った『蒼の小剣』をサカキに渡すと、早速溶鉱炉に突っ込む。
「ブレミアのインゴットか」
パネルを見ながらサカキは呟き、机の上の冊子を手に取る。
「これは蒼シリーズと藍シリーズ用だな。藍シリーズの方が性能が上だが、おれのスキルレベルが足りないから作れねえ」
「じゃあ、蒼の斧って作れる? あと、長槍も一本作ってみてほしい」
「斧ならいけると思うぞ。材料があれば」
ということで、今回の戦利品をまるっとサカキに渡しておく。