049 取得! あたらしい魔法だ!
チビデブの洞窟に入り、隠し扉の奥にまできてしまえば人目も何も無い。声を落とす必要もコソコソする必要もなく、堂々と歩いていける。
「で、取り敢えず敵はアレ」
「蟻さんだね」
通路の先には蟻が七匹、立ちはだかっていた。もちろん、その七匹だけで終わりはしない。倒して進んでも、また何匹も何回も蟻は出てくる。
そして、予期していたとおり、後ろからもワシャワシャと涌いて出て襲い掛かってくる。
「しつこいなこれ!」
「キリがないんだけど!」
「でも、レベル上げには良いんじゃない?」
敵の数が多いため進みが遅いが、進めないわけじゃない。頑張って地道に進んでいくと、突如、場違いな上り階段が目に入った。
周囲は岩が剥き出しの洞窟。そこにカーペット敷きのゴージャスな階段である。怪しいことこの上ない。
「上ってみる?」
「怪しすぎるでしょ、これは」
「そう見せかけて、奥の道が罠かも……」
あまり立ち止まって悩んでいる暇はない。蟻はどんどん涌いて出てくるのだ。
「よし、階段行ってみよう。蟻にも飽きてきたし」
「らじゃー!」
階段を上った先は、ゴージャスな広間、ではなくて厳かな通路だった。壁や柱には植物が精緻に彫り込まれ、松明が一定間隔で並んでいる。天井を見上げると、一面に天使や悪魔の絵が描かれている。
正面にはさらに階段があり、上ってみると祭壇のある部屋に出た。
祭壇に近づき、触れてみるとパネルが表示された。
『贄の祭壇』
そう表示されるだけで、閉じるボタン以外に何もない。一体どうしろと言うのか? 生贄となる人が上に上がれば良いのか?
「これ、人じゃなくてもいいのかな? さっきいっぱい狩ったし、鮭ならあるよ?」
とりあえず試してみようということで、ヤナギがインベントリから鮭の頭と身を取り出して祭壇の上に並べてみる。
「何も起きないなあ……」
なんて言った瞬間に何か起きるのはお約束だ。祭壇の奥の魔法円が毒々しい赤紫色に光りはじめる。それを見てわたしたちは剣を構え、魔法の詠唱を始める。
魔法円の光が一層強まり、その中心からウネウネした何かが伸びてくる。
「くらえ!」
何かが完全に出てくる前に、問答無用で攻撃を仕掛ける。誰が一々待ってなんてやるものか。『風の刃』に『電撃』、さらに『炎の槍』が襲い掛かり、ウネウネは暴れるがそれでわたしたちの攻撃が終わりはしない。
だが、ひたすら魔法攻撃を食らいながら、そいつは魔法円から這い出てきた。そして暴れ出すが、HPは既に半分以下に減っている。
「タコか」
「タコだね」
「どこが素材になると思う?」
「分からないけど、あの足に近づきたくはないなあ」
巨大な八本の足が振り回されているのだ。ノーダメージであれを切り飛ばす自信などない。遠巻きにしてひたすら魔法でHPを削っていく。
幸いなことに、部屋は逃げ回りながら魔法攻撃をするのに十分な広さがある。何度も詠唱を繰り返し、たまに足の先を切りつける。
派手な戦い方はしなくて良い。とにかく相手のHPを削ってしまえばそれで良い。そんな地味な戦い方をしていると、瀕死になったタコは突然水の玉を吐きだした。
だが、スピードも大したことがないし、簡単に避けられた。攻撃の間隔も長めで然程の脅威でもない。
地味に地味に攻撃を続けていると、割と簡単にタコは絶命した。
「しぶといだけだったね」
「って、消えないよ? なんで?」
別に、どこも切り落としていないのに、タコの死骸が消える様子がない。なんでだろう?
「消えないなら、切れるがところないか探してみよう」
ということで、みんなであちこちに刃を当てていく。だが、どこも切れるところはなかった。
「もしかしたら、これも贄になるのかも?」
「贄で呼び出された奴が贄になるの?」
分からないが、やってみる価値はあるかもしれない。一生懸命引き摺って祭壇の上に乗せてやると、魔法円が再び光り出した。
そして、魔法円から出てきたのは巨大な鮫だった。ボスの鮫よりも二まわりくらい大きい。しかも、こいつは電撃の魔法で気絶しなかった。
だが、一匹で遠距離攻撃もないなら大した問題はない。セコイアたちがひたすら魔法で攻撃し、サメの意識がそちらに向いている間にわたしはサメの腹の下に潜り込む。
そして『無傷の勝利者』でひたすら連続攻撃だ。腹ビレをまず切り落とし、「オラオラオラオラ……!」と叫びながら二本の剣で何度もサメの腹を突き、切りを繰り返すとあっという間にHPが減っていく。
また楽勝か、と思ったがサメのHPが残り一割ほどになった瞬間に、サメの体が巨大な水の球に包み込まれた。これはわたしたちの魔法ではない。
「何をするつもりだ?」
警戒し、身構えるが、サメは攻撃してくるでもなく、水の球の中でじっとしているだけだ。いや、よく見るとHPが少しずつ回復していってる。
「魔法で攻撃してみる? 炎とか効きそうにないから氷か電撃かな?」
「相手が動かないなら毒じゃない?」
そういえば、実戦で毒の魔法は使ったことがなかった。単体版は弾のスピードが遅すぎて当たりそうにないし、範囲魔法は敵味方関係なくダメージを与えるフィールドを作りだすだけで、非常に使い勝手が悪いのだ。
で、ええと、毒の呪文ってなんだっけ?
わたしが頭を捻っている間にヤナギは詠唱を終えて『毒弾』を水の中に打ち込む。紫だか茶色だかよくわからない汚らしい色の毒の球はサメの体には届かず、水の中に溶けていく。
だが、水は少し濁ったような感じがしなくもない。もっと撃ってみよう。
ヤナギに復唱するようにみんなで詠唱して、どんどんと毒の弾を打ち込んでいくと、サメを包む水は汚らしく濁っていく。調子に乗って毒ばかりやっていると、サメの姿が見えないくらいに濁りが酷くなっていく。
「あ。HP減っていってるよ」
「さすがにこれだけやれば、回復よりも毒のダメージの方が上回るみたいだね」
毒が効くと分かれば、あとは待つだけだ。敵が毒の水から出てこないならばそのまま死ぬだろう。何か反撃がきたときに対処できるよう、できるだけ離れて、一応身構えておく。
だが、何もなくサメのHPは尽き果てた。
「ねえ、フカヒレって毒に汚染されてたりしないの?」
サメだし取れるよねと、ヒレの切り落とし作業に掛かっていたわたしに、キキョウが冷静なツッコミを入れてくる。
このゲームならありえなくもないから怖い。切り落とした胸ビレをインベントリに入れてみるが、『古のフカヒレ』と表示されるだけで、別に毒アイコンとかそういうのはどこにもなかった。
「たぶん、大丈夫だと思う」
六個のフカヒレを切り落として回収するとサメは消えていった。こいつは贄にはならないらしい。
「あれ? ドロップアイテム?」
サメが消えた後には紙が一枚残っていた。もともと、紙なんて床に転がっていたりはしなかったはずだ。
「これ、魔道書だ。水の魔法だって」
紙を拾ったセコイアが試しに詠唱してみると、先ほどのサメが使ったような水に包み込まれる。
全身が水に覆われているが、特に溺れているような様子はない。
「あれ? 他の人は中に入れないの?」
キキョウが水の球を押したり叩いたりしているが、まったく中には入れそうにない。試しにわたしの剣を押し付けてみるが、これも全く通じそうにはない。
「物理無効? それとも防御力がやたら高いだけかな?」
「分かんないね。セコイアの方からは何か分かる?」
聞いてみるが、返事がない。もしかして、水の中だし喋れないのではなかろうか。
「おーい、これ、解除できる?」
セコイアはメニューを開き、ぴこぴこ操作すると水の球は流れ落ちて消えていった。
「どう? 使い勝手は?」
「何もできないみたい。身動きはできるけど、移動はできないし、魔法の詠唱もできない」
新しい魔法を入手することはできたが、どうにも使い勝手は悪そうだ。