045 僥倖! やってて良かった対人訓練
「勝ったどおおおお!」
ガッツポーズとともに鬨の声を上げる。これほど苦しい戦いは初めてだ。いや、朝の不死魔道士戦も大変だったけど、ギリギリだったのは一回か二回だ。
今回はよく死ななかったなと言うレベルで頑張った。
魔法を使う相手には伊藤さんも余裕綽々というわけにはいかなかったようで、切り落とすことができた素材はない。
ボス戦で回収できなかったのは初めてだが、わたしの剣を回収するのを忘れてはならない。ボス部屋のあちこちに転がる剣を拾ってから、奥の小部屋へと向かう。
二度目なので宝箱の中身はしみったれている。『安物のルビー』とメダルが一枚、そして、六百ゲーだ。
ただし、生産組はメダルが二枚出ている。初見なのか、無傷なのかどちらかのボーナスだろう。
「この技術のルビーが必要なのかあ」
「って、スキル画面が!」
あー、驚くよね。ここまではゲーム的に序の口だったってことだ。第一階層と第二階層はフルダイブでの戦闘に慣れるための初心者向けのエリアなんじゃないかと思う。
「それじゃあ、生産組は帰還ね。ただし、第四階層に一歩だけ入ってからね」
クランホームからワープできるようにしておかねば、後で面倒すぎる。ぞろぞろと階段を下りて水のエリアに一歩だけ入って『帰還の水晶』でホームに帰る。
「伊藤さんの時間まで、第四階層いってみますか」
「行きましょう」
伊藤さんはそういうところ、迷うことがない。わたしも即断即決を旨としているが、伊藤さんはその上を行く。
第四階層は、一面が水浸しの湿地帯エリアだ。辺りは霧に覆われていて、視界は数十メートルほどと見通しはあまり良くない。
「また、カエルとかサカナが出るのかなあ?」
「分かんねえぞ。サバンナでサカナだったからな」
「あそこ、なんかいるわ!」
伊藤さんが指した方向に、何かいくつかの動いている影が見えた。
どうやら、二、三匹がかたまってるっぽい。
「行ってみるか」
「足下、注意してね」
水溜りを避けても、かなり泥濘んでいて歩きづらい。周囲に注意しながら進んでいくと、徐々に影の姿がハッキリしてきた。
「あれはリザードマンか?」
「結構デカイな。俺よりでかいぞ」
百八十八あるヒイラギより明らかに大きいのだから、リザードマンの身長は二メートルは超えているだろう。そして、剣や槍だけではなく、盾まで装備している。鎧は着込んでいないが、それは防御力に自信があるということなのだろうか?
「まず、魔法で先制攻撃してみようか」
「やっぱり、オーソドックスに氷系か?」
「情報何もないしね、氷でいこうか」
みんなで詠唱しながら距離を詰めていく。
リザードマンまでの距離、約三十メートル。もうちょっとで射程に入る。
慎重に近づいていると、向こうに見つかった。走ってくる三匹のリザードマンに『氷の槍』や『氷霜球』が飛んでいくが、その足は止まらない。
「マジか!」
「広がって!」
ツバキとヒイラギは盾を構えて攻撃に備える。わたしはその斜め後ろで飛び出すチャンスを伺う。セコイアが電撃杖を振り、伊藤さんはインベントリから槍を取り出している。
魔法を浴びてHPを削られながらも、リザードマンの前進は止まらない。
だが、伊藤さんの繰り出す槍の連続突きの前に戦闘の一匹が沈み、もう一匹も武器を弾き飛ばされる。残りの一匹に襲い掛かっている間に、私は武器を失くした一匹に切りかかる。
卑怯などと言う勿れ。これは戦術なのだよ。
「あまり大したことないわね」
あっさりと三匹を全滅させて、伊藤さんはつまらなさそうに言う。ならば、次はわたしたちが主体で戦ってみることにする。
先程と同じように三匹のリザードマンを見つけると、今度は炎と雷の魔法攻撃でHPを削る。
リザードマンに魔法の弱点属性は無いのか、やはりお構いなしに突っ込んでくる。その先頭の一匹の剣をツバキの盾が弾くが、そこに奥から槍が突き出される。
「ガード!」
すかさずヒイラギが盾で受けるが、そこにもう一匹が迫る。だが、振り下ろされたリザードマンの剣は、ヒイラギが斧で受け止める。
伊藤さんの指導の下、何度も練習した型だ。攻撃をあっさりと防がれたリザードマンの胴は無防備になる。
そこにわたしが一気に踏み込んで右手の『無傷の勝利者』を横薙ぎに振り抜き、続けて、左手の剣で突きを放つ。
って、あああ、バランスが! 足下滑りすぎィィ!
わたしが蹌踉けたながらも、何とかもう一撃浴びせるとリザードマンのHPはゼロになった。
残りの二匹を相手にツバキとヒイラギは盾でブン殴っている。伊藤さん曰く、盾で殴るのは基本らしいのだが……
横でセコイアも剣での攻撃と牽制をしているが、それほど有効な打撃は与えられていない。その間にわたしは敵の背後に回って尻尾に切りつける。
トカゲの尻尾だし、切り落とせたりするのかなと期待してみたが、三度の攻撃でも尻尾は落ちることなくHPがゼロになるだけだった。
残り一匹も、ツバキたちが引きつけてくれているのだから割と簡単だ。背後から切りかかればすぐに終わる。
「よっしゃ、ノーダメ勝利!」
「伊藤さんの特訓の成果だーー!」
「けど、武器も素材も取れなかったな」
「弱点を突くか、実力差がないと、奪うのはキツイよ」
伊藤さん抜きでもリザードマンに勝てはしたが、余裕とは言い難い。一匹ずつならもっと楽なのだろうが、そうはいかないようで、周囲を見回してみても単体で彷徨いているのはいない。
その後、伊藤さんに戦い方の見本を見せてもらいつつ、実戦形式の訓練を進めていく。第四階層では一匹の強さ上がっているが、不意打ちをしてくる敵もいないようで、第三階層よりはやりやすい。
もっとも、伊藤さんの指示・指導があってのことだが。伊藤さん抜きでここまで来るのは相当に難しいのではないだろうか。
相手の武器を弾く技まで披露してくれるので、武器を奪える確率も上がってくる。
リザードマンから奪える武器は三種類。『蒼の小剣』『蒼の短槍』『蒼の円盾』と、よく分からないが蒼シリーズだ。
攻撃力はどちらも六百九十で、第一階層のボスの剣よりも上だが裏ボスには及ばない。剣に槍、そして盾それぞれがセコイア、ツバキ、ヒイラギの三人分が揃う前に、伊藤さんがタイムアップだ。
装備の更新や強化の実験もあるので、とりあえず全員でクランホームへと帰る。
伊藤さんは「じゃあ、また明日」とログアウトしていく。しばらくはこのクランでやっていくということで良いようだ。