047 説教! えらそうで何が悪い?
「追加は?」
「出てきたぞ。八時方向の上、三メートル」
探すのは面倒なので、詠唱するのは範囲魔法だ。
だが、わたしが詠唱している間に、セコイアの『氷霜弾』が周辺ごと凍り付かせて、クマが穴から落っこちる。そこにツバキとヒイラギが駆け寄ってボコボコにする。わたしの出る幕は無さそうだ。
「何してるの! 早く倒さないと、どんどん出てくるよ!」
戦っていたパーティーの向こう側にいるクマの数は変わっているように見えない。
パーティーは十人くらいもいるのに、積極的に攻撃しようという人がいない。
「どうやって倒すんだよ!」
「攻撃すれば良いでしょうが!」
別にわたしや伊藤さんの剣じゃないとダメージを与えられないなんてことはない。相手が一頭だけなら、ツバキとヒイラギでタコ殴りにすれば余裕で倒せるくらいだ。素材を切り落とすのは厳しそうだけど。
彼らの戦いを見ていると、ちまちま牽制するばかりで、だんだん腹が立ってくる。
「攻撃しなさいってば! ほら、また増えるよ?」
奥の方のさっきのとは別に穴からクマが這い出てこようとしている。
「なんで攻撃しないの? 待ってたら敵の数が増えるだけだよ?」
「もう行こうぜ。他にも道あったろ」
ツバキもうんざりしたように言う。
「ちょっ、見捨てないでくれよ」
「さっさと攻撃しなさいよ! アンタたち、第二階層のボス倒してここまで来たんでしょう? 戦い方くらい知ってるでしょう?」
「全然効かねえんだよ!」
そう返ってくるが、もはや意味不明だ。攻撃が効かないなら、わたしたちがどうやって倒したと言うのか。
「ねえ、日本語わかる? 攻撃しなさいって言ってるの。全くダメージ与えられないことはないでしょう?」
「どうやって攻撃するんだよ!」
「アンタ、手に何持ってるつもりなのよ! その剣で切れば良いじゃない!」
って、言ってて分かった!
「その範囲回復やめなさい! 敵まで回復させてどうするの!」
ダメージを与えた側から回復させていたら、攻撃が効かないのは当たり前だ。
「回復ないと死んじまうって!」
「単体で回復すれば良いでしょう? 範囲魔法は敵も味方もないんだから、ちゃんと考えて使いなさい!」
「単体回復なんて持ってないよ!」
「回復はしてやるから、ちゃっちゃと攻撃しな」
ツバキはかなりどーでも良さそうに言う。
「総攻撃! 突っ込めーーー!」
号令を出してやると前衛が動き、後衛も魔法の詠唱を始める。
「攻撃は分散しない! 一頭ずつ確実に仕留めて敵の数を減らす!」
あれやこれやと指示を出してやって、やっと戦闘が終わった。
「あなたたちに第三階層はまだまだ早いんじゃない? 第二階層で弱点突かないで戦う練習した方が良いよ」
「うぐううう」
変な呻き声しか返ってこない。だが、どう考えても練習不足だ。範囲魔法が敵味方の区別をしないことも知らないくらいだ。色々と戦闘に関する認識がズレていそうだ。
『帰還の水晶』を使って返っていく人たちを見送って、わたしたちは奥へと進む。
わたしたちは、一応、狩りとか探索とか言える形になってきている。
正面の敵を全力で片付けたら、急いで氷の魔法を詠唱。奇襲をかけようとしているクマを探して、見つけ次第魔法を叩き込む。そして、動きの止まったクマの前足首を切り落とす。
もはや、完全に後ろから来る前提だ。
魔法が無駄になることもあるが、割合としては少ない。七割くらいの確率で奇襲を狙っているやつを見つけられる。
「ねえねえ、あのクマの穴の奥ってどうなってると思う?」
「僕も気にはなってるんだよね。結構大きい穴もあるし……」
「穴の位置って、低くても二メートルくらいはあるだろ? 登るための道具とか必要じゃねえか?」
ロープも梯子もないからなあ。木工工房で梯子とか作れるんだろうか? そういえば狼部屋や、芋虫部屋の奥への道も上の方にあったっけ。
「ヤバイ、コウモリだ!」
「げ!」
ぼんやりと考えている暇もない。コウモリは高速で頭上を飛び回り、爪で攻撃してくる。剣を振り回したって当たりはしない。伊藤さんは一撃で仕留めていたけど、簡単に真似できることじゃない。
「壁際でやるよ!」
「おう!」
こちらが壁を背にしてしまえば、コウモリの優位性は一気に落ちる。やつらはハエのように気紛れに飛び回るのではない。最終的に、こちらに攻撃を仕掛けてくるのだ。
「ッしゃあ!」
飛んできたコウモリを、気合いを込めてツバキが盾で叩き落とした。そして踏みつけるとコウモリは動けないようだ。そこに、ヒイラギの斧が振り下ろされる。堪らずコウモリは絶命した。
ケンタウロスとか不死魔道士とか例外はあるけれど、一応、この迷宮は順を追って難易度が上がっている。第三階層の課題は周囲の警戒と索敵だ。
最初からそのレベルを超えている伊藤さんは容易く発見迎撃しているが、わたしたちはそこまでには至らない。
つまり、緊張しっぱなしで結構疲れる。
「コウモリは正直言ってやりたくないぞ、俺は」
「厄介だよね、あれは。どうする? 進む?」
「そろそろ二十四時か……。おれとしては、そろそろ終わりの時間なんだけど」
「今日はここまでにしますか。わたしも疲れたよ」
クランホームに戻ると、とりあえず今日の戦果を換金に行く。『アクマの大爪』が八十四個ということで、六千七百二十Gだ。フカヒレとボス報酬を合わせると一万Gを軽く超える。
「あと三万くらい稼げば良いのか?」
「確かに明日中に稼げる額だな」
金庫にお金を入れて農園を覗いてみる。
「おおおお! 何か育ってきてる!」
「こっちのは実ってるぞ」
農園の半分ほどしかまだ耕されてはいないが、畑には緑が広がってきている。
私が植えた苺と小麦は既に実をつけている。これは収穫しちゃっていいのだろうか?
逆側の端の方を見ると、最初に植えた杉や栗は腰ほどの高さまで成長していて、その向こうには小さな芽が並んでいる。
木材を得られるまでは結構日数が掛かりそうだが、そればかりはどうにもならない。木が育ったら木工工房を作ろう。
「アンズとクルミの二人はどこへ行ったんだ?」
見回してみるが、二人の姿は見えない。いや、向こう端まで百メートルくらいあるし、屈んで作業していたら見えないかもしれないけど。
「おーい! アンズー! クルミー!」
「何でしょうか?」
「うおお!」
返事は後ろから来た。アンズとクルミはちょうどホームの方からやってきたところだった。
「びっくりしたー。どこ行ってたの?」
「レベル上げです。CPが……」
「それと、ちょっと市役所に、工房用の家ってどんなのがあるのかなって」
あ、みんなそれやるんだ。わたしも行ったよ。
「農薬と肥料の作成って錬金なんだよね」
「欲しいなー、欲しいなー」
この二人はとても分かりやすい。だが、錬金工房は武器の強化材料のためにも必要と言っていたはずだし、わたしの中では作るのは確定している。
「木工、錬金、それに湖畔は後回しにできないような気がするのよね」
正直、今のところの優先順位としては、厨房と織物、皮革工房はかなり低い。錬金工房は急浮上中だ。
「それはそうと、これ、どうするんだ?」
ツバキが指したのは苺と小麦だ。わたしにはもう収穫して良さそうに見える。
「一時間前とあまり変わってないし、収穫しろってことなのかな」
「放っておいたら種が採れたりするのかな?」
「少し残しておきますか」
苺を何個か摘み、小麦は剣で根元から刈り取る。
「剣で収穫するのは初めて見ました」
……わたしも初めてだよ。